「誰が言ったんだ。あとで懲罰する!」震災直後の巨人軍激励会で見せた渡邉恒雄氏“独裁者の貌”
文春オンライン / 2024年10月27日 6時0分
渡邉恒雄氏 Ⓒ文藝春秋
読売ジャイアンツの球団トップの経験を、ノンフィクション作家の清武英利氏が振り返る。東日本大震災の直後に開かれた選手激励会では、読売新聞グループの代表取締役である渡邉恒雄氏が“独裁者の顔”を露わにしたという。
◆◆◆
外国人選手が相次いで日本を脱出
後になって真実を知り、全身の肌が粟立つような恐怖を覚えたことがある。
2011年3月11日、マグニチュード9.0の地震に襲われた福島第一原発の事故のことである。そのとき津波に直撃された三陸地方に続き、東日本は放射能汚染で壊滅寸前だった。いくつかの奇跡に救われて、壊滅を免れたのだ。
当時の日本メディアの報道は福島原発事故について抑制的だった。私は外国メディアの記者たちから耳打ちされて初めて疑いを持った。そして、事故から1年後になって、著名学者や技術者らで構成する「福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)」の報告書概要を読み、東京の自分たちも世界最悪レベルの事故に巻き込まれようとしていたことをはっきりと認識した。
――私も生死、紙一重のところにいたのか!
「無知は罪」という言葉があるが、発表報道を疑わないことは罪だ、と痛切に思った。東日本壊滅の危機と奇跡については、元福井地裁裁判長の樋口英明が著書『私が原発を止めた理由』(旬報社)で分かりやすく解説している。
かつては地方記者として、あるいは社会部記者として、私も原発問題を懐疑的に取材し、福島第一原発にも足を踏み入れている。だが、いつの間にか、「原発安全神話」を受け入れ、福島原発事故のそのときも、政府発表やそれに基づく日本メディアの報道をうのみにしていた。おのれの不明を強く恥じた。
東日本大震災の被害が拡大していた5日後の3月16日のことである。プロ野球界では、余震と原発の放射能漏れに不安を抱いた外国人選手が相次いで日本を脱出していた。
巨人の先発ローテーション投手として期待した米国人のブライアン・バニスターもその一人だった。30歳、メジャー37勝の新戦力だった。
彼ら外国人選手は、福島第一原発の原子炉建屋が水素爆発したニュースを、CNNなど海外メディアから得ていた。特にCNNは専門家が「核の大惨事が近い」などと危機感を表明し、「避難範囲を広げよ」と求めていた。
彼らは在日米国大使館などからも、「東日本壊滅」の恐れを告げる情報を得たりして、「原発事故で東京も危ないのではないか」と私にも面談を求めてきた。同じころ、巨人の外国人職員の中にも同じような声があった。
水素爆発の映像は私も見た。氷よりも冷たいものを背中に当てられたように感じたが、同じように重い恐怖を抱いたはずの日本のメディアは慎重だった。
最初に水素爆発を報じた福島中央テレビも衝撃的な映像を流しながら、「福島第一原発一号機から大きな煙が出ました!」と繰り返し、「爆発」という言葉を避けていた。読売新聞の報道にも関東までが壊滅間際に来ているという切迫感はない。東京電力が危機を抑え込んでいる、と私も思い込んでいた。
民主党政権下の官邸や日本の報道を信じよう、と私は外国人選手たちを説得した。危険や予期しない事態に直面しながら、「自分は大丈夫だろう」と思い込んで、脅威をあえて無視する心理を正常性バイアスと呼ぶが、新聞社グループにいるという安心感も、思い込みの背後にあったのだろう。
自粛だらけの激励会にナベツネが激怒
私は同じ16日に、東京都内のホテルで開かれた財界人による巨人の激励会「第19回燦燦(さんさん)会」に出席した。ホテルの控室から選手を舞台へと送り出し、約200人の財界人らとともに、会場で進行を見守っていた。
大震災の直後だけに、ヤクルトや横浜などはシーズン開幕前の激励会を自粛していた。挨拶に立った球団会長の渡邉恒雄は「被災地の皆さんを激励し、お慰めして、我々も復興に向けてそれぞれの立場で努力することを誓い合う会にしたい」と説明した。燦燦会会長の御手洗冨士夫(キヤノン会長)や原辰徳監督が挨拶して、選手が舞台を下りる。監督、コーチ、選手が募金箱が設置された各テーブルに着いた。
例年ならば、人気選手たちのところにはサインを求める財界人らの列ができる。笑顔の選手と記念撮影をしたり、握手を交わし肩を叩いたりして、「頑張ってくれよ」と励ます人たちで会場は賑わいを増すのである。
そのとき、日本テレビの司会者がマイクを取り、「本日は復興支援を兼ねております。記念撮影、サインはご遠慮ください」と注意を告げた。復興支援を兼ねているので、賑やかな撮影会やサイン会にならないようにとの配慮である。ああそうなのか、と私は思った。
すると、いったん退いた渡邉が背中を丸め、舞台の中央に再びつかつかと登場した。おや、と誰もが注目した。渡邉は真ん中のマイクにたどり着くと、突然声を荒らげた。
「腹が立った。何で選手と写真を撮って、サインをもらって悪いんだ。写真は(フラッシュで選手が)目を痛めるとかあるかもしれないが、選手のサインをもらいたくて来られたお客さまもたくさんいるんだよ。誰が決めたんだ。そんなこと。何でも禁止すりゃいいってもんじゃねえんだ。誰が言ったんだ。あとで懲罰する!」
翌17日付けの日刊スポーツは、〈この「ツルの一声」で、サインも写真撮影も許可された。恒例の燦燦会は今年も渡辺球団会長の独壇場だった〉と報じている。
怒鳴られた関係者は凍り付いたように立ち尽くしている。財界人たちはグラスを手に顔を見合わせたり、苦笑いを浮かべたりしていた。
独裁者は、公衆の前でめったに横暴の貌(かお)を見せない。側近たちが暴君の先棒を担いで意志を実現するからである。だが、彼が癇癪玉を破裂させたために、読売グループの絶対的支配の様相と、それに付き従わざるを得ない私たちの屈辱的な姿があらわになってしまった。
◆
本記事の全文は「文藝春秋」2024年11月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています(清武英利「 記者は天国に行けない 第34回 独裁者の貌 」)。
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(清武 英利/文藝春秋 2024年11月号)
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