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(こいつ、赤くなっている)…正岡子規の妹・お律の恋、原作小説での展開が意外すぎた【ドラマ『坂の上の雲』】

文春オンライン / 2024年11月3日 6時0分

(こいつ、赤くなっている)…正岡子規の妹・お律の恋、原作小説での展開が意外すぎた【ドラマ『坂の上の雲』】

お律が真之を追いかけて渡った屋根付き橋(ロケ地は愛媛県内子町の田丸橋)

〈 「のぼってゆく坂の上の青い天に」…ドラマ『坂の上の雲』名オープニングはこうしてできた! 原作を生かした“発明”とは? 〉から続く

 再放送中のNHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』が、熱い盛り上がりを見せている。原作は司馬遼太郎さんの代表作にして“国民文学”と呼ばれる不朽の名作『 坂の上の雲 』。明治という激動の時代を駆け抜けた秋山真之(演:本木雅弘)、好古(演:阿部寛)兄弟と、正岡子規(演:香川照之)の3人の若者を中心に、明治人の楽天主義と、生まれたばかりの「国家」の存亡を賭けた戦いとを描く青春群像劇だ。

 ドラマは、基本的には原作に忠実でありながら、脚色を加え構成を変え、新たな魅力を生み出すことに成功している。心に残るあの名場面は原作ではどのように描かれているのか、またドラマでは描かれていないがぜひ読んでほしい原文などを連載で紹介する。

◆◆◆

 ドラマの第1~4回放送(44分版、「少年の国 前後編」「青雲 前後編」)で描かれたのは、子規と真之を中心とする少年期~青年期の物語だった。そこに挿入される恋愛物語は、明らかに原作とは異なる趣きがある。

 例えば、子規の妹で「リーさん」ことお律(演:菅野美穂)の真之に対する恋心。最初の嫁入り前にわざわざ上京して真之の着物を仕立てるシーンや、松山の実家を訪ねてきた真之とすれ違ってしまったため必死に走って後を追うシーン、そして三津浜で再会できた真之が船で去っていくのを大きく手を振って見送るシーンなど、お律が真之を深く慕っているように描かれている。

 ところが実は、原作では2人の絡みはさほど多くはない。が、お律が真之に惹かれていることを暗示する、子規療養中の松山での次のようなやりとりがある。

〈 この日、子規が帰ると、

 ――秋山さんから使いがきた。

 と、お律がいった。

「なんの用だろう」

「江田島の淳(真之(さねゆき))さんからのことづてで、この二、三日じゅうに帰るからとにかくお見舞にゆきます、ということ」

(こいつ、赤くなっている)

 とおもったが、お律からみれば子規のほうが、たださえさがっている目尻をたっぷりさげて、

「それまでに快(よ)うならな、いけん」

 といった。真之とあのようなわかれかたで別れて以来、一度も会っていない。

( 『新装版 坂の上の雲』第1巻 「ほととぎす」より)〉

 お律から見れば兄の方がよほど嬉しそうだったようだが、続けてお律は真之の容貌がかつてと変わったことを悪しざまに言う。だが子規からは、お律は恋心を隠せていないと見えたようだ。

〈「去年の夏、淳さんは帰っておいでじゃったが、たいそう」

「たいそう、なんじゃ」

「悪相(あくそう)になっておいでじゃった」

 と、お律はいった。真之といえばもともと小柄で隼(はやぶさ)のように機敏で、そのうえ目が少年のころからするどく、顔そのものも筋肉でできているように筋(すじ)ばっている。お律にいわせればそのうえに色が真っ黒になって目ばかりぎょろぎょろしている。

「だから悪相か」

 子規は、笑った。お律の反語にちがいなかった。

 ――好きなんじゃ。

 と、これまでもそうにらんできたが、いまあらためてそうおもった。かつて、かるい縁談のようなものが、匂(にお)い程度にあったらしい。

( 『新装版 坂の上の雲』第1巻 「ほととぎす」より)〉

 ドラマ版では、原作のこういった描写から、お律の心情に焦点を当てた切ない物語へと昇華させ、一つの大きな見どころにしている。

 一方、好古と佐久間多美(演:松たか子)のやりとりは、一部ドラマのセリフにもそのまま使用されている。

〈 好古が離れをかりている旧旗本の佐久間家には、

「お姫(ひい)さま」

 とよばれている十四歳の小むすめがいる。名を、多美(たみ)といった。狆(ちん)のように可愛い目をしていたので、好古は、ある日、つい、

「狆」

 とよんだ。多美は女児ながらよほど腹にすえかねたのか、それきり好古と顔をあわせても口をきかなかった。

(編集部注:狆は日本原産の愛玩犬種。丸く大きな目が特徴)

( 『新装版 坂の上の雲』第1巻 「騎兵」より)〉

 ドラマのように、馬に乗った多美を好古が突然抱き下ろすような場面はない。が、原作のこの記述は、好古の女性に対する独特の距離感を端的に表現しつつ、後にこのような関係だった2人が結婚するおかしみをも含んだエピソードとして、読者に強く印象を残している。

 短いエピソードの中にも様々な心情や背景を織り交ぜる司馬さんの筆致は、ドラマ版においても、登場人物たちの魅力を際立たせる重要な要素となっていると言えるだろう。

 次回は、第5~8回放送(44分版、「国家鳴動 前後編」「日清開戦 前後編」)分の原作エピソードを紹介する。

 ※文春文庫編集部ではドラマ『坂の上の雲』放送終了直後に、渡辺謙さんの語り部分を中心に、原作から印象深い文章(一部省略)を抜き出した下記のようなポストをしています。

 ぜひ 文春文庫X をフォローの上、放送を振り返りつつ、司馬さんの名文を味わってください。

(「文春文庫」編集部/文春文庫)

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