有名寿司屋の予約がとれるのは8年後!「なんと席が3席しかない」韓国人が日本で暮らして驚いた、日本の“のんびりした完璧主義”
文春オンライン / 2024年11月7日 17時0分
写真はイメージ ©︎Faustostock/イメージマート
〈 「主人の無自覚な行動により…」なぜ夫の不倫を妻が謝罪するのか? 韓国からはフシギに見える、日本の「うち」文化 〉から続く
2022年、日本の文化や社会について論じた本が韓国でヒットした。「日本という鏡を通して韓国を知る」ことを目的に書かれた本だ。
東京で18年間暮らした経験を持つメディア人類学者の金暻和さんによって書かれたその本は 『韓国は日本をどう見ているか メディア人類学者が読み解く日本社会』 (牧野美加訳/平凡社)というタイトルで日本でも刊行された。ここでは本書より一部を抜粋して紹介。
スピードを重視する韓国に対し、日本社会には完璧主義からくる「のんびり」の傾向があるという。その違いはそれぞれの社会にどのような影響を与えるのだろうか。(全4回の2回目/ 最初から読む )
◆◆◆
ディテールを重視する日本社会の「のんびり」とは
暑い地域では、人々の性格はおおむねのんびりしている。歩く速度もゆっくりで、仕事のペースもスローだ。なにしろ暑いので、せっせと動くとすぐ疲れてしまうし、人との感情的な衝突も起きやすくなる。そういう社会での「のんびり」は、ともに暮らすための美徳なのだ。また、プライベートな生活をエンジョイするのが何よりの幸せ、という社会もある。そういう社会では、私生活を放棄してまで勤勉に働く「アリの人生」は無意味だという価値観が広まっている。社会はゆっくり回っていき、発展も遅いけれど、人々の表情は穏やかだ。そこでの「のんびり」は、より幸せな人生のために甘んじて受け入れる不便さだ。一口にのんびりと言っても、どれも同じ「のんびり」ではないのだ。
日本社会の「のんびり」は、何事も徹底してやろうとする完璧主義からきている。新しいことを始める前には、まず「時計」を止める。あらゆる可能性を綿密に分析し、先々起こり得る予期せぬ状況にあらかじめ備えておかないことには落ち着かない。ひとたび事が始まると「時計」が動きだしはするが、何事にもディテールを重視するため、せっせと動いているわりに、なかなかはかどらない。良く言えば徹底していて、悪く言えば効率が悪い。日本では、結果よりもプロセスやディテールを重視する傾向があるのだ。
たとえば、東京に、予約の取れないことで有名な寿司屋がある。高級店に比べると手頃な値段ですばらしい寿司が食べられると評判で、人気沸騰中なのだが、なんと席が3席しかないという。ネット上の最新の噂によると、現在、8年後でないと予約が取れないそうだ。目まぐるしく変化するこの世の中で、8年後とは! 来店客が多いなら店を広げるなり、売上を上げるための工夫をするなりしてもよさそうなものだが、大将は「3人のお客様だけに最上のサービスを提供したい」と、初心を曲げようとしない。
日本で暮らしはじめたばかりのころは、こののんびりした完璧主義になかなか慣れなかった。
振り返ってみると、私自身にも、できるだけ速く結果を出すのが良いという考え方が、意外と深く根づいていたようだ。実際、スピードと勤勉さを重視する韓国では、のんびりしているというと、怠けている、効率が悪い、といったネガティブな言葉を思い浮かべがちだ。だが、日本の「のんびり」は別の文脈で読む必要がある。寿司屋の大将の頑固さは、怠けているのとはわけが違う。むしろ、完璧主義を追求する勤勉さからくる「のんびり」なのだ。
韓国の「パリパリ」文化と、日本の行き過ぎた完璧主義
新しいことはとりあえず始めてみて、ひとたび始めたことは早く終わらせないと気が済まない韓国社会の情緒を「パリパリ〔早く早く〕文化」と言う。実際に韓国では、空港に到着した瞬間からスピードがケタ違いだ。ほかの国ではゆうに1時間はかかる入国手続きが15分で終わり、自動車は混雑する道路をアクロバットのように疾走する。出前を注文すれば30分以内にアツアツの料理が届き、オンラインのショッピングモールで朝注文した商品が夕方には玄関先まで配達されている。まるで「パリパリ」が、急激に変化する社会での成功の秘訣であるかのような様子は、徹底さを追求するあまりタイミングを逃す日本とは対照的だ。
韓日合同のインターネットサービス業者の開発者が聞かせてくれた話によると、仕事に対する時間感覚が韓日で違うせいで意見が対立することもあるという。あるとき、業務上のトラブルがあり、企画やマーケティングの部署と約束していた期日までにサービスの開発を終えられない、という事態になった。韓国の開発者たちは口を揃えて「不完全でもとりあえずサービスの運用を開始し、1つずつ修正していこう」と主張したが、日本の開発者たちは「ほかの部署に迷惑がかかっても、運用開始を遅らせるべきだ」という意見。さて、どちらの意見を採用すべきだろうか?
不完全でも運用を開始しようという韓国人開発者の主張は、業務への積極的な姿勢と瞬発力はすばらしいものの、欠陥のあるサービスを利用することになる消費者の立場からすると無責任だ。一方、完全に準備が整うまで運用開始を遅らせようという日本人開発者の主張は、完璧主義を追求する徹底した態度は称賛に値するが、業務上発生する効率の悪さも無視できない。
つまり、こちらが良い、あちらが正しいという問題ではなく、タイミングとディテールのどちらを選択するのか、という問題なのだ。
韓国の「パリパリ」精神と日本の行き過ぎた完璧主義、どちらにも長所、短所がある。とはいえ、やはり母国がもっと良い国になってほしいとの思いから、「パリパリ」文化による負の面を抱えている韓国社会にあえて苦言を呈したくなる。ソウル中心部を流れる清渓川を覆っていたコンクリートの撤去工事が2年で終わったという話を聞いた日本の知人は「20年かかったと言われても納得の工事が2年で終わったとは驚きだ」と舌を巻いた。その「驚くべきスピード」の結果、工事中に発見された貴重な文化財は毀損され、造景工事は散歩する人たちが眉をひそめるほどのやっつけ仕事だった。
実際、韓国社会が直面している多くの問題は、「パリパリ」を追求するあまり「テッチュンテッチュン」〔適当に、いい加減に、の意〕を正当化するようになったことに端を発しているのではないのか。
日本の時計はのんびりだと言う前に、韓国の時計が速すぎるのではないかと、振り返ってみる必要がある。
(金 暻和,牧野 美加/Webオリジナル(外部転載))
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