築69年「大阪でいちばん異形のビル」がついに解体へ…ビルも“住民”もエキセントリックな「味園ビル」が濃厚すぎた
文春オンライン / 2024年11月8日 6時0分
味園ビル
1950年代に商業ビルとして建設された大阪・ミナミのシンボル「味園(みその)ビル」。“日本最大のキャバレー”とよばれ、専属歌手として和田アキ子がマイクを握った「ユニバース」などが店を構えた。同ビルは年内で各テナントの営業が終了し、来年5月をもってビルも取り壊されることになった。
豪奢ならせん階段と鯉が泳ぐ池、独特な飲食店が並ぶ2階の“異空間”など、もうすぐ見納めとなる「味園ビル」をリポートする。
◆◆◆
大阪の友人に連れられ、千日前のレジャー施設「味園ビル」に初めて足を運んだのはもうかなり前のことだ。
しかし、そのとき受けた衝撃の大きさは、いまでもはっきりと記憶に残っている。
エントランスには、鯉が泳ぐ池を囲むように...
まず、エントランスからして非常に特徴的だ。鯉が泳ぐ中央の池を囲むように、らせん状の“ゴージャスな”スロープが続いているのである(先導してくれた友人が、なんのためらいもなく自転車を押してそこを上がっていったことにも驚かされた)。
そして、その先に現れる2階の廊下には、サブカル臭満点の飲み屋が並んでいたのだった。それぞれの店が強烈すぎる個性を放っているものだから、とってつけたような“調和”は存在しない。
にもかかわらず、フロア全体がひとつの作品のようでもあった。訪れたことのある方なら共感していただけると思うが、ここまで個性的な場所はそうそうないだろう。
ビルが建てられたのは1955年で、80年代のバブル期には大阪・ミナミを代表するレジャースポットとして活況を呈した。当時は地下1階にキャバレー「ユニバース」があり、3階にはマッサージルーム、4階にホテルとサウナ、5階には宴会場もあったらしい。まさに娯楽の殿堂だったわけだ(ちなみに数年前、ホテルに泊まろうと思って電話してみたところ、ちょうど閉業直後だったようで残念に思ったものだ)。
バブル崩壊以降の90年代には2階テナントの大半が空き物件という状況に追い込まれるが、00年代にテナント料が大幅に下げられると、「お金はないけどやる気はある」若いオーナーが集中。その結果、とってつけたような“昭和レトロ”などとは格が違う超絶エキセントリックな空間ができあがったわけだ。
だからこそ、2024年末で2階テナントが終了するという5月の報道にはショックを受けざるを得なかった。事情を伺いたいと思って管理会社に連絡してみたものの、「決まっているのは、2階テナントの定期賃貸借契約が2024年12月で満了を迎えるという一点のみ」だとの答え。
きちんと返答をいただけたことには感謝するが、それでもモヤモヤした思いは残ってしまった。
「だったら実際に行って、テナントの方々に話を聞いてみるしかないっしょ」ってなわけで、実際に足を運んで、お店の方に直接話を聞いてみようと思い立ったのは数ヶ月前のことである。
で、いざ大阪へ。
味園ビルに関する有力情報を入手
とはいえ正直なところ、まったくのノープランでのスタートだった。そのほうが、本音に近い声を聞けるような気がしたからだ。しかし、結果的にはそれが正解だった。偶然にも絶妙のタイミングで、味園ビル内のバーで定期的にライヴをやっているというミュージシャンから有力な情報を得ることができたのである。彼によればこうだ。
「一応いわれているのは、12月いっぱいで2階の店子は全部出ると。出なきゃいけないというのがもうビル管理(会社)から来てるんですね。ただビルを潰すのはいつになるかわからんのやけど」
潰すという話はずいぶん前から出ていたものの、コロナ禍のため延び延びになっていたようだ。
「コロナ前は普通にあれをホテルにして、2階はきれいにするから、一回店子に出てもろうて、入るときはいまの人に優先的に声をかけるけど、家賃が倍になるってことで。それがコロナでご破算になって。で、いよいよやけど、下のユニバース(現在はライヴ会場として機能している)は4月頭までブッキングが入ってるじゃないですか。なんだけど、もう2階を出すってことは営業をしないということだから」
“なんとなく”事情が推察できる話ではあるが、とはいえ「それがほんまに正しいかどうかは……」と彼も口を濁す。結局のところ、年末にテナントが終わるということ以外、真相は誰にもわからないのだ。
「ただ、12月は稼ぎ時じゃないですか。だから場所が見つかったらみんな早めに移りたいけど、空いてるところはどこもないんで。いま入ってる店が一斉に新しい移転先を探すっていったらえらいことだ、というのがいまの現状です」
では、実際にお店の方に話を聞いてみよう。まずは80代のママさんが切り盛りしている「まち子」というバーに伺った。のだが、20時なのにもう閉店している。休業ではなく、お帰りになったらしい。めっちゃマイペースだが、開いていないなら仕方がない。そこで、かつてお邪魔したことのある「ZZ BAR」に向かうことにした。
懐かしの蓄音機も...音楽愛が随所に伝わる空間
なお音楽に詳しい方なら想像がつくだろうが、店名の由来はアメリカの「ZZ TOP」というバンドである。マスターの重田耕志さんの長いあご髭もまた、「ZZ TOP」のメンバーへのオマージュだ。
店内は味園ビル内のテナントのなかでは比較的広く、カウンターのみならず大きめのテーブル席もある。店にはレコードがぎっしりと並び、大きなスピーカーからは温かみのあるサウンドが流れる。ライヴのためのギターやベースも揃っており、懐かしの蓄音機も。音楽愛が随所から伝わってくる空間だ。
いろいろなプロセスを経て店を開いてから、今年で18年になるという。やはり閉めることはずいぶん前から聞いていたそうで、「だからまあ、いよいよやなあ、いう。ただ残念なだけですわ。それしかないですよ、もう。仕方ないことやから」と寂しそうに語る。
出身は尼崎だが、ご両親のルーツは奄美大島。そうしたバックグラウンドが、味園で店を始めるきっかけになったようだ。
「昔、ここに沖縄の子がやってるバーがあるいうて聞いてきたんですよ。いまはもうないんですけど。そのバーへ行ってて、このへんまだ全部詰まってなかった(空きテナントがあった)んで、ほんならやってみようかあと思って」
先述のとおり当時の味園はさほど栄えておらず、入りやすい環境だった。
「敷金もなんもなくて、安うて入れたんです。だから若い子が集まるんですね。でも権利金もなにも必要なかったんで、出ていけといわれたら出ていかなあかん。そういう契約になってたから、いよいよかっていう感じです、今回ね。ほんまにね、思い入れはありますけどね。自分が初めてやった店やし」
味園のなかのミュージックバーということで、海外から訪れる人も多い。
「欧米の人が多いんですよ。めちゃくちゃ来ます。毎日、欧米の人のほうが多いぐらいに。最近ちょっと減ってきましたけど。もう外国みたいになります(笑)。僕は英語しゃべられへんから、逆に相手せんでええねん。でも、うちは音があるから」
「ローリング・ストーンズもまだ80でやっとるから、負けてられへん」
いま入っている店のなかでは古株にあたる。さて、今後はどうされるのだろう。
「僕はこれでしか食べれないから、どこか店を探さないとしゃあないです。たぶん一斉に出ていかなあかんから、みんな探してると思うんだけどね」
今年で70歳。「もうあと何年生きてるかわからへんけど」と前置きをしつつも、『ローリング・ストーンズ』もまだ80でやっとるからな。負けてられへん」とおっしゃる。
いい話だなーと共感していたら、ふらっと入ってきた人が慣れた様子でカウンターに座った。
ふらっと入ってきた人に声をかけてみたら...
声をかけてみたところ、同じ2階で営業している「新春シャンソン荘」という有名なバーのオーナーであった(「店の名前だけでいいじゃないですか」ということでお名前は省略)。
「きょうは僕、休みで。スタッフがやってくれてるんで、いま飲みにきたところ」
30代に見えたが、47歳だそうでちょっと驚き。店を開いたのは「2011年ぐらい」だが、もともとは2001年から味園の社員だったのだそうだ。「だからもう23年ぐらいいます、このビルには」。
だとすれば、管理会社の事情もおわかりかも。
「こうやってお店の人らに取材してるのはちょいちょい見ますね。事務所はもう突っぱねてる。取材が多すぎて、だいたい断ってるんですよね、新聞とかテレビとかも。もう手が回らないんで」
やはりそういうことか。ともあれ20年以上ここにいるということは、寂しさもあるのでは?
「いつかは来るなっていうのはわかってた」
「寂しいけど、しょうがないでしょ。いままで、よくもってくれたほうやと思ってる。契約自体も、ずっとできませんよという感じだったんで、いつかは来るなっていうのはわかってた」
「『いよいよやな』ということやからね」とマスターの重田さんが加わる。みんな、似たような思いを抱きながら店を続けてきたようだ。ちなみに、店がなくなったあとのことは「ノープラン」だそう。
さて、もう1軒、味園を代表するお店を訪ねてみよう。サブカル好きの方々から高い評価を受ける「深夜喫茶銭ゲバ」だ。店内はこぢんまりとしており、左右にテーブル席。
伺ったとき、左奥のカウンターには女性がひとり座っていた。常連さんのようだが必要以上に話し込むこともなく、静かにこの雰囲気を楽しんでいるように見える。その向かいにいらっしゃった店主のムヤニーさんに、タイミングを見計らって話を伺った。
「ZZ BAR」の重田さんと同じく、もとはお客さんだったようだ。19年前に脱サラして店を開かれたそうで、現在50歳。サラリーマン時代に味園の店で飲んでいるとき、「テナントも空いてたし」ノリで始めただけなのだとか。東京まで名前が聞こえてくる有名店だが、開店のきっかけは思いのほかラフだった。
「深夜喫茶銭ゲバ」を始めたきっかけは...
「たぶん、長いだけですわ。だって、もともと僕、1、2年で店はやめるつもりやったんです。最初のころなんか人、誰も来いへんかったし。店一本で食えるわけないわ思うてたから。飽きたらやめようと思うたけど、3年ぐらいやってたら意外と楽しくなってきて。サラリーマンしながら始めたんで、最初は週末しかやってなかったんですよ。でもやってるうちに家賃を払えるようになったから、まあ食っていけるかなと思って」
そこで会社を辞めて専念したものの、「平日誰も来んくて、この店で3年ぐらい寝泊まりしてましたもん。金なさすぎて」と当時を振り返る。しかし結果的には、うまくいったのではないだろうか。
「たまたまや思いますよ。もうなんか、いろんな偶然が重なってみたいな。あと名前がインパクトあるから、それで自然と、勝手に老舗になったんですよ」
なにも考えず「好きにやってるだけ」。サブカルが好きなのでそっち寄りではあるけれど、「自分が居心地ええようにしてるだけなんで」とおっしゃる。しかし、自然体だからこそ、引き寄せられる人が多いのかもしれない。
いずれにしてもテナントの方々はみな、味園ビルに強い思い入れを持っている。それは間違いないだろう。だが、みなさん、予想以上にクールだ。
味園ビルの閉館はふんわりとは聞いていた
「まあ、ふんわりとは聞いてましたし、いずれ終わるのわかってたから、あんまりびっくりもせえへんというか。上のホテルも5年前に閉まっちゃったから、その時点で徐々に終わっていくんやろうなとは感じていました。もう(開店して)19年なんですけど、契約するときに、『このビルぼろいから、いつまであるかわからんよ』っていわれてたんですね。だから、いずれ終わるのやろうなという感じやったんです」
最初から終わりが見えていたから割り切れるのだろう。開店時に敷金・礼金が不要で、未経験でも30万円程度のお金とやる気さえあれば誰にでもできる。そのかわり、いつ終わりになるかわからないということを最初から知らされていたわけだ。
「そうそうそう。『急に出ていってくれとなるかもしらんから、金かけないほうがいいよ』ともいわれてたし。だから今回、『ついに来たか』みたいな感じで。(詳しいことは)全然わからないんですよ。取り壊すというのも噂だけで、公式になにか聞いたわけでもないし。(連絡が来たのは)ちょうどマスコミへの発表があったやないですか、あれの前日に電話が。だから『長持ちしたなあ』って思ってるぐらいで、もっと早い思てたから」
こういう場所が消えることは残念だが、考え方次第では、いつ消えるかわからないからこそ人を惹きつけるのかもしれない。
40年以上続く「スナックまち子」のママは...
「だから、と思いますよ。いつなくなるかわからんはかなさがあるから、みんな来るんであって。だって(東京・新宿の)ゴールデン街も、いつなくなるかわからないやないですか。いままでにもなくなる話、いっぱいあったじゃないですか。なんとなく続いてるけど」
たしかに、19年前の開店時から期限つきだとわかっていたからこそ、冷静でいられるのかもしれない。
「多少はね、麻痺はしてましたよ。でも、ショックはそんな。お疲れさん、みたいな。ついに学祭終わるなあ、みたいな(笑)。いまはもう、昭和レトロから平成レトロいう時代でっせ(笑)。もはや。昭和レトロはもう滅びゆくもんですわ(笑)」
各テナントが、終わりを意識しながら共存している。間もなく終わろうとしている味園ビルの2階はそんな状況だ。当然、これからどうするかについての考え方もそれぞれ異なる。移転を考えている人もいれば、1年くらい休もうと考えている人もいる。いずれにしても、「深夜喫茶銭ゲバ」は予想外に長く続いたということのようだ。
「長いほうですね。2階の店は一番長くて20年かなあ。『スナックまち子』は、もう40年以上やってますけど」
やはり、「まち子」のママにもお話を伺いたかった。
味園ビルの2階は街の商店街のようだった
「あそこ、閉まるの早いんですよ。5時半ぐらいに開いて、もう10時半ぐらいには閉まりますよ。『バスで来とるから、早よ帰らんと』みたいな。まち子さんは、もう引退するっていうてましたね。『80まではやるで』いうてたら、ほんまに80までやりはったからね」
話を伺っていたら、味園の2階がどこかの街の商店街のように思えてきた。限られた空間のなかで肩を寄せつつ、でも密接すぎるわけでもなく、適度な距離感を保っている。だから、居心地のよさが生まれたのかもしれない。
「あと、ここってハシゴしやすいから、それもよかったんですよね。(お目当ての店が)閉まってたら、『ほな、ほかの店行こか』みたいな。まだ開けてないときに『何時に開きます?』みたいな電話がかかってきて、『もうちょいしたら開くから、どっかほかのところで時間潰しといて』とか、そういう使い方もできるから。初めて来た人とか、片っ端から回るみたいな。じゃあ、後で戻ってくるから荷物置いといていいですか、みたいな」
なお、「深夜喫茶銭ゲバ」はすでに移転先が見つかっているらしい。年が明けたら、味園ビルから徒歩2分の場所での営業になるようだ。とはいえ、次の場所が見つからない店もまだまだ多い。
「まだ移転先が決まらなくて......」
なにしろ敷金礼金なしで家賃も安いが、一般的にそれは“ありえない話”なのだ。しかも近隣の家賃相場は、ここ数年でかなり上がっている。
「ここで店やってる人らってあんまり貯金とかもない奴が多いから、『おお、どないしよ』みたいな感じなんです」
さて、時間を少し移動させよう。取材からずいぶん経った9月の下旬、東京・中央線の高円寺にあるライヴハウス「楽や」で「Kozy & Rose」というユニットのライヴが開催された。Kozyとは「ZZ BAR」のマスターである重田さんで、Roseは元ジャズ・シンガーという経歴もお持ちのパートナー、寺本裕子さんだ。
おふたりは半年に1回、東京と横浜で公演を行っている。この日がその公演日だったわけだが、驚かされたのは人気の高さである。訪れた人の多くは「ZZ BAR」とおふたりのファンだったようで、決して広くはない店だとはいえ、立ち見客も出るほどの盛況だったのだ。
「まだ移転先が決まらなくて......」
ライヴ前にお話しした際、重田さんが静かにつぶやいた。新しい店のことを聞けるかもしれないと思っていたので残念な気もしたが、なんとかいい場所を見つけていただきたいものだ。
笑顔にあふれた空間のなかで、重田さんのギターとRoseさんのヴォーカルを耳にしながら、何度もそう感じた。
2024年末まであと少し。味園ビル2階は最終日、はたしてどうなっているのだろうか? 全店舗が移転し、がらんとしているのか? それとも、最後の最後までみんなで盛り上がっているのだろうか? 最後の最後まで気になるところである。
【追記】この記事を書き終えた直後、「ZZ BAR」の重田さんと「深夜喫茶銭ゲバ」のムヤニーさんから、ぞれぞれ移転先が決まったとのご連絡をいただいた。よかったよかった。新店舗にも、いつか伺ってみたいと思う。
「ZZBAR」新店舗:東大阪市足代新町 3‐12 K’s Spot ビル 2階
「深夜喫茶銭ゲバ」新店舗:大阪市中央区日本橋1-20-9 ジョートウビル(上東ビル)2階
写真=印南敦史
(印南 敦史)
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