現役医学部生に「右玉イケメン」…熾烈な三段リーグを突破してプロ棋士になった新四段は“個性あふれる”二人だった
文春オンライン / 2024年10月14日 11時10分
プロ入りを決めた獺ヶ口笑保人(左)と吉池隆真(右)の両新四段
9月7日に行われた第75回三段リーグ17、18回戦の結果、最終成績を15勝3敗とした獺ヶ口笑保人と14勝4敗の吉池隆真の2人のプロ入りが決まった。
獺ヶ口はマジック1の状況で17回戦を落としたが、最終18回戦を勝っての自力昇段。「頭をカラにして2局目を迎えることができた」と振り返る。また吉池は17回戦開始の時点では他力だったが、1局目を自身が勝ち、競争相手が敗れたことで、最終18回戦に自身の昇段が懸かっていた。「最終日は伸び伸び指して、結果を待とうと思っていました」と語った。
両者は10月1日付で四段へ昇段した。
現役の医学部大学生としても注目
新四段に対して行われる共同インタビューでは、毎回それぞれの個性があふれたコメントを聞くことができるが、特に今期の新四段は注目を集めたのではなかろうか。
まず獺ヶ口笑保人四段。名前は「おそがぐち えほと」と読む。獺ヶ口の名字の由来は福井県の地名にあるそうだが、一目で読むのは結構難しい。筆者は彼が関西所属だった奨励会級位者の頃、主に関西で活動する観戦記者の方から聞いて知ったのが最初である。名前の由来は「笑いを保つ」ことと、努力を意味する英語の「effort」からきているそうだ。共同インタビューでも名前に関する質問が多かった。
もう一つ、獺ヶ口が注目を集める理由は彼が現役の大学生として医学部に在学していることだろう。医師と女流棋士を両立している伊奈川愛菓女流二段や、女流棋士でかつ医学部生の森本理子女流2級の例はあっても、これまで医学部に通う大学生が奨励会を突破して四段になったケースはない。
医師を目指したのは将棋がうまくいかなかった結果
しかも獺ヶ口の凄いところは、将棋の道に挫折しかけた時に医師を目指したということだ。
「最初から両立は考えておらず、将棋がうまくいかなかった結果です。棋士になるのが厳しいと思ったときに仕事を考えて、人の役に立てるというと傲慢ですが、自分が何かできればと思いました。一番大変と思ったのはやはり受験の時期で、案の定両立はできませんでした。大学に入ってからも年齢制限が迫っていたので、時間を有効に使おうという意識がありました。医師免許はまだですが、取りたいと思っていますし、棋士と医師の両立ができたらと思っています」
三段リーグ最終日の2日前にも重要な試験があったそうだ。医学部の試験がどれほど大変なのかは想像の範囲を超えているが、そのような状況で三段リーグを勝ったのは、ベタな表現しかできないが、途方もないことだと思う。
棋士としての目標を聞かれて「棋士になったからには指し手で注目される、強い棋士になりたいです。表裏なく色々な人と接して、獺ヶ口とはこういう人だと理解してもらえたらいいですね。憧れは米長邦雄先生です。将棋はもちろん、人間的にも魅力的な棋士だと思います」と語った。
「プロ棋士に対等に話してもらえるのがうれしかった」
吉池隆真(よしいけ りゅうま)四段は、指す将棋と雰囲気から「右玉イケメン」などというあだ名もついているが、実力はすでに折り紙付きだ。三段として参加した昨年の第13期加古川青流戦で決勝まで勝ち進んだ。決勝三番勝負では昨年度に8割5分の高勝率を記録した藤本渚五段に敗れたが、将棋に対する姿勢が評価されたのか、永瀬拓矢九段や佐々木勇気八段など、多数のトップ棋士から研究会に誘われている。藤本五段とも練習将棋を行う間柄で、三段リーグ最終日には関西から藤本が応援にかけつけていた。
共同インタビューで吉池は「藤本さんとはこの2年ほどVSなどで教えていただき、その間に活躍する姿を見たので、自分もそういう舞台に立ちたいと思いました。藤本さんは謙虚で優しい方です。自分は同世代にプロがおらず(吉池が04年、藤本が05年生まれで、04年生まれの棋士は吉池が初)、プロ棋士に対等に話してもらえるのがうれしかったです」と語った。
目標と尊敬している棋士については「力戦を指していて、人に見てもらえる、引き付ける将棋を指していきたいです。尊敬する棋士は永瀬先生です。研究会に誘っていただき、この1年間に色々吸収できました」。
プロとしての初仕事「100周年パーティー」について
吉池と同じく永瀬研に参加している斎藤明日斗五段は「まじめな好青年で、研究会でも右玉です」と言う。続けて「彼の登場でS4(※イケメン棋士4人組)の地位が危なくなりましたね」と笑った。
また、佐々木八段との研究会に参加している棋士から聞いた話によると、佐々木八段は振り飛車対策のためにその研究会を立ち上げたそうだ。その中で右玉を好む(右玉は居飛車の作戦である)吉池がメンバーに選ばれたのは、彼の棋才がどれほど評価されているかの傍証であると思う。
獺ヶ口と吉池のプロとしての初仕事は、昇段を決めた翌日に行われた日本将棋連盟100周年パーティーの参加だった。100周年パーティーについて聞いた。
獺ヶ口「100周年イベントは色々な人に声をかけてもらい、とても嬉しかったですが、それと同時に、前日までリーグを戦っていた身として、不慣れな場であることをひしひしと感じました。ファンの方から、写真撮ってくださいと言われて、写真に写ったりしたことはこれまでの人生であまりなかったことなので、驚きました。逆に、あるファンの方3人組に写真をお願いされて一度はOKしたのに、周りに多くの人がいたので写真を一緒に撮れなかったこともあり、その人には少し申し訳なく思っています」
吉池「昇段が決まった次の日だったこともあり、前日とのギャップに驚かされていました。次の日にあそこまでの人数の方々にお祝いのお言葉を言っていただけるとは思っていなかったので、嬉しかったです。イベント内ではクイズなどのエンタメ性もさることながら、ファンの方々との交流も印象に残っており、本当に歴史的なイベントに来れたんだなと感動していました」
プロになっても変わらず、気を引き締めて
そして、改めてプロとしての意識を聞いた。
獺ヶ口「昇段が決まってから今日までの過ごし方で変わった点はほとんどありませんが、プロになって思うのは、まず初対局に勝ちたいということですね」
吉池「プロ入りが決まってからも、基本的にいつもと変わらず研究会やVSを行う生活でしたが、その後にだらけてしまったりということはあったので反省しています。日本将棋連盟HPの棋士一覧に自分が追加されていて本当にプロの仲間入りをしたんだなと実感しました。ここから対局などの仕事が入ってくると思うので、気を引き締めてやっていきたいです」
二刀流棋士・糸谷八段「個性ある棋士になってもらいたい」
後日、獺ヶ口新四段の兄弟子である糸谷哲郎八段に話を聞く機会があった。糸谷八段も大阪大学へ進学し、大学院の修士課程を修了した二刀流の棋士であることは知られている。100周年パーティーで一緒になり、おめでとうを言ったという。
「最近の三段リーグは皆がハイレベルで、特に今期は競争相手も負けなかったので怖かったでしょうね。それでもいい成績を上げて四段昇段できたのはよかった。ますます忙しくなると思いますが、大学のほうも含めて頑張ってほしいです。他の方にはできない道を選ばれたので、個性ある棋士になってもらいたいですね」
新四段の今後に注目である。
写真=相崎修司
(相崎 修司)
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