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小学2年で外国人に誘拐、手足を縛られ…“身長2m”の副島淳(40)が語る、今も消えない幼少期のトラウマ「夜中の公園で声をかけられて…」

文春オンライン / 2024年10月20日 11時10分

小学2年で外国人に誘拐、手足を縛られ…“身長2m”の副島淳(40)が語る、今も消えない幼少期のトラウマ「夜中の公園で声をかけられて…」

副島淳さん

〈 同級生から「お前の髪の毛には汚れがたまってる」「ばい菌だ」と攻撃され…自殺を考えた副島淳(40)が明かす、壮絶なイジメと母親の意外な反応 〉から続く

 NHK『あさイチ』などで活躍するタレントの副島淳さんが、唯一無二のキャラクターを活かした活動ができるようになるまでの道のりは、平坦ではなかった。「見た目」の違いから小学生の時にはいじめに遭い、自殺を考えるほど追い詰められた。

 芸能活動を始めた後も、ステレオタイプな役を求められ、葛藤があったという。そんな副島さんは、「“逃げ”が今につながった」と話す。その真意を聞いた。(全2回の2回目/ 最初から読む )

◆◆◆

外国人が怖かったワケ

――英語が苦手というお話がありましたが、周りからは「英語が話せる人」と思われがちだそうで。

副島淳さん(以降、副島) 中学の英語の先生がネイティブの人だったんですけど、僕がわざと英語がわからないフリをしてふざけていると思ったらしく、怒られたことがあります。

 あと、大人になってからもしょっちゅう海外の観光客の方から「ヘーイ!」って声をかけられるんですけど、何も答えられないから申し訳ないっていつも思ってます。

――外国の方からなるべく話しかけられないようにしたり?

副島 英語が喋れないってこともあるんですけど、小学生のときに外国の人に誘拐されたことがあって、そのトラウマで最近まで外国の方が怖かったんですよ。

――どんなシチュエーションで事件が起きたのでしょうか。

トラウマとなった「誘拐事件」

副島 小学2年生くらいの時なんですけど、当時、母の再婚相手の人と反りが合わず、夏休みの時に家にいるのがしんどくなって、ちょいちょい家出するようになってたんです。そんな時、夜中の公園で二人組の外国人男性に声をかけられてついて行ったら、手足を縛られて監禁されてしまったという。

――どのようにその場から逃れたのでしょうか。

副島 たぶんお金目的の誘拐だったと思うんですけど、家は貧乏すぎて電話も止められている状態だったので、「家の番号を教えろ」と言われても、「つながらないよ」「嘘ついてんじゃねえ」という感じで押し問答になって。結局、コイツじゃお金にならないと思ったのか、12時間後くらいにそのまま解放してもらえたんです。

――今はさまざまなルーツの方とお仕事もされていますが、トラウマからの回復もあったのでしょうか。

副島 僕の事務所って外国ルーツの方が多く所属してるんですけど、そこでいろんな人と話していい方に巡り合ったことでやっと恐怖が和らいだ感じで。だから、それまでは本当に申し訳ないんですけど、街で外国の人に声をかけられても怖すぎて無視しちゃってたくらいでした。

ヒップホップ好きとか“陽キャ”を期待されていたけれど…

――そもそも副島さんが芸能事務所に入ったきっかけは?

副島 バスケですね。中学の時、「怖い先輩やいじめっ子がいない」という消極的な理由で選んだのがバスケ部だったんです。

 その後、大学の時のヘッドコーチの知り合いに映画関係者がいて、「今作ってる映画で黒人と白人のバスケットボール選手の3on3のシーンがあるんだけど、出られる人いない?」と話がきて。そこにたまたま出演したのがきっかけですね。

――はじめはそういった「黒人」役が多かった?

副島 いわゆるステレオタイプの“黒人”役が回ってくることが多かったです。オーディションとかで「ちょっとラッパーみたいな感じでやってみてよ」みたいな。

――ラップは得意だったのでしょうか。

副島 まったく。歌も下手だしソウルフルなんてこともないし、スポーツだって得意ってわけでもないです。

 でも、この見た目だから、ヒップホップ好きでしょとか、リズム感あるよねとか、“陽キャ”みたいなのを期待されるんですね。バスケとヒップホップカルチャーとのつながりで大学から聴いてはいましたけど、それまでは当時流行ってたGLAYとかB’zとか、J-POPばっかり聞いてましたし。

無理して“黒人”をするんじゃなくて、自分の道で

――実際の自分と全然違うものを求められる状態はキツくないですか。

副島 20代はずっと「“黒人”はそうあらねばならないのか……」とモヤモヤしましたし、葛藤がありましたね。

 オーディションに受かるために英語を頑張ったこともあるんです。でも、ネイティブの俳優さんに比べたらお話にならない。で、早々に英語を諦めたら、たまたま『パンク侍、斬られて候』という舞台で黒人の殿様役にキャスティングしてもらって。

 英語を求められるわけでもなく、カタコトの日本語でもなく、本当に普通の日本語で喋っていい役だったんですけど、それが自分でも面白いと感じたし、「これでいいんだ!」みたいな喜びもあって。英語からも逃げたってことですけど、無理して“黒人”をするんじゃなくて、自分の道で行こう、と思えたんですよね。

アフロヘアに蝶ネクタイ、ベストの『あさイチ』スタイル

――ブレイクのきっかけになった『あさイチ』は、どのようにして出演が決まったのでしょう。

副島 オーディションですね。受けた人の中では、個性が一番強かったと思います(笑)。

――アフロヘアに蝶ネクタイ、ベストのスタイルが印象的ですが、副島さんの発明ですか?

副島 『あさイチ』の衣装はスタイリストさんです。もはや僕のアイコンにもなってるくらいの発明なんで感謝しかないんですけど、普段からあの格好をしてると思っている方もいるので、「それはちょっとやめて」と言いたい(笑)。

 アフロは、事務所ですね。所属する時に、「見た目のインパクトで勝負しよう」ということで、坊主から伸ばして戦略的にアフロにしたんです。とはいえ、仕事がある時だけちゃんと丸くセットして、それ以外は寝ぐせをつけたまま過ごしてますね。

――ヘアセットのひと手間があってのアフロヘアなんですね。

副島 そうです。わーっとクシでほぐして丸くしてます。アフロが大きいから、髪まで入れると身長2mは超えますよ。

190cm超えると「カッコいい」から「デカいですね」になる

――高身長で良かったこと、逆に大変なことってありますか。

副島 今ってユニクロとかでも大きいサイズがあるので洋服はそんなに大変じゃないんですけど、足が30cmなんで、靴は店だとほとんどサイズがないから、ネットで買うしかなくて。そこはちょっと大変ですね。

――昔から身長は高い方だった?

副島 大きい方ではありましたけど、伸び出したのは中学からです。中学の3年間で30cm伸びましたから。その時は成長痛がすごくて、「ミシミシミシッ」って足が伸びてるのが自分でもわかるんです。夜寝られないくらい痛かったですね。

 結局195cmまでいきましたけど、本当は185cmで止まりたかったですね。

――185cmより高くなると違いが出てくる?

副島 「身長185」は「カッコいい」って言われるんですけど、僕みたいに190cm超えると、「デカいですね」しか言われないんですよ。

 高身長で良かったことって、芸能やってて目立つことくらいかな~。バスケやめたら生きるのが不便で不便で。腰は痛いし肩は痛いし首は痛いし。文字書く時だってこんなに背中丸めないと書けないですからね(と、屈むような姿勢でペンを握る)。

――日本人男性の平均身長が171cm程度らしいので、そうなると、いろんな既製品が合わないですか。

副島 ベッドも普通のだと小さすぎるし、地下鉄の大江戸線もめちゃくちゃ狭いなって。上野駅もとんでもなく天井が低いところがあるじゃないですか。だから、自然と自分の身長と天井を照らし合わせて目測して避けてますね。

――逆に、コンサートとかフェスで舞台が見やすい、とかはありますか。

副島 あ、それはある。それはあるんですけど、俺の後ろの人は絶対舞台が見えなくなっちゃうから、あえて俺だけ皆と逆方向のリズムに乗るようにして、後ろの人が見えやすいように配慮したりして。

 だから唯一、ライブとコンサートは見やすいけど、それも後ろに気を遣うことを考えると、プラマイで考えたら高身長はマイナス2ぐらいです(笑)。

中学時代からのスーパーヒーローがまさかの“異母兄弟”

――ご両親も身長が高かった?

副島 母も170cm近くあるので、大きい方ですよね。あと、会ったことはないけど、アメリカ人の父も大きかったみたいですし。

――副島さんが物心つく前にお父さんは蒸発してしまったそうですが、その後も接触はなく?

副島 「父と初対面」みたいなテレビの企画で調べてもらったんですけど、すでに亡くなってました。正直、亡くなっていて助かった、という気持ちもあって。

――「お父さんに会いたい」という気持ちもあったのでは。

副島 それがまったく。小さい時からいないのが当たり前だったので、父に対する感情もゼロっていうか、本当に興味がなかったんです。そんな状態で会ったところで何を話していいか分からないし、ハグするのもヤラセみたいで気持ち悪いなぁ、他人としか思えないしなぁ、というのが自然な気持ちでしたね。

 ただ、亡くなっていることがわかって、これで番組も終わりかなと思ったら、父が別の日本人女性との間に子どもを作っていたことがわかったんです。しかもそれが、バスケの元日本代表選手・高橋マイケルさんだったんですよ。僕にとっては中学時代からのスーパーヒーローだったので、これには本当に驚きました。

――副島さんと高橋マイケルさんは異母兄弟という関係だったんですね。

自分のルーツはやっぱり蒲田、葛飾、浦安

副島 DNA鑑定をして、僕とマイケルさんの父親が同じであることが確定して。その時、号泣しちゃったんですよね。なんで涙が出たのかいまだにうまく説明できないんですけど、マイケルさんが父に抱っこされている写真なんかを見せてもらって、自分ももしかしたら父親と遊びたかったのかなぁ、とか。

 それに、父は特撮なんかで活躍した俳優だったこともその時はじめて知りました。

――さらにお父さんや自分のルーツについて興味が湧くようになりましたか。

副島 でも、それもないんですよね。やっぱり自分は蒲田で生まれて葛飾で育って浦安が地元で、ということに変わりはないし、そこにしか自分のルーツはないっしょ、と思っているのかな。

 ずっと日本で、母と祖母に育ててもらって、違うのは見た目だけ、という気持ちがあるんですよね。そこは頑固なのかもしれないです。

写真=杉山秀樹/文藝春秋

(小泉 なつみ)

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