《老衰のため逝去》「僕は、夫失格なのだろうか」酒の量が増え、一家心中に共感したことも…大山のぶ代(90)の夫が明かした「妻が認知症になる苦しみ」
文春オンライン / 2024年10月11日 16時50分
認知症になってしまった大山のぶ代(写真左)の介護に悩んだ砂川啓介さん(右)の告白とは――。 ©双葉社
大山のぶ代さんが9月29日、老衰のため90歳で亡くなったことがわかった。生前は、おしどり夫婦として知られた、大山さんとパートナーの砂川啓介さん(2017年逝去)。2人はどんな人生を送ったのか?
砂川さんが認知症の大山さんの介護に悩んでいたときのエピソードを、砂川さんの著書『 娘になった妻、のぶ代へ 』(双葉社)より、一部抜粋して紹介します。
◆◆◆
追いつめられて……
僕の介護生活は、カミさんが認知症になってからというよりも、脳梗塞で倒れた直後から始まっていたわけだが、特に認知症の症状が顕著になったここ2~3年ほどは、マネージャーの小林や家政婦の野沢さんの力を借りることが増えた。
小林は、カミさんをお風呂に入れてくれたり、僕が不在のときに彼女の通院に付き添ってくれたりと、仕事上の付き合いを越えて、僕たち夫婦を支えてくれている。
20年近く前から週2回、掃除などの家事を手伝ってくれている野沢さんは、偶然にも介護経験があるという。そのため、カミさんへの接し方も上手で、汚物処理の手伝いなども嫌がらずにやってくれるので、本当にありがたい。
それでも、基本的に家事や介護をするのは、夫である僕でしかない。
だから、カミさんと一日中二人きりで家にいると、日によっては、どうしても苛立ちを抑えられないことがある。僕が懸命に説明しても、彼女と意思の疎通ができないことも多いからだ。
「それは、違うでしょ」
「ダメだよ」
と、僕がどんなに諭しても、ペコはまったく言うことを聞いてくれない。それどころか、こちらがしつこく言うほど、彼女もムキになって反論してくる。
たとえば、こんなときだ――。
数分前に薬を飲んだばかりだというのに、それを覚えていないことがあった。僕は、2階のリビングにあるゴミ箱に捨てた空の薬のパッケージを取り出して、カミさんに見せる。
「ほら、ペコ、今日はもう飲んだでしょ」
「飲んでないわ」
「ここに、空のパッケージがあるじゃない。これ、さっき飲んだ分だよ」
「あたし、飲んでないわ。これ、誰が飲んだの?」
思わず息を呑んだ。
おそらく、彼女は5分前といった、ほんの少し前のことですら分からなくなってきているようだ。しかも、飲んだことを思い出せないならまだしも、他の人が薬を飲んだと思い込んでいるのだろう。
僕は、夫失格なのだろうか
「何を言ってるんだよ、ペコ。うちには俺と君しかいないだろ? 他には野沢さんと小林が来るだけなんだから、誰もペコの薬を飲んだりしないよ」
何度言い聞かせても、カミさんは絶対に認めようとはしない。そのうち、僕もカッとなって、つい怒鳴ってしまう。
「いい加減にしてくれよ、ペコ! 他の人が飲むわけないだろ!」
一瞬、部屋の空気が凍りつくのが自分でも分かった。
そして次の瞬間、彼女はシュンとした表情を浮かべ、無言でトボトボと3階の自分の部屋に戻って行ってしまった。
「ああ、言い過ぎてしまった」
すぐに心の中で反省し、「次は絶対に怒っちゃダメだ」と自分に言い聞かせる。でも翌日、同じことが繰り返されると、またもや僕は声を荒げてしまう。頭では分かっていても、つい抑えられなくなってしまう感情――。
そのたびに、僕は広い心を持って優しく接してあげられない自分に腹が立ち、自己嫌悪に陥っていた。
言うことを聞かない子供についイライラして手を上げてしまった母親が、直後に我に返り、泣いている子供を「ごめんね、ごめんね」と抱きしめる。これは、実際によくあることと聞いた。
僕には育児の経験がないので実感としては分からないが、もしかしたら、このときの僕は同じような状況だったのかもしれない。
認知症について知識を深めるため、僕は様々な本を読み、インターネットで情報を検索した。介護の体験記を読んでみたこともあった。
もちろん、僕と同じように深く苦悩している人もいたが、前向きに介護に取り組んでいる人だってたくさんいる。なのに、なぜ僕は前向きな気持ちになれないのだろうか。
「相手に対する愛や尊敬の念があれば、介護は乗り切れる」
そのような言葉を目にしたこともあった。だとしたら、カミさんの介護を辛いと感じてしまう僕は、夫失格なのだろうか。
毎晩、彼女が寝静まった後に、僕は寝室で自分を責める日々が続いていた。机に向かい焼酎のグラスを傾けながら、カミさんの介護について、心の声を思いつくままにノートに吐き出す。
「ペコは今、幸せなのか?
それは本人次第なんだから……。
幸せかどうか、恵まれているかどうかは自分が感じることだから、俺には計り知れないし、答えはないんだよ。
人間、年とともに寂しさが募る。年を取ると、無情にも寂しさが募る。
今夜も酔っちまった。
きっとまた、酔いつぶれて眠ることになるんだろう。
またひとつ、諦めが増えた。
その分、酒を飲む量が増えた。
どこか悪くなってるかもなと思いながら、今夜もまた飲んでいる」
いつの間にやら、一日1杯と決めていたはずの焼酎は、次第に2杯になり、3杯になり……。不思議なもので、いったん後ろ向きな気持ちが胸に湧いてくると、人はどこまでもマイナス思考に陥っていく。
なぜ、うちのカミさんが認知症になってしまったのだろう? あんなに賢くて、記憶力抜群で、話も料理も上手だったペコが……。
「ドラえもんを卒業せずに続けていたら…」
次第に僕は、考えても仕方のない悪いことにばかり、思いを馳せるようになっていた。
「あのとき、『ドラえもん』を卒業せずに続けていたら、今頃どうなっていただろう?」
長年、演じ続けていた『ドラえもん』を引退したことで、気持ちが緩んでしまったのではないか、と考えたこともあった。
もちろん、『ドラえもん』の卒業と認知症とは、医学的になんの関係もないことぐらいは分かっている。けれど僕は、「なぜ、うちのカミさんが……」という心の問いに、無理やり答えを探さずにはいられなかったのかもしれない。
『ドラえもん』をやっていた頃の緊張感、それに、専門学校で教壇に立っていた頃の責任感――。
そういう日々の張り合いがなくなったとき、人はふと、カミさんのように、心の隙間ができてしまうのかもしれない。
そんなことを、ぼんやりと考えていた。そんなことをしたところで、なんの意味もないことは分かっているはずなのに……。
「認知症の妻を抱えた夫が、心中を図った」
このようなニュースがテレビから流れると、思わずハッとして、食い入るように画面を見つめてしまう。同じニュースを聞いても、「何を早まったことを……」と思うだけの人も多くいることだろう。
でも、僕にとっては他人事じゃない。
いつか、僕も心が完全に折れてしまうんじゃないか。そんな不安に怯えながら、毎日を過ごしていた。
「どこでもドア」で遠くへ行ってしまいたい
逃げられるものなら、この生活から逃げたい。
ドラえもんのように「どこでもドア」で、遠くへ行ってしまいたい。
でも、僕はカミさんにとって、たった一人の身内なのだ。
「俺が頑張らなきゃいけないんだ……」
強く自分に言い聞かせるたびに、僕は自分で自分を追いつめていた。
(砂川 啓介/Webオリジナル(外部転載))
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