「懐に拳銃を忍び込ませ、車で銀座に向かった」“伝説のヤクザ”が力道山の殺害を計画…安藤組組長・安藤昇が起こした「力道山事件」の顛末
文春オンライン / 2024年10月19日 17時10分
昭和のヤクザ史に名を刻んだ“カリスマヤクザ”安藤昇 ©文藝春秋
〈 「おれを舐めるにもほどがある!」“伝説のヤクザ”安藤昇が力道山に激怒→自宅を襲撃…安藤組と“プロレス界の英雄”が対立した経緯 〉から続く
昭和のヤクザ史に名を刻んだ“カリスマヤクザ”安藤昇。「安藤組」を立ち上げて昭和の裏社会と表社会を自由に行き来し、数々の伝説を残した。安藤組解散後は俳優に転身し、映画スターとして活躍。そんな安藤昇の一生を記した作家・大下英治氏の著書 『安藤昇 侠気と弾丸の全生涯』 (宝島SUGOI文庫)より一部を抜粋し、伝説のプロレスラー・力道山と安藤組が対立した経緯を紹介する。(全2回の2回目/ 1回目 から続く)
◆◆◆
「力道山はかならず連れて来るんだぞ」
東富士(元横綱のプロレスラー)は、力道山より大きい体を折り曲げるようにして、丁重に言った。
「わたしが力さんの代わりに話をさせていただきますので、明日の3時、銀座の資生堂で待っていていただけますか」
「わかった。その代わり、力道山は、かならず連れて来るんだぞ」
花田瑛一(安藤組の大幹部)ら7人は、翌日、車4台に分乗して、銀座8丁目の資生堂パーラーに向かった。懐には、全員拳銃を忍びこませていた。
2階の資生堂パーラーに、約束の時間より10分早い2時50分に入った。
東富士が、すでに来て待っていた。そばには、やはり相撲から転向した豊登(とよのぼり)、芳の里(よしのさと)、それに安倍治らテレビで観る連中が、陣取っていた。彼らは、6人であった。が、なにしろ巨体ぞろいなので、倍の12、3人いるように映る。
力道山は、来ていない。
花田が、険しい表情で訊いた。
「力道山は、どうした」
東富士が、申しわけなさそうに言った。
「力さんは、都合があって、どうしても来れない」
「都合? あれほど約束しておきながら、どうして逃げまわっているんだ」
「とにかく、まわりにこれだけ人がいては話しにくい。渋谷あたりのどこか静かなところで話せませんか」
「わかった」
花田は、渋谷の円山町の料亭に、部屋をとらせた。その料亭に、そろって車で向かった。
いくら包んだら許してもらえるのか
東富士の車には、大塚稔(安藤組の大幹部)が乗りこんだ。東富士が、車中で、困りきった表情で懇願した。
「なんとか、解決の糸口を見いだしてほしい」
「………」
「お金ですむことだったら。しかし、いくら包んだら許してもらえるのかわからない」
「恐喝じゃないんだから、いくら出せとはいわない。ただ、悪いと思ったら、包んだらいいんじゃないの」
大塚の肚(はら)の中は、金銭での解決の場合の額は決まっていた。50万円――。それ以下の金額だったら蹴ろうと決めていた。
東富士は、一瞬考えていた。
「100万円つくる」
大塚は、東富士と接していて、彼の人柄の良さがよくわかった。力道山には頭にきても、東富士への憎しみはなかった。
大塚は、東富士の誠実さに免じて、彼を救ってやることにした。
「100万円という話は、おれは聞かないことにする。50万円つくれ」
大塚は、釘を刺しておいた。
「しかし、あんたが100万円つくるといったのに、おれが50万円といったことが知れるとヤバイ。あくまで、2人だけの話にしよう」
「これで、リキさんの命は取らないでほしい」
円山町の約束しておいた料亭に、東富士をはじめ花田らが集まった。
「席に着きなさい」
花田は、そう言うと、座卓の上に、懐から拳銃を出して置いた。
花田に合わせ、安藤組の他の6人がそろって拳銃を取り出し、座卓の上に置いた。おれたちは、中途半端な気持ちでかけあいをしているんではない、ということを見せつけたのである。
7丁の拳銃が並んで置かれると、さすがに威圧感があった。
東富士らは、顔を強張らせ、震えあがった。
5日後、大塚のところに、東富士から電話が入った。
「約束どおり、50万円つくった。これで、リキさんの命は取らないでほしい」
大塚は、東富士の誠実さに免じて答えた。
「わかった。受け取る場所を、おれは指定しない。おまえのほうで、場所と時間を言え」
もしこちらが場所を指定すると、恐喝になる。
「では大塚さん、新橋へ出て来てくれ。第一ホテルと虎ノ門の間に、『エトランゼ』という小さなバーがある。そこに、夕方の6時に来てくれ。ただし、1人で来てほしい」
「おれは東富士を信用している」
大塚は、さっそく『東京宣伝社』(花田瑛一と森田雅がつくった会社)に顔を出した。
そこにいた花田と森田にそのことを話すと、森田雅が制した。
「大塚、1人で行くのは、やめとけ。危険だ」
花田も心配した。
「金を受け取ったあと、カウンターの中に隠れていた警察に、現行犯で逮捕されるぞ」
が、大塚は言い張った。
「大丈夫だ。おれは、東富士を信用している。1人で行くよ」
大塚は、東富士が100万円払うといったのを、あえて自分が50万円でいいと言ったことを花田らに隠しつづけていた。東富士との密約があるかぎり、東富士は裏切ることはありえない。そう固く信じていた。
花田が言った。
「わかった。おれたちは、バーの中までは入らない。ただし、おまえのことが心配だから、バーの近くで待っている。もし金のやりとりで御用になりそうだったら、急いで店の外に出ろ。おれたちが、拳銃で威嚇するからな」
約束の夕方の6時、大塚は、花田らと『エトランゼ』の近くに車を止めた。かすかに小雨が降っている。
大塚だけが降り、店内に入った。花田と森田は、店の近くに待機していた。大塚が店内に入ると、東富士が1人で待っていた。
大塚と東富士はバーで一緒にジュースを飲んで…
大塚が座ると、東富士が、テーブルの下で新聞紙の包みを出した。
大塚は、その包みを受け取る前に、カウンターに眼を放った。東富士を信じていたものの、やはり、その後ろに、警察が隠れているかもしれない。のぞきこみたい誘惑にかられた。が、みっともないので、自分を制した。
ボーイに眼を走らせた。
〈刑事が、このボーイに変装しているにしては、若すぎる〉
大塚は、テーブルの下で新聞紙の包みを受け取った。
持ってきていた鞄に、素早くしまいこんだ。中身の確認はしなかった。大塚は、すぐにバーを出るのも不自然なので、東富士とジュースをいっしょに飲んだ。
あとは何も話さず、
「では、またな」
と言って外に出た。
バーの近くでは、花田と森田が車を止め、やきもきしながら待っていた。大塚は、急いで車に乗りこむや言った。
「うまくいった」
大塚は、東富士から受け取った新聞紙を開いた。約束どおり、50万円あった。その夜、大塚はその50万円を持って、東興業へ行き、安藤に報告した。社長室にいた島田宏が、険しい表情で言った。
「大塚、それはまずい。恐喝になるぞ」
安藤の知恵袋的存在であった島田は、法律にくわしかった。
「手形でいいから、50万円、東富士に渡しておけ」
渡した手形が不渡りに
安藤も、東富士の誠意に免じて、力道山の命を狙うことをやめた。
安藤は、大塚に言った。
「手は引くが、条件がある。東富士を通じて、力道山に伝えておけ。今後、用心棒などいっさいやらぬ。悪酔いして、人に暴力はふるわぬこととな」
これで力道山事件は一件落着したかに見えた。
ところが、東富士に渡した手形が、不渡りになってしまった。大塚は思った。
〈東富士に、申しわけない〉
もし東富士の持ってきた50万円が、力道山から出たものなら、手形が不渡りになってもかまいはしなかった。が、おそらく、東富士の性格からして、50万円は、東富士が自分で用立てたにちがいなかった。
大塚は、東京湾から茨城県の鹿島に船で行った。不渡り手形を出した先は、鹿島の醤油屋であった。
大塚が醤油屋に乗り込むと、人のよさそうな赤ら顔の主人が出てきた。
大塚が凄むと、主人は泣いて弁解した。
「せがれが、ウチの手形を乱発してみなさんにめいわくをかけているんです。本当にすいません」
おやじと息子がグルで芝居を打っているようには見えない。
主人は、奥から20万円持ってきて、大塚に手渡した。
「これで、とりあえず許していただけませんでしょうか」
大塚も、主人の泣き顔を見ていると、それ以上執拗(しつよう)に迫ることはできない。
「わかった。20万円でいい」
両国にある東富士の家で面会し、事情を説明すると…
大塚は、東京に帰ると、東富士と両国の彼の家で会った。
東富士に事情を話し、20万円渡した。
「50万円は取れなかったが、せめて20万円は取ってきた。これだけで申しわけねえが、受け取ってくれ」
東富士は、20万円を返しながら言った。
「大塚さん、おれは50万円あんたに渡したんだから、一銭もいらないよ。この20万円、あんたの小遣いとして取っておいてくれ」
「いや、東富士、そうはいかない」
「大塚さん、鹿島への旅費だってかかっているんだから」
「東富士、そういわねえで、取っておいてくれ」
東富士は、結局20万円を受け取った。
東富士の徹底した気遣い
ところが、のちに、『純情』のボーイの1人が、安藤組が東富士や力道山との間で話し合いしていたことを知らないで、別件で警察に捕まった。
その男は、さらに、円山町の料亭で東富士らを前に、安藤組の7人が、座卓の上にそれぞれ7丁もの拳銃を取り出して脅したこともしゃべってしまった。
その7人と安藤に、令状が出た。
安藤が言った。
「ひとまず、ズラかろうぜ」
安藤、花田、大塚はじめ5人で、北関東へ逃げた。12月の寒いときである。そのうえ、逃げる先は、北関東である。
大塚は、逃げる寸前に東富士に連絡を入れた。
東富士は、わざわざ見送りに来てくれた。
「手違いから、大塚さんたちにごめいわくをおかけしまして。寒いところへ行くんだから、厚手の下着を着て行ってください」
買ってきた下着を、みんなに渡した。東富士が被害者で、大塚らが加害者なのに、東富士の気の遣い方は徹底していた。
大塚は、あらためて思った。
〈この男は、なんという心根が優しいんだろう〉
(大下 英治/Webオリジナル(外部転載))
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