【大山のぶ代(90)さん訃報】「ドラえもんの気持ちを理解してくれる人に託したいの」当初は“合成音声”を使用するアイデアも…大山のぶ代(90)の夫が明かした「ドラえもん声優卒業」の真相
文春オンライン / 2024年10月11日 16時48分
2004年のドラえもん声優交代の内幕とは? ©getty
大山のぶ代さんが9月29日、老衰のため90歳で亡くなったことがわかった。生前は、おしどり夫婦として知られた、大山さんとパートナーの砂川啓介さん(2017年逝去)。2人はどんな人生を送ったのか?
大山のぶ代さんがドラえもん声優を卒業する直前の思い出を、砂川さんの著書『 娘になった妻、のぶ代へ 』(双葉社)より、一部抜粋して紹介します。
◆◆◆
「ドラえもん卒業」の真相
「あたし、もうドラえもんを辞めたほうがいいのかな……」
彼女の口から、そんな言葉がこぼれ落ちたのは、退院して間もない頃のこと。
直腸ガンの手術の後、嬉しいことに新たにガンの転移は見つからず、カミさんは無事退院へとこぎつけた。もちろん、すぐに『ドラえもん』の収録にも復帰している。
実は、当初の予定よりも入院が長引いてしまい、治療の都合から『ドラえもん』の収録スケジュールに合わせられなくなったこともあった。そのため、入院中はカミさん以外のメンバーで先に収録してもらい、フィルムが溜まったら、病院を抜け出して一人、スタジオで録音する。この方法でなんとか切り抜けていたのだ。
だからこそ、退院後もずっとドラえもんを演じ続けるのだとばかり、僕は思っていた。
「ペコ、突然どうしてなの? せっかくガンを取って元気になったのに、どうしてペコにとって一番大事なドラえもんを辞めたいだなんて言うんだい?」
「でもね、啓介さん。私がまた今回のように、急に入院したり、突然倒れたりしたら、迷惑がかかっちゃうでしょ。だったら、元気なうちに自分から辞めちゃったほうがいいんじゃないかなって思い始めて……」
カミさんがそこまで深く考えていたことを知って、僕は何も言葉が出なかった。人一倍、責任感が強い彼女だからこそ、そして我が子同然のようにドラえもんを愛しているからこそ、真剣に悩んでいたんだと思う。
自分のせいで国民的アニメである『ドラえもん』が中断することなど、あってはならないのだ、と……。
そもそも僕たちの間では、「互いの仕事には口を出さない」が暗黙のルールになっていた。
だから僕は、『ドラえもん』の収録現場の詳しい様子はあまり知らない。でも、カミさんを通じて『ドラえもん』の声優仲間たちの近況は、たびたび耳にしていた。
「しずかちゃん、この間、緑内障の手術をしたんですって」
「スネ夫くんのお宅、お孫さんが生まれたそうよ」
もちろん、「しずかちゃん」や「スネ夫くん」はアニメのキャラクターではなく、声優さんのことだ。
当時すでに、『ドラえもん』のアニメ放送開始から四半世紀――。ドラえもんの声優陣は、もはや仲間を超えた“戦友”のような意識で結ばれていたんだと思う。
大山のぶ代の声を合成する案も
ただ、時の流れを止めることは誰にもできない。
「次の『ドラえもん』の声は、どうするか?」という話題が、この頃から出始めていたのも事実だった。
大山のぶ代の声を50音すべて録音して合成する。オーディションで他の声優さんを決める。聞いたところでは、この二つの案が持ち上がっていたという。
あるとき、カミさんがポツリと呟いたことがある。
「合成なんかじゃなくて、あの子(ドラえもん)の気持ちを理解してくれる人に託したいの」
たとえ声は同じでも、ドラえもんの喜びや悲しみ、怒り、悔しさといった感情は、合成では表現しきれない。それを、カミさんは誰よりも知っていたのだろう。
実は、入院中にもカミさんは、「もしかしたら、自分はもう元どおりの身体に戻れないかもしれないから、辞めたほうがいいのかも……」と、口にしたことがあった。
それまで四半世紀もの間、カミさんが、自分の命と同様のドラえもんを辞めたいと言い出したことはもちろん一度もなかっただけに、僕は心の底から驚いた。
でも、そのときは番組関係者のトップの方々が病室に来て、「大山さん、お願いですから辞めないでください!」と説得していたのを覚えている。
これが功を奏したのだろう。このときは事なきを得て、彼女はドラえもんをもう一度続けることに、最後は笑顔で応じていたのを記憶している。しかし、それでも「自分がガンになった」という事実は、カミさんの心のどこかに暗い影を落とし続けていたのかもしれない。
ドラえもん卒業後の大山のぶ代の人生
《『ドラえもん』の声優陣、交代――》
このニュースが新聞の社会面を飾ったのは、2004年11月22日のこと。
本当ならば11月30日に正式発表される予定だったのだが、事前にスッパ抜かれてしまったらしい。
ドラえもんだけでなく、のび太、しずかちゃん、ジャイアン、スネ夫らの声優陣が一新されることもあって、報道は大反響を呼び、カミさんの身辺も一気に騒がしくなった。
交代のいきさつについて、彼女は詳しく話そうとはしなかったが、2004年に入った頃からだっただろうか? 報道のずっと前から、カミさんが「卒業」の決意を固めていたことだけは知っていた。
以前、退院後にドラえもんを辞めたいと言ってきたときとは、今回は明らかに様子が違っていた。
「ドラえもんを、今度は本当に辞めようと思ってるの」
そうカミさんが真剣に僕に打ち明けてきたとき、すでに彼女の中では覚悟が決まっているように感じられた。だから、あえて僕も止めなかった。
「そうだね、ペコ。もう君は十分やりきったんじゃないのかい。しばらく、ゆっくりすればいいよ」
これは後で知った話だが、この年の春、まずカミさんに交代の打診があったのだという。その後、声優陣が集められ、「5人全員交代」の話を持ちかけられたそうだ。
僕には何が交代の本当の理由なのかは分からないけれど、声優陣の高齢化による健康上の不安もそのひとつだったのではないだろうか。
もっとも、カミさんの週1回の『ドラえもん』の収録がなくなったことで、時間的に余裕が生まれ、この頃から夫婦で旅行する機会も増えた。
でも、ドラえもんを引退したといっても、カミさんはやっぱり仕事人間。講演の依頼も多く、毎日、家で趣味を楽しむような悠々自適の生活とはほど遠かった。
夫の僕がいうのもなんだが、カミさんはとにかく話が上手い。講演に行けば、たちまち聴衆を惹きつけてしまう。夫婦で講演を依頼されたときには、だいたい最初にカミさんが話す。まさに「立て板に水」とはこのことで、会場はいつも拍手喝采、笑いの渦。
それを聞いているうちに、僕は「俺、こんなに上手く話せないよ……」と、どんどん萎縮してしまうほどだった。
「本当は、ペコは寂しいんじゃないか」
ただ、ドラえもんを辞めた後、彼女が講演で話す内容は確実に変わった。
最初の挨拶にしたって、それまでは恒例になっていた第一声「コンニチハ。ボク、ドラえもんです」は、もう使えない。
僕はカミさんの横顔を眺めながら、勝手に思いを巡らさずにはいられなかった。
「本当は、ペコは寂しいんじゃないか。ドラえもんを辞めたこと、本当は後悔しているんじゃないかな」と――。
しかし彼女の口からは、そんな言葉が出たことはない。それに、カミさんが考えに考えた末に出した結論なのだから、僕が口を挟むことじゃないだろう。
何より、「互いの仕事に口を出さない」というのが僕たちのルールのはず。僕があれこれ言うことで、彼女の心にさざ波を立てたくなかったのだ。
(砂川 啓介/Webオリジナル(外部転載))
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