“美人で完璧”な義母(76)から突然「切符の買い方がわからない」と電話、いったい何が…? 困惑する嫁が気づいた“ある異変”
文春オンライン / 2024年10月25日 6時10分
写真はイメージ ©moonmoon/イメージマート
義母の認知症が8年前に始まり、義父も5年前に脳梗塞で倒れた。仕事と家事を抱えながら、義父母のケアに奔走する日々が始まった――。
ここでは、翻訳家でエッセイストの村井理子氏が綴った超リアルな介護奮闘記『 義父母の介護 』(新潮新書)より一部を抜粋。当時76歳だった義母に訪れた“異変”とは?(全2回の1回目/ 2回目 に続く)
◆◆◆
「切符の買い方がわからない」
些細な事件が続いていたある日、義母に「JRの切符を買ってきて欲しい」と電話で頼まれた。
「JRの切符って、駅で買う切符のことですか?」と、思わず聞いた。切符なんて、駅で購入すればいいのでは? もしかして、特急列車にでも乗るの? そう思った私は「どこまで行くんですか?」と聞き返した。すると義母は、「大阪のお茶会に行くんだけど、切符の買い方がわからないのよ」と答えた。大阪だったら、普通に切符を買えばいいではないか。そのうえ、義母はICOCA(西日本旅客鉄道発行のICカード乗車券)を利用していた。
「お義母さん、ICOCAを持ってますよね? 足りなかったらチャージしたらいいじゃないですか」
そう返答した私に義母は「そうね」と言い、それ以上は頼まなかった。このときも、何かおかしいと思いつつ、「券売機が新しくなったりして、わからなくなったのだろう」と解釈した。結局このときは、長年の習い事仲間のMさんにお願いして、大阪まで連れて行ってもらったようだった。
「女将さんがお皿を間違えるのよ」
大阪行きの切符購入依頼からしばらくしてのこと。夫の実家を訪れた際に、義父母が営む和食店のアルバイトのモモコさん(70代)がこそこそと私に、「女将さんがお皿を間違えるのよ。何かおかしい。ちょっと心配」と言った。周囲をきょろきょろ見回しながら、「お疲れなのかもしれないけどね。ちょっとお伝えしておこうと思って」と、付け加えたのだった。
こういった証言は、アルバイトに来ていた女性たちだけに留まらなかった。長年のお茶仲間で大阪行きの切符を手配してくれた友人Mさん、20年以上も義母の茶道教室に通う生徒のAさん、義母が30年近くお世話になっている美容院のオーナーYさん。ある人は私にメールをくれ、ある人はSNSを通じてDMを送ってくれ、ある人は私のケータイに直接連絡をくれた。誰もが義母の異変に気づき、心配していたのだ。
「何かがおかしいのよ……」と、誰もが決定的な言葉を言わず、それなのに何かを疑うような口ぶりだった。その何かとは、加齢によるもの忘れのことだと徐々に私は気づいていった。
完璧だった義母の信じがたい変化
義母はとても聡明な女性で、普段から多くの本を読み、様々な情報を入手することを躊躇しない人だった。年齢よりもずいぶん若々しく、美しい人でもあった。常に身だしなみに気を遣い、髪は必ず月に一度、美容院で染め、化粧もきれいにしていた。美白に命をかけていた。美肌のためのナイトルーティーンには1時間以上をかけていた。接客の際は粋に着物を着こなしていた。とにかく、完璧な主婦だったのだ。いくら彼女が若かりし日の私をいびり倒した因縁の姑だとしても、それは間違いのない事実。だからこそ、彼女の変化は、にわかに信じがたいものだった。
そんな私にもひとつだけ、気になることがあった。義母が開いていた茶道教室の生徒さんが、ひとり、またひとりと教室を辞め始めたことだった。一時は15人程度いたはずの生徒さんたちが、気づいたときには3人にまで減っていた。これも義母の変化に関係があるのだろうか。とある生徒さんにさりげなく聞いてみた。彼女は言いにくそうに、「先生が、怒ることが増えたんですよ。それに、おっしゃっていることがくるくる変わるし、もの忘れも増えて」。
心の病ではないか
私は、多くの証言が集まったこの時点でさえ、義母の認知症を完全に疑う段階にはなかった。むしろ、心の病ではないかと考えた。義母が70歳の時に開業した和食料理店は連日の賑わいで、かろうじて週休2日を維持していた。アルバイトの3人はとてもいい人たちだったけれど、人を雇うことは簡単なことではない。そのうえ、嫁(私)は一切言うことを聞かないし、息子(夫)は実家の商売に無関心だ。
きっと心が疲労しているのよ! 勝手にそう考えた私は、注意深く義母を観察するようになった。必要であればメンタルクリニックを受診すればいい。長年不眠症に悩まされている私が通っているクリニックに、お願いすればいい。辛い様子だったら、さりげなく誘ってみればいいと考えた。しかし義母はこの時点でも、明るく、としていた。よくしゃべり、笑い、食べ、毎日を楽しんでいるように見えた。車の運転もしていた。
誰にでも浮き沈みはあるものだ。それが義母にあっても不思議ではない。しかし、義母の様子は、周囲の心配をよそに、徐々に、そして確実に変化しはじめていった。
〈 “美人で完璧”だった義母(76)が認知症に…「ここにあったお金がない」「あなたが盗んだ」嫁が目の当たりにした義母の”豹変” 〉へ続く
(村井 理子/Webオリジナル(外部転載))
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