ファッション誌が“服を作るための型紙”を付録にしていた時代があった…SNSでもバズった東大「ファッション論」講義の内容は?
文春オンライン / 2024年10月29日 7時0分
『東大ファッション論集中講義』(平芳裕子 著)ちくまプリマー新書
大学でファッションについて学ぶとはどういうことか。ファッション論とはどんな研究なのか。そもそも「ファッション」とは? 平芳裕子さんの『東大ファッション論集中講義』は、ファッション研究のための多角的な視点を提示し、入門書としても最適の一冊だ。
「神戸大学で授業を持って20年ほど経ちますが、もっと多くの人にファッション研究の面白さを伝えるために教科書を作りたいと考えていたんです。東京大学で集中講義をとお声がけいただいた時、伝えたいことをコンパクトに凝縮し、この講義をもとにいつか教科書にできればと思いました」
講義終了後、SNSに「これ本にならないかな」とシラバスの画像と共に投稿したものがバズって、多数の出版社からオファーが。
「東大でファッションの講義をやるということが新鮮に受け止められたのだと思います。文学部美学芸術学の特殊講義だったのですが、実際に、これまで音楽や映画、アニメーションなどいろんな芸術ジャンルの講義が開講されてきた中で、ファッションの講義は初めてだったそうです。『私も講義を受けたかった』という一般の方の声もあったので、書籍化する際もなるべく東大での授業の形式を活かしました。講義の順番も見出しも、ほぼそのままです」
そう語る通り、4日間の集中講義を再現し、1講義ごとに1テーマを扱い、全12講となっている。
「講義の構成を考えるにあたって、まず切り口となるキーワードを書き出していきました。『裁断と縫製』『自由と拘束』『モデルと複製』というように2つの言葉を並べていますが、キーワードを組み合わせることで、ファッションにおける新たな問題について考えられるようイメージしています」
他にも「身体と表象」「女性と労働」「日本と近代」……など、ファッションをめぐってこれだけの切り口があるというのが興味深い。
「ファッション研究というのは1つの確立された学問分野があるのでなく、従来の学問分野の中でファッションを研究している人たちが緩やかに連携しているんです。芸術学や歴史学、社会学、哲学など様々なアプローチの仕方があり、それらが連携して『ファッションスタディーズ』という新しい学術領域をなしています」
平芳さんが学生の頃はまだファッション研究は成熟しておらず、教員に「ファッションはやめた方がいい」と言われたという。
「当時は、哲学者の鷲田清一さんが現象学的な観点からファッション論を発表して注目されていました。ファッション研究をやりたいと言うと、『鷲田さんみたいなやつ?』と聞かれるほど(笑)。それだけ影響力が大きかったんです。私はまた違ったアプローチを探して、実際に身に纏うものとして現代のファッションデザインの女性性に着目したり、歴史をさかのぼることで現代のファッションをより批評的に考察し、未来に繋げる研究を目指しています」
ファッションの刹那性や日常性、女性性が、研究対象として軽視されてきた一因であるとも指摘する。
「たとえば19世紀後半に創刊されたアメリカのファッション誌『ハーパーズ・バザー』や『ヴォーグ』はパターン(型紙)を付録や通販で扱っていました。現代のように既製品が普及する以前は型紙が重要なメディアだったんです。でも、素敵な服を作ったら型紙自体は処分されてしまう。実用的な消耗品なので、研究対象として重視されてきませんでした。これまで着目されてこなかったものに研究の可能性があるのも、おもしろいところだと思います」
ひらよしひろこ/1972年東京都生まれ。東京藝術大学美術学部芸術学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。著書に『まなざしの装置:ファッションと近代アメリカ』(青土社)、近刊に『日本ファッションの一五〇年:明治から現代まで』(吉川弘文館)。
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2024年10月31日号)
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