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「えっ、食べながら考えていたの?」先輩棋士を驚かせた、藤井聡太王座のタイトル戦直後の“フル回転”

文春オンライン / 2024年10月17日 11時0分

「えっ、食べながら考えていたの?」先輩棋士を驚かせた、藤井聡太王座のタイトル戦直後の“フル回転”

永瀬拓矢九段

〈 控室では「マジかよ」という声が…藤井聡太王座、“初防衛”の舞台裏で何が起きていたのか 〉から続く

 終局後、インタビューを終えて大盤解説会場に対局者が現われた。

 まずは王座を防衛した藤井聡太が挨拶。

「シリーズ通して難しい局面が多くて、収穫もいろいろあったかなと思うので、それを今後も生かしていけるように頑張っていきたいと思います」

あまりこわばった雰囲気はなく、藤井も永瀬もすぐに笑顔を見せた

 見ていた我々のほうが衝撃を抑えられないなか、永瀬拓矢はしっかりと挨拶をした。

「本譜の▲9七歩で後手玉で不詰めになるのがエアポケットに入ってしまいました。▲6二馬と動いた瞬間に△9六香とされたので、読みが足りなかったと。また、ゼロから頑張りたいと思います。本日はありがとうございました」

 会場からは、大きな拍手がわいた。

 対局場に戻り、感想戦が始まった。あまりこわばった雰囲気はなく、藤井も永瀬もすぐに笑顔を見せた。途中から口頭での感想戦になったかと思うと、再び駒を動かし、またも口頭感想戦にと、いつまでも続きそうだ。とはいえ王座戦五番勝負が藤井防衛で終幕したので、記者会見が待っている。谷川が声をかけ、両者深々とおじぎして王座戦が終幕した。

 藤井が3連勝で防衛、22歳にして8つあるタイトルのすべてで防衛を達成、またも不滅の記録を打ち立てた。歴代タイトル獲得数も上位6位、25期に伸ばし、5位の谷川27期に迫ってきた(なお1位は羽生善治の99期)。

「第一感は▲9七桂だったんですけど…」

 皆で余韻にふけっていると、主催者から「関係者のみで打ち上げをします。もう永瀬先生が来ておりますので、棋士の皆さんどうぞ」と。そして私には「(記者会見と)どちらに出ますか?」。もちろん答えは決まっている。永瀬に話を聞くには、ここしかチャンスがない。

 打ち上げ会場に行くと、永瀬がスマートフォンの画面を見ていた。

 永瀬から「勝ちと思って踏み込んだんですが、△7一桂がしぶといんですね」と話しかけられ、皆ほっとしたように会話が弾んでいく。稲葉が「一目は簡単に寄りそうですよね」と言えば、糸谷も「7四角7五桂の形は寄りから入りますよね」と同意する。永瀬は話し続けた。

「何かしら勝ちがあるとは思ったんですが。指したかった手が詰めろにならないのに気がついて。全部考えて、消去法で一番やりたくない手を選んだんですが……。△7二金と打ってくるとは思っていなくて、読みの蓄積がない局面になってしまった。しかも馬が動いた瞬間に△9六香ですもんねえ。第一感は▲9七桂だったんですけど、自分でも意味がわからなくて」

 永瀬は▲9七桂が第一感だった。あの局面ですぐに桂跳ねを思いつく人はわずかだろう。そこまではたどりついていたのだ。だが過去の経験が、常識が邪魔をした。歩が打てるのに盤上の桂を跳ねるなど、普通はありえない。そもそも敵の駒に包囲されているときは、自玉周りのマス目を空けないのがセオリーだ。

セオリーから外れた「例外中の例外」が正解だった

 後日、藤井猛九段にあの場面の感想を尋ねると、「桂が跳ねると8九のマス目が空いちゃうでしょう。両方とも持ち駒金銀だったから桂跳ねが正解だったけど、金銀が入れ替わっていたら(永瀬が金金、藤井が銀銀だったなら)、▲9七歩なら勝ち、▲9七桂は△8九銀から詰まされる大悪手になってたじゃない。秒読みで、読み切るのは大変だよねえ」と永瀬の心境を慮った。

 ▲9七桂のような例外中の例外が正解になるとは。将棋の神様はなんて残酷なことをするのだろうか。

 一通り棋士同士で口頭で感想戦を言い合った後に、永瀬が私にスマートフォンの画像を見せた。

「これ、明日斗さん(斎藤明日斗五段)が作った〈どっちが勝ちか〉という問題なんですが、難問で1時間以上考えた棋士もいます。藤井さんに見せていただけませんか」

 みんなが画像を撮影すると、永瀬は「前日ほとんど寝られなかったので先に失礼します」と会場を後にした。

 やがて記者会見を終えた藤井が現れた。私はさっそく隣の席に移り、藤井に図面を見せた。しばらく画面を眺めたあと、藤井は無言で食事を始めた。そうだよね、ごめんごめん。疲れているし、お腹も空いたよね。

永瀬は再びタイトル戦の舞台に帰ってくるだろう

 と、しばらくして藤井が「あの問題、銀打つとどうするんですか?」。えっ? 食べながら考えていたの?

 上野と徳田、記録係の清水航三段と意見を交わす。

「竜を切って玉を下段に落とすと」

「なるほど、それがありましたか」

 いやいやいや、あなたさっきまで秒読みで20手以上も指す、エグい勝負をしてたじゃない。終局直後は顔色が青白かったよ。明らかに疲れていたよ。感想戦もして、記者会見もこなして、もうすぐ日付が変わるよ。なんでまだ考えられるの? なんでそんな光速で変化を詠唱できるのよ? 永瀬は、「藤井さんならすぐに考える」って読み切っていたの?

 藤井も上野も徳田も清水も、とても楽しそうな顔でずっと符号を述べ合っている。あああ、将棋に取り憑かれた若者たちよ。

 将棋はなんて深くて難しくて面白くて、怖くて、そして残酷なんだろう。

 我々は、将棋指しという人生を選んだのだから、この残酷さを楽しむしかない。永瀬もまた、あれほど苦しんでも、将棋から離れることなどできない。「ゼロから」スタートして、またタイトル戦の舞台に帰ってくるだろう。また近いうちに、2人の熱い戦いが見られると信じている。

写真=勝又清和

(勝又 清和)

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