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【ドラえもん声優の訃報】〈大山のぶ代が、バカになったらしい〉とネット掲示板に書かれたことも…大山のぶ代(90)の認知症を公表するまでにパートナーが直面した「数々の試練」

文春オンライン / 2024年10月11日 16時51分

【ドラえもん声優の訃報】〈大山のぶ代が、バカになったらしい〉とネット掲示板に書かれたことも…大山のぶ代(90)の認知症を公表するまでにパートナーが直面した「数々の試練」

親友の毒蝮三太夫さん ©文藝春秋

大山のぶ代さんが9月29日、老衰のため90歳で亡くなったことがわかった。生前は、おしどり夫婦として知られた、大山さんとパートナーの砂川啓介さん(2017年逝去)。2人はどんな人生を送ったのか? 

 

大山さんの認知症を公表するまでに砂川さんが直面した数々の試練を、砂川さんの著書『 娘になった妻、のぶ代へ 』(双葉社)より、一部抜粋して紹介します。

◆◆◆

マムシからのアドバイス

「なあ、啓介。ペコの病気のこと、公表したほうが絶対にお前も楽になるって。俺が段取りするからさ、(大沢)悠里のラジオ番組でしゃべったらどうだ」

 60年来の親友・毒蝮三太夫の口からその言葉が出たとき、僕は押し黙ってしまった。

 2015年4月、僕は“マムシ”こと毒蝮と久々に二人で食事をしていた。

 普段は、共通の友人を交えて遊ぶことが多かったので、二人だけで会う機会はあまりない。それでも、あえて二人きりだったのは、他でもない。カミさんの認知症について相談するためだった。

 もともと僕は人に相談すること自体が苦手で、半世紀以上の付き合いがあるマムシにも、カミさんが認知症であることは明かしていなかった。いや、親友のマムシにさえ、別人のようになってしまった彼女の姿を知られたくなかったのかもしれない。

 認知症のことを知っていたのは、家政婦の野沢さん、マネージャーの小林、そして、ごく限られた仕事関係者だけだった。

 すると、そのうちの一人に「マムシさんに相談してみたら?」と提案されたのだ。なんでもマムシは介護の番組に出演していて、その方面に詳しいのだという。長い付き合いだというのに、あろうことか僕は全然知らなかったのだ。

 マムシに電話をかけ事の次第を話すと、意外な反応が返ってきた。

「実は、カミさんが認知症で……」

「ああ、そうだろうな」

「『そうだろうな』って、どういうことだ?」

「啓介、お前さ、そういうことはちゃんと話してくれなきゃダメだよ」

 マムシは、とっくにカミさんの認知症に気づいていたようなのだ。

 無理もない。彼女が脳梗塞で倒れた後も、鹿児島での“砂風呂事件”のときのように、僕たち夫婦は知人と一緒に旅行したり、食事したりする機会が何度もあった。

 きっと「大山さんの様子がおかしい」「これは脳梗塞の後遺症なんかじゃないだろう」と感じた人もいたことだろう。

 だから、どこかからマムシの耳に情報が入っていても、なんら不自然ではないのだ。

「とにかく、一度会って話そう」

 マムシの提案に、僕は二つ返事で頷いた。

 さすが介護の番組に出ているだけあって、彼の意見は参考になることが多かった。ただ、「公表したほうがいい」という勧めには、すぐには賛成できなかった。

 何よりも、カミさんが四半世紀をかけて築き上げてきたドラえもんのイメージを壊すことに繋がるのではないか、と思ったからだ。

 認知症だと世間に知られてしまえば、「明るくて元気な大山のぶ代」のイメージは、粉々になってしまうかもしれない。『ドラえもん』ファンの中には、衝撃を受ける人も多いことだろう。

「認知症で何も分かっていない妻のことを、夫が勝手にしゃべるなんて……」と、批判を受ける可能性だってある。

「啓介が先に逝っちゃったら、ペコはどうなるんだよ」

 でも、マムシの一言が僕の心に突き刺さった。

「一人で全部抱え込んでいたら、お前のほうが参っちゃうって……。啓介が先に逝っちゃったら、ペコはどうなるんだよ」

 事実、僕はかなり追いつめられていた。

 前述のように、カミさんが2012年の秋に認知症の診断を受けてから間もなく、僕は2013年に胃ガンの摘出手術を経験している。2週間ほど入院し、開腹して数センチほど胃を切り取った。そのせいで食は細り、体重もガクンと落ちた。

 ガン以外でも肺気腫や帯状疱疹など、これまではかかったことのない病気を次々に患っている。医師によれば、それらの病の一因はストレスもあるのだという。

 健康には自信があった僕にとって、これは大きな衝撃だった。

 実際、僕は介護生活の中で多大なストレスを感じるようになっていた。いや、「ストレスを抱えていることを意識しないように努めていた」と言ったほうが正しいかもしれない。

 頑張らなきゃ。俺がしっかりしないと。カミさんのことに集中しないと……。

 そう、自分に言い聞かせていたのだ。

 当然、生活は介護中心になり、野沢さんと小林が手伝ってくれるとはいえ、仕事はかなりセーブせざるを得ない。彼女ができるだけ一人にならないように、仕事はそれまでの関わりがあるものだけに限定して、新規のものはすべて断っていたのだ。

 僕は子供の頃から、ストレスを感じると身体を動かして発散させるタイプだった。スポーツをしているうちに、自然と心も身体もスッキリする。

 だが、この状況では、カミさんを家に一人残してゴルフに行くわけにもいかない。「せめて筋トレやストレッチでも」と思い、家で実践しているが、それだけではなかなかストレス解消とまではいかないのだ。

 だからといって、彼女を介護施設に預ける気にはなれなかった。

 いや、まったく考えたことがないと言ったら嘘になる。施設に入ってもらったほうが、僕は楽になるかもしれない。そう思ったことも確かにあった。

 でも、カミさんは、どうなるのだろう?

 他の入居者から「大山のぶ代が来たぞ」とか「サインください」「ドラえもんの声やって!」などと見せ物にされ、騒がれるかもしれない。

 そう考えると、介護施設に入れるとなればどうしても個室に入れざるを得ないだろう。だが、個室にすることで人と接する機会が減り、ペコに寂しい思いをさせてしまうかもしれない。一人でボーッとする時間が増えれば、もっと認知症が進んでしまう恐れだってある。

「あたし、ずっと、この家にいたいの」

 何より、カミさんは息子であるドラえもんたちに囲まれた、我が家が大好きだ。

 以前、「今後のことを考えて、バリアフリーのマンションに引っ越したほうがいいんじゃないのか?」と考えていた時期、カミさんがハッキリと口にした言葉があった。

「あたし、ずっと、この家にいたいの」

 こちらが呼びかけても、反応が乏しかったり、会話が通じないことだってたくさんあるのに、このときは僕の目を真っすぐ見て、ペコは確かにそう言った。

 だから、引っ越しをしたり、介護施設に預けるといった選択肢は、最終的には僕の思考回路からはまったくなくなっていた。この先、どんなに辛くても、彼女が一番安心できる我が家で、彼女を在宅介護していこうと心に決めたのだ。

 介護保険のサービスを活用することも考えなかったわけじゃない。だが、サービス利用の前には「認定調査」といって、自宅でカミさんの状態を見せる必要があるという。

 調査とはいえ、見ず知らずの人が突然家に来たら、ペコはパニックを起こしてしまわないだろうか。調査を無事に終えられたとしても、派遣してもらうヘルパーさんとそりが合わない可能性だってある。

 彼女を取り巻く環境を急に変えることで、認知症がもっと進んでしまったら……。そう思うと、最後は介護保険のサービス活用にも踏み切れなかった。

 また、カミさんの本当の病名を明かさず、周囲に嘘をつかなければならなないことも、僕のストレスの一因になっていた。

「大山さんは最近、どうしていますか?」

「あまり、お仕事されていないようですけど……」

「体調は大丈夫なんですか?」

 脳梗塞で倒れたこと自体はすでに公表していたため、予後を心配する知人に様子を尋ねられることもあったが、「ええ、まあ」とか「おかげさまで、なんとか……」など、あいまいな返事でかわすより他なかった。

 彼女が直腸ガンで入院したときも僕はあちこちに嘘をついていたが、それとは比べものにならないほど神経をすり減らした。

 実際のところ、僕が言わずともカミさんの異変を察知していた人は、意外と多かったのかもしれない。きっと皆、マムシ同様に自分から聞くのを憚って、僕が言い出すのを待っていてくれたのではないかと、今では思う。

 ただ、だからこそ、カミさんに連絡してくる人も減ってしまった。

「大山さんは大変みたいだし、こちらから連絡したら申し訳ない」

 そう気を遣わせてしまったのだろう。僕が秘密にしていたことで、結果的に彼女を世間から隔絶し、孤独に追い込んでいたのかもしれない。

インターネットに書かれた悪質なデマ

 さらに、インターネットの掲示板に、酷い書き込みをされていることも気になっていた。

〈大山のぶ代が、バカになったらしい〉という汚い言葉の表現もあれば、中には〈亡くなった〉などという、まったくの悪質なデマもあった。僕は普段、この手の掲示板など見ないのだが、知人から「『大山さんが亡くなった……』という書き込みを見たんだけど、本当なの?」と心配して電話がかかってきたのだ。

 カミさんが脳梗塞で倒れてから7年――。

 一時的に仕事復帰したとはいえ、ほとんどメディアに登場しなくなったことによって、様々な憶測を呼んでいたのだろう。

 このまま間違った情報が流され続ければ、友人はもちろん、仕事でお世話になった人にも心配をかけてしまうことになる。また、いつマスコミに嗅ぎつけられて、予期せぬ形でカミさんの写真を撮られてしまうか分からない。

 考えに考えた末、僕は、ラジオで認知症を公表することを決意した。決断してからは、時間の流れが不思議なほど早く感じられた。

 マムシが、あれよあれよという間に段取りを整えてくれ、TBSのラジオ番組『大沢悠里のゆうゆうワイド』で告白する日が、ついにやって来た。

(砂川 啓介/Webオリジナル(外部転載))

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