「主人の無自覚な行動により…」なぜ夫の不倫を妻が謝罪するのか? 韓国からはフシギに見える、日本の「うち」文化
文春オンライン / 2024年11月7日 17時0分
写真はイメージ ©︎mapo/イメージマート
2022年、日本の文化や社会について論じた本が韓国でヒットした。「日本という鏡を通して韓国を知る」ことを目的に書かれた本だ。
東京で18年間暮らした経験を持つメディア人類学者の金暻和さんによって書かれたその本は 『韓国は日本をどう見ているか メディア人類学者が読み解く日本社会』 (牧野美加訳/平凡社)というタイトルで日本でも刊行された。ここでは本書より一部を抜粋して紹介。
日本の「うち」と韓国の「ウリ」の違いに見る、それぞれの文化の違いとは……?(全4回の1回目/ 続きを読む )
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日本社会が、有名芸能人夫婦の不倫スキャンダルで騒がしい(編注:執筆当時)。爽やかなキャラクターで人気のあった男性お笑い芸人が15歳年下の有名俳優と結婚したところまではよかったが、結婚生活もまだやっと3年を過ぎたばかりの時点で、複数の女性と不倫していた事実が週刊誌で報じられたのだ。人気芸能人にまつわるドロドロ愛憎劇のような実話に、放送業界もSNSも大騒ぎとなった。不貞を働いた本人は過ちを認め、出演中のすべての番組を降板した。
ところが、彼の妻が唐突に「主人の無自覚な行動により多くの方々を不快な気持ちにさせてしまい、大変申し訳ございません」という謝罪文をSNSに載せたのだ。それに対して「悪いのはあなたではない」「なんとか危機を乗り越えてほしい」との応援メッセージが多数書き込まれているという。
俳優は人々の関心にさらされるのも仕事のうちとは言うけれど、プライベートに関する問題で公に謝罪する行為には首を傾げたくなる。何より、配偶者の不倫で一番傷ついたはずの当事者が人々に頭を下げるという状況は、主客転倒のように思える。韓国でも、芸能人夫婦の醜聞が人々のあいだで噂になることはあるが、被害者の立場にある配偶者が謝罪文を出したという話は聞いたことがない。だが、日本ではよくあることだ。韓国人には不可思議に思えるそうした行動の背景には、「うち」と呼ばれる日本独特の共同体感覚がある。
似ているけれど違う「うち」と「ウリ」
日本の「うち」は、家族や友人など身近な人たちを指すという点では韓国の「ウリ」と同じような概念だが、日常の中の共同体感覚という側面では異なる点が少なくない。韓国の「ウリ」は、私的な交流や親しさで結びついた人々、との意味合いが大きい。それに比べ、日本の「うち」は公的なニュアンスが強い。夫婦や家族、友人間の関係だけでなく、会社や団体など集団に所属していることも、「うち」という共同体の一員であることを意味する。
「うち」が「ウリ」と明確に区別される特徴は、個人と共同体のアイデンティティが同一視されるという点だ。この違いが決定的に表れるのが敬語の使い方だ。日本では、相手が外部の人である場合、「うち」の人のことは自分より目上であっても容赦なく低めて話すのが礼儀だ。
韓国では「お父様がお食事を召し上がっていて……」や「わが社の社長様がおっしゃっていたのですが……」と敬語を使うのが自然だが、日本では「父が食事をしていて……」あるいは「弊社の社長、鈴木の方針は……」のように低めて話すのが正しい話法だ。
基本的に「うち」と「私」の社会的地位は同等とみなされるため、日本語で自分の父親を高めて話すと、まるで「わたくし様がお食事を召し上がった」と、自分に敬語を使っているような不自然な印象を与える。
また、「うち」の過ちはすなわち「私」の過ち、という公式も成立する。共同体の構成員の過ちに対し連帯責任をとるのは、「うち」の分別ある大人の態度だ。それゆえ、配偶者の過ちは夫婦がともに反省すべきもの、構成員のミスは会社全体で責任をとるべきものと考えられるのだ。
韓国にも、「ウリ」でくくられる親しい人に対して連帯責任を問う情緒が、ある程度は存在する。だが、連帯責任を負うかどうか、どのあたりまで負うかについては、各自の道徳的基準に従って個人が判断するものと考える傾向が強い。それに比べ、日本の文化では「うち」に対する連帯責任は一種の社会的規範となっている。「うち」に対する強い責任意識が、信頼できる社会人の必須条件なのだ。
それゆえ、先に紹介した芸能人夫婦のように、被害者が謝罪するという奇妙なケースが発生する。芸能人は、プライベートなことが外部の活動に大きな影響を及ぼす特殊な職業だ。私的なことに対して公的に責任をとらねばならないというジレンマがある。私的には不倫のせいで傷ついたとしても、公的には、配偶者の非に向き合う「成熟した」社会人の姿をアピールする必要があるのだ。夫のための犠牲を妻の美徳とする家父長制的な考え方も影響していただろう。
日本人が内向的に見える理由
「ウリ」の反対の概念である「ナム」も、日本では、それぞれ微妙にニュアンスの異なる「そと」と「よそ」という2つの概念に分けられる。「うち」に属していない部外者のうち「そと」は、社会的に良い印象を与える必要のある相手を指す。ビジネスパートナーや仕事上の顧客、子どもの通う学校の先生など、社会的な利害関係で結ばれている人たちだ。一方、「よそ」は、社会的交流が一切なく、今後もその可能性のない相手を指す。道ですれ違った人や見知らぬ人などが該当し、外国人もこの範疇に入るとみなされる。
あえて「そと」と「よそ」を区別するのは、社会的態度や期待感が異なるからだ。「そと」に対しては礼儀正しく振る舞い、相手も丁重に接してくれることを期待する。互いに信頼に足る社会人であることを示す必要があるからだ。一方、あえてそうする必要のない「よそ」に対しては無礼な態度をとることもある。ビジネスの関係では過剰なほど親切な日本人が、通りや電車の中で出会った人には無関心だったり、時には冷たい態度をとったりすることもある。意図的に相手を選んで行動しているというよりは、「そと」と「よそ」に対する態度の違いが無意識に現れているのだ。
韓国の文化では「ウリ」と「ナム」の境界はさまざまに変化する。以前は「ナム」だった人が「ウリ」として結束することもあるので、最初から人間関係に線を引いて、のちのち不利になるような状況をわざわざ作る必要がないのだ。初対面の人にも気軽に年齢や出身地を尋ねて自分との共通点がないかを探り、少し親しくなると「ヒョン〔兄さんの意〕、トンセン〔弟の意〕と呼び合って仲良くしよう」「オンニ〔姉さんの意〕と呼んでもいい?」などと距離を縮めようとする。韓国の文化ではしばしば見られるそうした社交的行動は、「ウリ」の範囲を積極的に広げようとする意図とも読める。
それに比べ、日本の「うち」「そと」「よそ」を分かつ壁は高く、個人的な社交術や話術で乗り越えるのは容易ではない。結婚や入学、就職、開業といった公的なきっかけなしに「うち」の共同体に加わるのは難しい場合が多く、それゆえ、私的な人間関係を広げることにはやや消極的だ。外国人の目に、日本人が内向的、シャイだと映るのはそのためだろう。見知らぬ人との壁を壊す方法よりも、決められた人間関係の中で適切に行動する方法を模索してきた文化的習慣が反映されているのだ。
それぞれの文化にはそれぞれの課題がある
ダイナミックさや人間味にあふれる韓国の文化に比べ、日本の人間関係は冷たくドライだと感じる読者がいるかもしれない。だが、どちらのほうが良い、悪いと評価することはできない。
他人との距離をいきなり縮めようとする積極的な社交文化が負担だという韓国人は意外と多いし、「そと」に対しては丁重に接するべきという礼儀作法が窮屈だという日本人も少なくない。
韓国社会では、情の深い人間関係が、期せずして地域感情〔慶尚道(キョンサンド)と全羅道(チョルラド)など、地域間で見られる政治的な対立感情。地域義主〕を刺激するという逆効果を招くことが少なくなかった。特に「ウリガナミガ〔仲間じゃないか、の意〕」精神が政治や資本など権力に近いところに根づいたという点は、批判的な目で省察する必要がある〔本来は「困ったときはお互い様、助け合おう」という意味の言葉だが、1992年の第14代大統領選挙の直前、慶尚道出身の法務部長官(当時)が非公式の場で「(慶尚道出身の)候補者の得票のためには人々の地域感情を焚きつける必要がある」との趣旨で用いたことが発覚し、地域感情を扇動したと大問題になった〕。
一方、日本社会では、「よそ」に対する冷淡さが、外国人への根深い反感や差別を合理化してしまうケースがしばしばある。コロナ禍以降、「よそ者」に対する日本社会の情緒的な距離感がますます大きくなっているのではないかと気がかりだ。それぞれの文化にはそれぞれの課題があるということだ。
〈 有名寿司屋の予約がとれるのは8年後!「なんと席が3席しかない」韓国人が日本で暮らして驚いた、日本の“のんびりした完璧主義” 〉へ続く
(金 暻和,牧野 美加/Webオリジナル(外部転載))
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