『おしん』ノベライズ本がベストセラーに、J-POPがヒットチャートに登場…「憎くても学ぶべきことは学ぶべきだ」から、韓国が日本を見る目はどう変わったのか
文春オンライン / 2024年11月9日 10時50分
©︎momo.photo/イメージマート
〈 一人用の座席があるラーメン屋を見て「韓国ではなかなかお目にかかれない」旅行者も驚く日本の“おひとりさま主義” 〉から続く
2022年、日本の文化や社会についてまとめた本が韓国でヒットした。「日本という鏡を通して韓国を知る」ことを目的に書かれた本だ。
東京で18年間暮らしているメディア人類学者の金暻和さんによって書かれたその本は 『韓国は日本をどう見ているか メディア人類学者が読み解く日本社会』 (平凡社)というタイトルで日本でも刊行された。ここでは本書より一部を抜粋して紹介する。
敗戦からたった数十年の間に経済大国へと成長したかつての日本を、韓国はどんな目で見ていたのだろうか。そして、現在の日本をどう見ているのだろうか。(全4回の4回目/ 最初から読む )
◆◆◆
韓国が日本を見る目にはたいてい良からぬ感情がこもっている。日本帝国の植民地主義という暗い歴史のせいで、あるいは、外交的にも文化的にも競争意識が起こりやすい隣国同士ゆえ、そうならざるを得ないという側面もある。その一方で、「日本から学ぶべきことは学ぶべきだ」との意識が深く根づいているのも事実だ。だが、そういう認識も、もはや過去のものになったということを、最近とみに感じる。韓国社会が日本社会を見る目が変わりつつあるのだ。
「日本が憎くても学ぶべきことは学ぶべきだ」
日本では1960年代を「高度成長の時代」と呼ぶ。第二次世界大戦の惨憺たる敗北からわずか20年も経っていないその時期に、日本経済は目を見張る成長を遂げた。朝鮮半島で勃発した朝鮮戦争〔1950-53年〕による特需や、1964年の東京オリンピックを意識した景気浮揚策など、当時の国際情勢とも絡んだ複数の状況が、日本の経済発展を牽引したのだ。ただ、そうした時代背景をテコにアメリカ企業を脅かすほどに成長した、日本の製造業者の底力も侮れないものがあった。自動車や家電など、最先端の技術力を誇る製品の競争力が世界市場で認められ、日本は貿易大国へと跳躍した。戦争の廃墟から見事に再起し、たった数十年で経済先進国へと成長したのだ。
1980年代には、欧米屈指の企業がこぞって日本企業を「ベンチマーキング」の対象とした。アメリカの企業が柔軟な労働市場や分業による業務の合理化を重視していたのに対し、日本企業は終身雇用制を維持し、家族的な雰囲気で組織への忠誠心を引き出すなど、アメリカとは正反対の経営方針を堅持した。「オイルショック」による世界的な不況の中、この独特の戦略は「一人勝ち」した。めざましい経済成長に感嘆する一方で「日本人はエコノミックアニマルだ」という侮蔑的な言葉が欧米から出てきたのも、この時期だった。文化的に馴染みのないこの島国の快進撃が、欧米人の目には相当不可思議に映ったのだ。
一方、韓国社会は、隣国日本の成功神話をまったく違うふうに受け止めていた。朝鮮戦争の苦難から立ち上がり先進国への跳躍を夢見ていた韓国にとって、わずか数十年のあいだに敗戦国から経済大国へと変貌した日本の事例は良い刺激となった。異質な欧米式の資本主義よりも、文化的に似ている日本の成功事例のほうが手本にもしやすかった。韓日国交正常化(1965)を経ても植民地時代の傷による情緒的な反感は依然として存在していたが、「日本が憎くても学ぶべきことは学ぶべき」との認識が根づいたのはそのころだったと言えるだろう。
日本文化を「参考書」とする
1990年代、韓国の大衆文化の業界では、日本の最新トレンドをこっそり真似ることが公然の秘密となっていた。放送業界では日本のテレビ番組の内容を少々「拝借」し、アパレル業界では東京のファッションの中心地、渋谷でひそかに動向を調査した。日本の歌謡曲をあからさまに剽窃した歌がヒットチャートに登場することもよくあった。当時は、テレビで日本のドラマや映画、歌などを放映することは禁じられており、海外旅行の機会もそうなかったため〔海外旅行が全面的に自由化されたのは1989年〕、人々は日本のものが盗用されているという事実すら知らなかった。日本の大衆文化を締め出していたことが、逆説的に「パクリ」行為をあおる形となったのだ。
文化的事大主義との批判を招きそうだが、当時、日本の大衆文化産業が急速に成長していたという事実も無視することはできない。今はK-POPが世界的に注目を集めているが、そのころはJ-POPが「ホット」だった。扇情的、商業的だとの批判もあったが、日本の音楽やテレビ番組、漫画、アニメなどは、その洗練された娯楽性や幅広い多様性で、アジアで広く愛されていた。
1980年代から韓国の若者たちのあいだで日本の漫画本やファッション雑誌の海賊版が大人気だったという事実はよく知られている。実はそれよりずっと前から、日本の文化商品はヒットの兆しを見せていた。1970年代には日本の大河小説が翻訳、出版され、人気を博した。
歴史小説に登場した“日本史の風雲児”徳川家康がいきなり脚光を浴びたり、日本のテレビドラマ「おしん」のノベライズ本が翻訳されてベストセラーになったりもした。
当時も、日本の「低級な」消費文化は若者の精神をむしばむと懸念する声はあったが、実は、日本の文化に先に好感を示したのは、若者ではなく中高年層だった。日本の大衆文化が段階的に開放されはじめる1998年以前は、日本文化は、韓国の大衆文化業界が机の引き出しに隠しておき、こっそり開いて見る「参考書」のような存在だった。
日本観の変化、実は変わったのは韓国社会だ
そういう雰囲気も、いまや過去のものとなった。それもそのはず、世界の最先端技術の市場において日本企業の存在感が薄れた一方で、韓国企業は善戦している。韓国のアイドルグループの歌が海外の有名ヒットチャートに登場するなど、K-POPは世界的なヒット商品となった。インターネット時代が幕を開け、企業経営や文化産業のパラダイムも大きく変化した。わざわざ昔の日本式経営を手本とする必要も、日本のテレビ番組や音楽をこっそり真似る必要もなくなったのだ。
そこへもってきて福島の原発事故やコロナパンデミックへの日本政府の対応がお粗末とくれば、「先進国だと思っていたのに失望した」という声も出てくる。とはいえ、そういう発言をするのも、ある程度年配の世代だ。若い世代にとって日本は「オタク趣味を満喫できる場所」あるいは「おいしい寿司が食べられる旅行先」に過ぎず、昔韓国が手本としていた国だと言われてもピンとこない。韓国社会が日本社会を見る目が変わりつつあるのだ。
日本企業や日本の大衆文化が輝きを失ったのは、かつてのような活気がない日本の社会像をある程度反映した結果と言えるだろう。だが実は、韓国が「日本を手本にしよう」と言っていたころにも、日本社会は数多くの矛盾や課題を抱えていた。当時は韓国社会も自分たちの課題で精一杯で、日本のそういう面があまり見えていなかっただけだ。一方、今の日本社会にも強みはあるし、学ぶ点はある。だが、経済的にも外交的にも大きく成長した今の韓国社会にとって、そういう面はあまり目に入ってこないのだ。
見る観点によって見えるものも変わってくる。日本社会に対するイメージが「憎くても学ぶべき国」から「近くて親しみのある観光地」へと変わりつつあるのは事実だが、それは必ずしも日本社会の変化を客観的に反映した結果であるとは言えない。そうではなく、変わりつつあるイメージの中に、韓国社会が日本社会をどのように理解しているのか、あるいはどのように理解したいと思っているのかが溶け込んでいる、と考えるほうが妥当だ。
あらためて振り返ってみると、韓国社会が日本を見る観点には、禁欲主義的な事大主義が潜んでいたような気もする。憎い相手から学ばねばならないなんて、どんなにつらく苦しいことか。今はそういう重苦しい気持ちも薄らいだ。ようやく同じ目の高さで日本社会を直視し、こじれた問題を冷静に見つめる余裕ができた、とも言えるだろう。そろそろ韓国社会も、淡々とした気持ちで日本社会の素顔と向き合う時だ。
(金 暻和,牧野 美加/Webオリジナル(外部転載))
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