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控室では「マジかよ」という声が…藤井聡太王座、“初防衛”の舞台裏で何が起きていたのか

文春オンライン / 2024年10月17日 11時0分

控室では「マジかよ」という声が…藤井聡太王座、“初防衛”の舞台裏で何が起きていたのか

永瀬拓矢九段(左)と藤井聡太王座(右)

 藤井聡太王座に永瀬拓矢九段が挑戦する第72期王座戦五番勝負第3局が、9月30日、京都市「ウェスティン都ホテル京都」で行われた。

 第2局では、午前中に81手も進んだ。後手の永瀬が△8四桂と7六の銀取りに打ったのに対し、藤井がそれを放置して▲4六香と攻め合うという驚きの進行だった。

第2局のハイペースを踏まえ、10時過ぎには現地についたが…

 銀を取った手が王手で、玉を逃げるしかない。王手で銀をただで取らせる手を、午前中に指すとは。この手については、第2局のあとに藤井から話を聞くことができた。

「76手目△9五歩から想定外の局面になりました。△8四桂には銀を逃げるべきだったかもしれませんが、端を絡めて攻められるので。88手目△5四銀は意外で、△5一玉と玉を引く手を想定していました。▲7四歩と突けて良くなったかと」

 私は第2局のハイペースを踏まえ、第3局当日は10時過ぎには現地についた。ところが、本局は同じ角換わり腰掛け銀でも、後手の藤井が右玉にしたためスローペースな将棋になっている。ああ、慌てる必要はなかったか。

 立会人の谷川浩司十七世名人にまずは挨拶。先日、私の知人が仕切っている茨城県のイベントに来ていただいたことのお礼をいうと、「いえいえ、これで47都道府県、すべてを訪れましたので」と笑顔で返答。62歳のはずなのだが若いなあ。

午前中は両者手さぐりで指し進めていく

 現地大盤解説会は前年と同じく、関西若手棋士ユニット「西遊棋」が主催だ。解説が服部慎一郎六段、徳田拳士四段、上野裕寿四段、石本さくら女流二段。そして棋士会副会長としてサポートする糸谷哲郎八段にゲスト解説が山崎隆之八段と、豪華なメンバーが集まった。大盤解説会の定員180人はすぐに埋まったそうだ。

 常務理事として訪れていた井上慶太九段、新聞解説の稲葉陽八段とも話をする。谷川と井上は兄弟弟子、稲葉と上野は井上門下だ。稲葉は物腰柔らかく丁寧な言葉づかいで、こちらが逆に恐縮してしまう。井上は仕事があるということで、「後はまかせたで」と稲葉に信頼しきった目つきで合図を送って去っていった。上野の様子からも兄弟子をとても尊敬していることが伝わってくる。よい一門だなあ。

 さて、局面はというと、藤井が50手目に前例から離れて変化し、両者手さぐりで指し進めていく。永瀬はポイントを稼ぐべく、4筋の歩を交換した。持ち歩が生きるかどうかが今後の焦点だ。対して藤井が左桂を跳ね出し桂交換と先に動いた。永瀬が歩交換したからこそ生じた手段だ。12時10分、永瀬の手番で昼食休憩に入った。

解説の山崎八段からは感嘆の声があがった

 藤井の選んだ昼食が「都ホテルカレーライスセット(サラダ、スープ付)」と「ウーロン茶」、永瀬が「10種握り寿司盛り合わせ(吸い物付、わさび抜き)」と「アイスカフェラテ」。さらに休憩時におやつも食べて効率化しようと「巨峰とシャインマスカットのミルクレープ」も頼んでいる。

 休憩明けの桂交換から激しくなる。永瀬が持ち歩を生かして9筋を端攻めすれば、藤井は4筋の歩を伸ばして反撃する。AIの評価値がまったくの互角なのを見た山崎は、「お互い予想が外れて、難しい局面が続いているのに、それでも形勢互角とは凄いですね」と感嘆の声をあげる。

 14時から解説会が始まり、棋士はみな会場に移動した。一方、加藤桃子女流四段が「勉強に来ました」と控室を訪れ、稲葉と私の3人で継ぎ盤を囲む。

 永瀬は一旦攻めを中止し、受けに回る。藤井は桂を金と交換し、馬を敵陣に作って迫る。馬の存在感が大きいのと対照的に、永瀬の飛車が働いておらず、控室の評判は藤井良し。稲葉が「これは休憩ですよね。すぐには手を返せない」と言った通り、永瀬が指さないまま午後5時となり30分の休憩に入った。

詰めろをかけ続けることができれば永瀬九段の勝ち

 休憩明け、馬を排除すべく永瀬は▲4七角の自陣角を打った。当初は、ここに角を打つようではと見ていたが、調べてみると耐久力がある。谷川が「(自陣角を)打っても未来があるんですね。粘っているだけに見えるけどそうではないんですね」と感心した口調で語る。山崎も「互いにこれだけ読みにない手を指されて、どっちもバランスを崩さない。これでまだ50-50ってすごすぎるなあ。レベルが高すぎる」。

 永瀬の自陣角は馬を追うことに成功。自玉を安全にして攻勢をかける。と金を寄って桂を奪い、銀取りを無視して金取りに桂を打ち、敵陣を崩していく。広々と空いた後手陣で藤井玉を守るのは銀1枚になった。藤井は持ち時間を使い切って1分将棋になり、再び馬をにじり寄って迫る。だが、永瀬はもう受けない。成り込んだばかりの成香を王手で捨て、さらに桂で王手、そしてあの自陣角が飛び出した!

 玉の上部を角と桂で押さえる、絶好のマウントポジションだ。しかし、藤井は自玉が危険な状況でも、また1分将棋になっても常に敵玉を見ている。永瀬の玉頭に歩を叩いて王手、先手の陣形を乱してから△7一桂と自玉の下に桂を打つ。永瀬は金の位置をずらされ、自陣は修復がきかなくなった。詰めろをかけ続けることができれば永瀬勝ち。1回でも詰めろが消えれば藤井勝ちだ。

初勝利まであとわずかのはずだったが…

 容易に寄せきれそうに見えた藤井玉がしぶとい。これはどうだ? いや、金を寄られて続かない。これならどうだ? いや、連続王手の千日手で逃れてしまう。山崎らも加わり、やっとこさ捕まえる手順を発見した。しかし、大量に駒を渡すのでとても指しにくい。

 だが、永瀬にはまだ持ち時間が35分あった。じっくりと腰を落として考え込む。永瀬は自信がありそうな姿勢になっている。一方、藤井は負けを読み切ったようで、モニターを見た稲葉も「藤井さんの肩が落ちてきているように見えますね」という。

 永瀬は1分将棋になるまで考え、寄せを決断する。金を藤井玉の斜め上から打って下段に落とし、さらに桂を連打して追い詰める。控室にどよめきが起きた。山崎が推奨した手で、終盤で価値の高い金と桂を渡して怖いが、これで寄っていると結論づけていた。これで最後の関門を突破した。「藤井さんの敗因を言うよりも、永瀬さんの時間配分が巧みでしたね」と稲葉。

 だが、まだ終わっていなかった。

 △7二金と打ったのが相手を迷わす藤井の受け。永瀬としては、持ち駒を打つ手や、角を成る手とか、選択肢が多いが一筋縄ではいかない。

打ち下ろした先は、△9六香!

 永瀬は王手で角を成る手を選択し、持ち駒を連打して藤井の金銀を奪う。永瀬は寄せの第一歩である成香を捨てる手を含めて、金銀桂桂香香と、実に6枚もの駒を渡したことになる。それでも永瀬玉に詰みはない。

 さあ、今度こそ決着かと思いきや、稲葉が「玉を逃げると?」とつぶやく。それとほぼ同時に、藤井が△8二玉と逃げた。なるほど、この手もまたしぶとい。「将棋って難しいなあ」と稲葉がつぶやき、加藤と2人でうなずく。永瀬は馬を一路寄るが、これにより、自陣の守りとなる9六の地点への馬の利きが消えた。

 一応詰めろだけど、9筋に歩が打てなくなるとどうなるんだ? 藤井が下から△7九銀の王手で端に永瀬玉を追い、さらに香で王手するとどうなるのか? 

 だけど、どこに打っても香が自玉の逃げ場所をふさいでしまう。馬に取られず、自玉の逃げ場所をふさがない、そんな打ち場所は……。やがて藤井が香を持ち、打ち下ろした先は、△9六香!

「下段の香に力あり」の逆をいく、意表の香打ちだ。「だから上から打つのか、すごいな……」と稲葉がうなり、加藤も「なんで上から打てるんだろう」と呆れたような声でつぶやく。

 先手をもてば当然の反応として、歩を打ちたくなる。歩が打てなくても詰みそう? いや、詰まないか? じゃあ桂を跳ねて移動合するしかないの? でもそのとき先手玉は詰まないの?

まさかの逆転劇に控室では「マジかよ…」という声が

 究極の2択問題に検討の3人とも混乱している。やがて永瀬が9七に歩を置くのを見て、ずっと丁寧な口調だった稲葉が「マジかよ!」と叫ぶ。稲葉も加藤も私も顔が青ざめている。そして、藤井が先手玉に銀で詰めろをかけると、再び稲葉が「マジかよ……」と絞り出すような声で呟いた。

 永瀬は銀を打ち、金を打って王手を続ける。藤井は冷静な表情に戻り玉を逃げる。永瀬が頭をかきむしる。ちょうど1年前の同じ場所、王座戦第4局と同じだ。まさか、2年続けてこんなことがおきるとは。

 藤井玉が詰まないことを確認して、永瀬が頭をさげた。21時0分、156手で藤井が勝ち。

 投了してすぐに永瀬が「最後は桂跳ねでしたか?」と聞き、藤井が「桂跳ねだと思いました」と答えた。投了図では、後手の香が9四にいても9二にいても後手玉が詰む。△9一香の場合は、149手目の銀打ちに代えて▲7三金と、金から打って詰み。すなわち、9六が唯一の打ち場所だったとわかる。最後の場面だけ切り取って永瀬がミスをしたと綴るのはフェアではない。秒を読まれながら△7一桂・△7二金・△8二玉と数多くのトラップを仕掛け、その上で△9六香があってこその逆転劇だ。藤井の勝負術がすごすぎたのだ。

写真=勝又清和

〈 「えっ、食べながら考えていたの?」先輩棋士を驚かせた、藤井聡太王座のタイトル戦直後の“フル回転” 〉へ続く

(勝又 清和)

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