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「フォークを鋭利に研いでおいて、スパッと皮膚を…」クラッシュ・ギャルズの最強の敵となるために…ダンプ松本が凶器に施した“ある工夫”

文春オンライン / 2024年10月19日 17時0分

「フォークを鋭利に研いでおいて、スパッと皮膚を…」クラッシュ・ギャルズの最強の敵となるために…ダンプ松本が凶器に施した“ある工夫”

ダンプ松本 ©文藝春秋

〈 「本物の血を見せてこそプロ」クラッシュ・ギャルズ活躍の裏で芽生えたのは…女子プロレスを永遠に変えた、長与千種の“危険思想” 〉から続く

 9月に配信されたNetflixドラマ『極悪女王』は、実在するプロレスラー・ダンプ松本を主人公にした物語だ。凶器を振り回し、試合相手を流血させるシーンは今作の大きな見どころの1つである。

 ここでは、プロレスをテーマにした数々の著作を持つライター・柳澤健さんの『 1985年のクラッシュ・ギャルズ 』より一部を抜粋して紹介。

 長与千種とライオネス飛鳥による「クラッシュ・ギャルズ」の人気が爆発していた頃、突如としてダンプ松本が誕生したのはなぜなのか。ドラマにも登場した“あの武器”による攻撃の裏側にも迫る。(全4回の4回目/ 最初から読む )

◆◆◆

クラッシュギャルズに女子中高生は熱狂

 女子プロレス人気復活の手応えを感じたフジテレビは1984年7月、5年ぶりに女子プロレス中継をゴールデンタイム(関東では月曜7時からの30分番組)に復帰させた。

 8月21日にはデビューシングル「炎の聖書(バイブル)」も発売された。プロデューサーは飯田久彦、振り付けは土居甫。ピンク・レディーのコンビである。

 千種や飛鳥が歌を歌いたかった訳ではない。全女を経営する松永兄弟も、むしろ芸能界を嫌っていた。プロレスラーに歌を歌わせたいのは、中継するフジテレビだった。「レスラーに歌を歌わせなければ中継しない」という取り決めが、フジテレビと全女の間に存在したのである。

 レコードデビューからわずか4日後の後楽園ホール、クラッシュは初めてリング上で「炎の聖書(バイブル)」を歌い、観客席を立錐の余地もなく埋め尽くした女子中高生を熱狂させた。

 その熱気も覚めやらぬ中、クラッシュはダイナマイト・ギャルズの持つWWWA世界タッグ王座に3度目の挑戦を行った。

 まだ親衛隊は組織されていなかったものの、ハチマキとメガホンはすでに販売され、クラッシュの入場時には、少女たちが声を揃えて「チ・グ・サ!」「ア・ス・カ!」と叫ぶようになっていた。

 胸に「CRUSH GALS」と描かれた赤と青の揃いのパンタロンスーツに身を包んだクラッシュ・ギャルズのふたりがリングに上がる。ズラリと並んだ花束嬢が、今日が特別な日であることを物語る。コミッショナー宣言もリングアナウンサーによる選手紹介も、大歓声にかき消されてほとんど聞こえない。

 赤コーナーの大森ゆかりとジャンボ堀がまず紹介され、続いて青コーナーのクラッシュ・ギャルズがコールを受ける。

 最初に紹介されるのは長与千種だ。華奢な千種は19歳という年齢よりもずっと幼く見える。「胸を張り、拳を突き上げて紹介を受ける、泣かんばかりの表情、長与千種」という志生野温夫アナウンサーの表現は実に的確だ。千種が両手を高く掲げると、かつてない量の紙テープが乱れ飛んだ。

 続いてライオネス飛鳥が緊張した面持ちでコールを受ける。「これだけのファンの声援が、本当に胸にこたえるライオネス飛鳥」という志生野アナウンサーの表現は、これまでの飛鳥の苦悩をそのままに伝える名調子だ。

クラッシュ・ギャルズの人気は爆発的に高まった

 リングアナと花束嬢がリングを下り、王者組が揃いのジャンパーを、挑戦者組がパンタロンスーツを脱ぐとすぐに試合が始まった。

 ゴングの余韻も収まらぬ中を赤いピンストライプの水着で先発した千種は、かつて「犬のションベン」と嘲笑された足裏での蹴りをジャンボ堀に連発する。

 千種は張り切っていた。今日はついに自分たちがベルトを獲得する日なのだ。

 蹴りが一発も当たらぬまま、千種が飛鳥にタッチすると、館内のコールは「チ・グ・サ!」から「ア・ス・カ!」に変わった。「ビューティ・ペア時代にもなかった大興奮、後楽園ホール」と志生野アナ。ビューティの時代のファンは歌だけを求め、試合中は静まりかえっていた。だがクラッシュはプロレスそのもので観客の心をつかんでいる。

 ジャンボ堀に代わった大森ゆかりは、大きな身体を利して飛鳥を投げ飛ばすものの、場外乱闘をきっかけにクラッシュ・ギャルズが攻勢に転じる。

 最後は長与千種がジャーマン・スープレックス・ホールドで大森ゆかりを沈めた。

 クラッシュ・ギャルズの王座奪取に、後楽園ホールを埋め尽くした女子中高生たちは欣喜雀躍した。

 全日本女子プロレスとフジテレビのもくろみ通り、クラッシュ・ギャルズの人気は爆発的に高まった。瞬く間にスーパーアイドルとなったクラッシュ・ギャルズは、芸能雑誌、一般の新聞や月刊誌、週刊誌、プロレス専門誌の取材に追われた。

 テレビの歌番組に多数出演したのはもちろん、レコード会社対抗の運動会にも参加し、フジテレビの水泳大会でも活躍した。プロレスラーがアイドル歌手に運動会で負けるわけにはいかない。意地でも勝ちに行った。

 さらにTBSドラマ「毎度おさわがせします」のレギュラー出演が決まった。撮影当日は朝6時から緑山スタジオでリハーサル。本番を7時から12時までの間に撮り終えた後、急いで試合会場にクルマで駆けつけるという強行軍だった。

 翌85年には全国6カ所でミュージカル「ダイナマイト・キッド」を上演した。ファンクラブの会員は1万人を超え、後楽園ホールの試合は電話予約だけで完売した。女子プロレス中継の視聴率も瞬く間に20パーセントを超えた。

 全日本女子プロレスには巨額の金が転がり込み、松永兄弟は我が世の春を謳歌した。

ダンプ松本の誕生

 同期ふたりの活躍を間近で見ていた松本香は、心穏やかではいられなかった。

 フィジカルエリートで、自分とも仲のいいライオネス飛鳥はともかく、どうしようもない落ちこぼれだった長与千種までもが、いまや自分の遥か先を走っている。

 ある意味でそれは必然だった。松本香は何もできないレスラーだったからだ。

 押さえ込みも弱く、臆病な性格で、選手たちがベチャと呼ぶコーナー最上段からのダイビング・ボディプレスも怖くて跳べなかった。

 しかし、プロレスが身体能力でやるものではないことは、すでに長与千種が証明した。必要なのは観客の心理を操作するための戦略であり、秩序からの逸脱であり、先輩を思いきり殴りつける勇気であり、自分も思いきり殴られる覚悟であった。

 松本香は名前をダンプ松本と変え、金髪に染め、顔に派手なペイントをして、極彩色のコスチュームを身に纏うとまもなくデビル雅美の下を離れ、同期のクレーン・ユウ(本庄ゆかり)と共に、クラッシュ・ギャルズに対抗するヒール軍団・極悪同盟を結成した。

 いまや女子プロレスの主役はクラッシュ・ギャルズ。

 自分が全日本女子プロレスの中で地位を上げるためには、クラッシュ・ギャルズに敵対する以外ない。

 かつて長与千種を排除しようとしたダンプ松本は、長与千種が演出するクラッシュ・ギャルズの世界観に最強の敵となって入りこもうとしたのである。

 WWWA世界タッグチャンピオンとなり、次のクラッシュ・ギャルズの展開を考えていた長与千種は、ダンプ松本と極悪同盟の台頭を大いに歓迎した。

 プロレスとは物語であり、物語であればこそ観客はわかりやすい正義と悪の対立を望む。ベビーフェイス(正義の味方)がヒール(悪役)に散々痛めつけられれば、観客席の少女たちは大いに興奮する。ヒールがチェーンや竹刀を振り回し、卑怯な反則行為を繰り返せば、観客の興奮はさらに増幅される。

「フォーク」に施した、ある工夫

 基本的にダンプは道具屋である。凶器を駆使してクラッシュ・ギャルズを痛めつけることが仕事だ。

 凶器を使うにも頭が必要だ。

 たとえばダンプ松本が長与千種の頭をフォークの尖った部分で刺す。本気で刺せば、傷は骨まで達する。刺された千種は痛いに決まっているが、とりあえずそのことは問題ではない。プロレスが痛いのは当たり前だからだ。

 問題は別のところにある。

 フォークで刺されて痛い思いをしているにもかかわらず、血がほとんど出ないことが問題なのだ。血を見せなくては何にもならない。

 プロレスとは、観客のために存在するものだからだ。

 長与千種の痛みは、血が流れることによって観客に伝わる。血が流れなければ、千種の痛みが観客に伝わらない。

 反省したダンプは、次の試合ではフォークの枝の横の部分を鋭利に研いでおいて、スパッと皮膚を切り裂いた。口に入れるフォークには本来丸みがあるはずなのに、ダンプ松本が使うフォークは妙に尖っていて、エッジだけがピカピカに光っている。おそらくヤスリで研いだのだろう。長与千種の目には、その輝きがはっきりと見える。

 フォークばかりではない。ハサミ、有刺鉄線、鎖、竹刀、ダンプ松本は様々な凶器を駆使して千種を痛めつけた。

 悪役レフェリー(!)阿部四郎は、ダンプの凶器攻撃を見て見ぬふりをする。

 赤コーナーにいるライオネス飛鳥は盟友千種に声援を送り、観客の少女たちもまた、スーパーヒロインの危機を、息をのんで見守っている。

 会場にいる人々の視線を一身に集めつつ、リングの中心で血を流し続ける長与千種は、試合のすべてを支配する演出家でもあった。

(柳澤 健/文春文庫)

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