《吹き出した血と共に青年は倒れ込んだ…》なぜ警察官は9発も弾丸を撃ち込んだのか?《ドキュメンタリー映画『9発の銃弾』の衝撃》
文春オンライン / 2024年10月25日 6時0分
『9発の銃弾』台湾版ポスター
〈 MIRRORギョン・トウ(姜濤)がニューヨークで魅せた“ヒップホップダンサーの夢と恋”〈日本未公開の大ヒット作『ニューヨーク協奏曲』〉 〉から続く
リム・カーワイ監督をキュレータ―に迎えてリニューアルした「台湾文化センター 台湾映画上映会」。今年の最終回となる第7回が10月18日、台湾文化センター(東京・港区)で開かれた。全裸のベトナム人青年が警察官によって銃で撃たれ昏倒する生々しい映像が収録されたドキュメンタリー作品に、観客も強い衝撃を受けた様子だった。
◆◆◆
この日上映されたのは2022年製作の『9発の銃弾』。上映後のトークイベントには、本作のツァイ・チョンロン監督がオンラインで、会場には技能実習生として来日したベトナム人女性たちの過酷な日々を描いた『海辺の彼女たち』が高く評価された藤元明緒監督が登壇した。
『9発の銃弾』
2017年8月、出稼ぎ労働者のベトナム人青年が、警官が撃った9発の銃弾により死亡した。彼を殺したのは9発の銃弾だけなのか。実際の事件映像やインタビューを交え、真実に迫っていく。台湾の出稼ぎ労働者の現状と台湾社会の歪みを如実に伝えた本作は、2023年金馬奨で最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞した。監督:ツァイ・チョンロン/2022年/90分/台湾/©️2022 Twinflows Production
近づいて銃の引き金を引く警察官。そして――
【『9発の銃弾』が衝撃的なのは、ベトナム人青年を撃った警官が身に着けたボディカメラの映像が全編にわたって紹介されていることだ。緊張した様子の警察官の前に、草むらから飛び出す全裸の男。彼は警察官の制止の声を無視して無人のパトカーに乗り込もうとする。近づいて銃の引き金を引く警察官。銃撃音は9回。パトカー脇に倒れこむ男。一部画像処理はしているが、噴き出した血も見える。男が身体を動かしていることで、近づくこともなく警戒を続ける警察官たち――。】
ツァイ・チョンロン監督(以下、ツァイ) この作品を日本で観ていただけてとても光栄です。この作品を台湾で上映したときも、気分が悪くなる人がたくさんいました。日本でも気分が悪くなられた方がおられるかもしれませんが、この事件は、いま台湾が抱えている外国人労働者問題を反映しています。台湾も日本も同じだと思いますが、労働者が不足していて、それを外国人に頼っていますが、制度に非合理的な問題があり、それを取り上げることがこの映画の目的です。
藤元明緒(以下、藤元) ひじょうに興味深く拝見しました。やはりボディカメラの映像が、率直に言ってとてもヘビーでした。何回も見るのを止めようと思ったくらいです。
台湾警察がボディカメラを身に付けるワケ
リム・カーワイ 日本では警察のボディカメラは普及していませんから、この点では台湾のほうが進んでいますね。
藤元 しかもこの映画にそれが使われているのがすごい。
ツァイ 日本では警察がボディカメラを使っていないと聞いて驚きました。台湾で警察官がボディカメラを装着しているのは、批判を受けた際に警察はやり過ぎてはいないと説明するためなんです。つまり、警察を守るために使われている。この5年くらいでニュースでも流れるようになりました。たしかに映画にして上映することを心配する人もいましたが、この映像は著作物ではないので、著作権に触れることはありません。訴えられる可能性はありましたが、私はこれは人権問題であり、公共の利益に関わることなのでこの映像は公開すべきであると考えました。今のところ私は訴えられていません。この映像をどう入手したかについては、司法関係の人から、としか言えません。
外国人労働者問題への関心
【銃で撃たれた男は、地面に伏して力なく石をつかんで放ることしかできない。映像には、言葉が通じないためか、男を制圧せず十数分にわたり遠巻きにする警官の様子が残されていた。銃撃からかなり時間が経った後に病院に運ばれた男は、死亡。ベトナム人遺族は撃った警官を訴えたが、後に和解した。映画はベトナムの遺族のもとを訪ね、死んだ青年の人物像に迫っていく。心優しく詩を書いた青年が、不法就労者となり、麻薬や犯罪に手を出してしまったのはなぜなのか。】
藤元 あのボディカメラ映像が何度も挿入されることで、観客はこの映像から、事実をどう見るのか迫られている映画だと感じました。日本でもかなり近しいことが起きていると思っています。監督は以前から外国人労働者問題に関心があったんでしょうか。
ツァイ 私はかつてテレビ局に勤めていて、ベトナムから台湾に嫁いでくる女性のドキュメンタリーを作りました。その後、ベトナム人の女性と結婚をしてベトナム人の友だちもできると、当たり前ですが文化は違っても、同じ人間なわけですよね。その中でこの事件を知りました。警察官を悪い人ととらえる報道もありましたが、必ずしもそういうことではないとも思い、この映画を作ったわけです。
藤元 台湾で起きた事件だけでなく、ベトナムの遺族のパートがあって、そのコントラストがよかったと思います。
ツァイ 台湾でのボディカメラの映像では、彼は人ではないような扱いを受けています。しかしベトナムで遺族を取材したり、彼が書き残したものを元に、死んだ彼の魂の視線から見ていくようなシーンをつくりました。そのことで外国人労働者と呼称される彼が、実際にはどんな人だったのか、どういう生活をしていたのかを皆に見てもらいたいと思ったのです。
作品を見た台湾人たちの感想は……
【観客から台湾での反応について質問が出ると、監督はこう答えた。】
ツァイ 台湾ではショックを受ける人が多かったです。どうして撃たれた彼を誰も助けようとしないのかと。台湾に外国人労働者に対する差別があるとは認めない人が多いように思います。無視しているというか、別の世界の住人であるかのような感覚でいる。この映画は、そんな別の世界を目の前に突きつける映画です。日本で暮らす知人に聞くと、日本の外国人労働者にも逃げてしまう人がいるそうですね。技能研修生といいながら、実際には安価な労働力として彼らを使ってきた。それは台湾も同じです。
藤元 今年法律が通って、技能実習制度がなくなり、今後育成就労という制度に変わっていきますが、いったいどうなるのか。この問題は見続けていきたいと思います。
最後に台湾映画の魅力について聞かれると、
藤元 台湾映画には親近感がわきますね。行ったことがないのに、同じ原風景を見ているような気がします。
ツァイ 台湾の映画は華人の世界の中ではいちばん創作の自由、表現の自由があるといえます。そして多元な表現を持っている。台湾は80年代のホウ・シャオシェンの時代から、現在の様々な若い作り手の作品、海外からもいろいろな作家が来て映画をつくっていて、魅力的な作品がたくさんあります。同じアジアの国として、日本とは文化的な共通点もある台湾映画をぜひたくさんご覧になってください。
(週刊文春CINEMAオンライン編集部/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)
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