「トイレに駆け込んで嘔吐した」ブルーインパルスに憧れたプロ航空写真家が浴びた“壮絶すぎる洗礼”とは
文春オンライン / 2024年10月18日 6時0分
航空写真家の黒澤英介氏(本人提供)
航空自衛隊の「ブルーインパルス」を追い続ける隻眼の航空写真家がいる。その黒澤英介氏が2024年5月に上梓した写真集 『 FLIGHT OF DREAMS ブルーインパルス~感動と夢の翼~ 』 (大日本絵画刊)は、20年以上ブルーインパルスをファインダー越しに捉え続けた集大成ともいえる作品だ。
左目が見えないハンデを抱えながらも、なぜブルーインパルスを追い続けたのか、黒澤氏に話を聞いた。(全2回の1回目/ 続き を読む)
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5歳で左目を失明...それでもブルーインパルスを追う“夢”を諦めなかったワケ
――今回写真集を出したきっかけは。
「これまでもブルーインパルスに関する写真集は出させていただいていましたが、時系列や記録的な要素を取り除いた、ブルーインパルスが持つ『躍動感』を前面に押し出した写真集を一度は出したい、と以前から思っていました。今回、武田頼政さん(ノンフィクションライター。本書の編集も担当)から同様のお話をいただき、写真集を出すことになりました」
――そもそもなぜ航空写真家を目指されたのでしょうか?
「母の実家が、ブルーインパルスが拠点とする宮城県の松島基地のそばにあり、小学5年生のころ、たまたま休日に実家に連れて行ってもらったときに、基地の上で青い飛行機がスモークを出して飛んでいるのを見て感動したのですが、それがブルーインパルスだったんです。すぐに夢中になって、最初は航空自衛隊でブルーインパルスの整備員になりたいと思っていました」
「ですが、幼少期に事故で左目を失明していて、高校3年生の時に自衛隊の説明会に行った際『その状態だと難しい』と言われてしまい、すごく落ち込みました。けれど、『整備員が駄目なら、好きで撮っている写真で航空写真家になって、ブルーインパルスに近付こう』と決意したんです」
体重の4倍以上のGがかかり...ブルーインパルスの同乗撮影で受けた“洗礼”
――写真集では、黒澤さんがブルーインパルスに同乗して撮影された写真も多く登場します。
「機内での撮影はパイロットとの共同作業で、成功するかどうかはパイロットとの事前の打ち合わせで8割がた決まります。残りの2割は当日の天候と体調です」
――めまぐるしく動く機内で撮影する大変さはありませんでしたか?
「重力がものすごくて、宙返りすると体重の4倍から5倍の重力がかかります。持っているカメラが2キロだとしたら宙返りのときには10キロになる。そのことに慣れる必要があったので、同じ重さのバーベルを持って、感覚を頭に叩き込んでいました。実際の撮影では、宙返りが始まる前からあらかじめファインダーを覗いて構えておいて、宙返りが始まったらその重さに耐えて撮影していました」
――最初にブルーインパルスの機内で撮影したときはいかがでしたか?
「事前にテスト飛行を何回か受けてから同乗して撮影しましたが、じつは最初の2回は全く酔わなかったんです。きっと夢のコックピットに乗ってアドレナリンが出ていたのと、限定された課目で休憩をはさみながら飛行していたので、負荷がそこまでかからなかったのかもしれません。ですが、3回目のフルアクロ1区分同乗では着陸したあと自力で降りられないくらいヘロヘロになりました(笑)。整備の方に引っ張ってもらって、トイレに駆け込んで吐いてしまい『うわー、ブルーインパルスの世界ってこうだったのか』と」
ブルーインパルスの隊員が驚いた黒澤さんの“ある能力”とは?
――壮絶な“洗礼”ですね。
「その時の酔った感じが抜けなくて、その後も空撮のたびご飯も食べられないような状態が1年半続きました。さすがにこんなのびてるようなカメラマンを、ブルーインパルスの隊員のみなさんが今後乗せたいと思わないんじゃないかと不安になったこともあります。ですが、その思いを隊員のみなさんに率直に伝えると『何言ってんの、黒澤くん。何千時間乗ってる俺らだってたまには酔う時があるんだよ。まだ何十時間しか乗ってない黒澤くんが、あの中で写真を撮ってること自体が俺らにはびっくりだよ』と励ましてくれて……」
――訓練を積んだパイロットでも酔う厳しい状況なんですね。
「それからは『あんなにグルグル回ってて絶対酔わないなんて無理。俺はその中で写真を撮ってるんだから自信を持とう』と考え方を変えました。そうしたら不思議と酔いがマシになってきて、今でも気持ち悪くなるときはありますが、支障をきたすほどではなくなりました。気の持ちようでここまで変わるのかと自分でも驚きました」
――今回の写真集の読みどころを教えてください。
「今ではテレビでも特集が放送されたり、ブルーインパルスの知名度はかなり上がっていると思います。私たちが見ているブルーインパルスのアクロバット飛行が、隊員同士の信頼関係があってこそ成立する世界であることを、知ってもらいたいですね。隊員のまなざしや息遣い、そして子供たちのブルーインパルスへの憧れ、そしてアクロバット飛行の躍動感。『空の芸術』という形で今回の一冊を見ていただけると嬉しいなと思っています」
〈 「頭のネジが2、3本抜けているんじゃないか」ブルーインパルスのパイロットが驚いた、初フライトで先輩隊員がみせた“まさかの行動” 〉へ続く
(「文春オンライン」編集部)
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