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“10歳上女社長”との蜜月も話題に…米津玄師(33)の個人事務所が「謎のアパート」に移転していた

文春オンライン / 2024年10月11日 6時0分

“10歳上女社長”との蜜月も話題に…米津玄師(33)の個人事務所が「謎のアパート」に移転していた

実は188センチの高身長(米津のSNSより)

『虎に翼』の主題歌「さよーならまたいつか!」を手掛けるシンガーソングライターの米津玄(けん)師(し)(33)。彼の傍らには……。

◆◆◆

軽やかさだけではない、曲に宿したもの。

 NHK関係者が語る。

「9月18日の朝ドラ特番で、伊藤沙莉と対談しました。足取りの軽やかな曲として仕立てた一方、『怒りのようなものも宿っていないといけないと思った』としゃがれた声で歌う部分があると説明。伊藤独特のハスキーな声も曲作りに『踏襲した』と明かしました」

 米津は1991年3月生まれ、徳島県徳島市育ち。中学時代にBUMP OF CHICKENやスピッツに感化され、バンドを結成した。彼が高校時代に通ったライブハウスの店長が振り返る。

「周りとは本当に会話せず、黙々と音楽を制作していた印象です。背の高い米津君は、ステージ天井の梁にぶつからないよう慎重にパフォーマンスしていました」

 高校卒業後、ニコニコ動画にオリジナル楽曲の投稿を開始。2012年に本名の「米津玄師」名義でファーストアルバムを発表し、翌13年5月にメジャーデビューを果たした。18年のシングル『Lemon』が大ヒットし、紅白歌合戦にも初出場。以降も精力的に楽曲をリリースしてきた。

彼を支え続けてきた“女社長”!?

「そんな彼には、長年間近で支え続けてきた女性がいます。個人事務所『R』で社長を務める10歳上のK氏。幾度か交際説も報じられたほどです」(音楽関係者)

 彼女は一体、どんな人物なのか。もともとは、大手レコード会社「ユニバーサルミュージック」の社員。10年刊行の『ジョニー・B・グッジョブ 音楽を仕事にする人々』では著者のインタビューに応じ、

〈最初はマネージャーになりたかったんです。(略)ひとつのアーティストをいろいろ仕掛けて売っていくのってやりがいあるだろうなと思ったんです〉

 などと語っていた。

ジャケットの女性のイラストのモデルは…

「その後、ユニバーサルと契約した米津を一社員として担当したのが、K氏。彼女はそれまで宣伝一筋で音楽制作は門外漢だったものの、彼のプロデュースに乗り出すのです」(同前)

 そして米津は13年4月に個人事務所「R」を立ち上げ、5月にメジャーデビュー。6月1日付でK氏が代表取締役に就任した。

「15年発売のシングル『Flowerwall』のジャケットには米津自身によって女性のイラストが描かれていますが、モデルはK氏と言われています。米津は彼女に全幅の信頼を置いている。今年8月には朝ドラ主題歌を含むアルバムを4年ぶりに発売しました。K氏の戦略で、今回は露出を増やしています」(同前)

本拠地を転々、そして謎のアパート

 ただ、二人三脚で業界を席巻する彼らには不可解な点が。「R」の所在地が中央区や渋谷区、港区を転々とした後、19年に23区外に移っているのだ。現地を訪ねてみると、巨額の売り上げを生み出す国民的シンガーの事務所に似つかわしくない古いアパート。どうやら築40年近いらしく、思わず、呟いてしまう。「はて?」。住民にも尋ねたが、

「このアパートに会社があるなんて知らない。米津さんも見たことありません」

 謎のアパートを本拠地に、蜜月関係を続ける2人。当のK氏や米津はどう答えるのか。「R」の社長でもあるK氏に確認を求めたところ、代理人弁護士から、

「米津玄師とK(原文は実名)が交際した事実はありません。(Rをアパートに移転した理由などは)当社の内部的な業務内容に関するものですのでご回答は差し控えさせて頂きます」

 と、「スンッ」な回答が届いた。とまれ、2人は「百年先も憶えてる」ような楽曲を奏で続ける。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2024年10月3日号)

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