「自主映画だと怪しい配給会社に騙されて…」単館上映から大ヒットした「侍タイ」監督が自分1人で映画館と交渉を始めた“切実な理由”
文春オンライン / 2024年11月1日 11時0分
安田淳一監督 ©文藝春秋 撮影・山元茂樹
たった1館の上映からスタートし、SNSなどの口コミを中心に人気に火がつき全国138館まで拡大している『侍タイムスリッパー』。“インディーズの時代劇”という異例の快進撃で、『カメラを止めるな』の再来とも呼ばれている。
お金がかかる時代劇は、インディーズ映画にとってまさに“鬼門”。監督の安田淳一さんは脚本・撮影・編集など「1人11役」で制作費を圧縮したが、それでも映画が完成した時は口座の残高7000円だったというギリギリの制作だった。
安田さんの“本業”は結婚式などのイベントムービーの作成だが、他にも油そば屋の経営や、昨年からは他界した父親の田んぼを受け継いだ米農家でもある。一体どんな生活をしながら映画を作ったのか。壮絶かつ愉快な制作秘話を聞いた。
貯金を崩し愛車も売って…それでも600万円足りなかった
――映画を撮りながらお米を作り他の仕事もされているというのがまったく想像できないのですが、安田監督はどんな風に生活されているんでしょう?
安田淳一監督(以下 安田) 基本的には京都でお米を作ったり映像の仕事をしていますよ。特に今は稲刈りの時期ですから、京都と東京を行ったり来たりです。
――それだけ多くの仕事をするのは大変ではないですか?
安田 映画監督でごはんは食べられないですからね。自主制作だから映画を撮るお金は自分で出すんですが、1作目『拳銃と目玉焼き』が700万円かけて赤字が500万円以上、2作目の『ごはん』はほとんど家の田んぼで撮影したので400万円でできたんですが、それでも各地で自主上映会をしてもらって3年かけてギリギリ黒字になったくらい。それじゃ生活できないですよね。
――3作目の『侍タイムスリッパ―』は制作費2600万円とインディーズ映画にしてはかなりお金がかかっていますよね。
安田 貯金を全部崩して、愛車のスポーツカーも売って。それでも600万ぐらい足りへんかったんですけど、文化庁の補助金「AFF(Art for the future!)」をとれるやろってことで見切り発車して、なんとか撮り切りました。全部の支払いが終わったときは口座残高7000円ぐらいでしたけどね(笑)。
「スーパーカーなんてとっとと売れ」
――本業があるとはいえ、車を売って口座の残高が7000円になるまで映画を作ることについて家族の反応はどうだったんですか?
安田 「自分の甲斐性でやってることやから」と、反対まではされませんでしたね。2作目の『ごはん』は米作りの映画だったので、生きていた親父は喜んでいました。撮影のためにトラック貸してくれたり、稲刈りのシーンを撮らせてもらったり。『侍タイムスリッパー』を作るときも「スーパーカーなんてとっとと売れ」とむしろ車を手放すように言われましたし。「うるさいペッタンコの車なんかに乗って」とか車の文句はよう言われたんですが、映画をやめろとは言われませんでしたね。
――『侍タイ』の完成とヒットをお父様に見せたかったですね。
安田 本当に……。京都で撮影をしていて主演の山口馬木也さんが実家で衣装の準備をしている時も「役者は男前やなあ」と楽しみにしてましたからね。
――安田監督は結婚されているんですか?
安田 結婚はしてます。奥さんも映画は“別に反対はしない”くらいの感じですね。映画を作ることについても実はあんまり相談してないんです。自分としても、映画があかんかった場合はまた働いて返せば良いや、と。
――お米を作ったお金で映画を作る?
安田 いやお米って、うちくらいの規模だといくら作っても赤字なんですよ。親父は元公務員で恩給(年金)がそれなりにあったので、田んぼを管理できなくて困ってはる人から預かっていたんですが、親父が亡くなったときに調べてみて赤字なことがわかりました。それで申し訳ないんですけど預かってたぶんはお返しして、今は自分の家の田んぼだけです。去年はじめて稲刈りと水の管理をなんとかやってお米ができたときはやっぱり嬉しかったけど、赤字は赤字ですからね。
――赤字でもお米は作るんですか。
安田 米作りは代々続いてきたもので、長男やし家業としては続けたいんです。『侍タイ』がなんとかヒットさせてもらったら、その分でしばらくはやっていける感じになりました。もし映画があかんかったら、全部返してしまうか迷うところでした。
「1割も成功率がないものに2000万も投資するなんて無謀」
――『侍タイ』のヒットにお米の運命もかかっていた。
安田 そうなんです。自分としては『カメ止め』の成功を見て勇気づけられたところもあったので、今回はお金を全部突っ込みましたけど、よう考えたらかなりの博打ですよね。普通の商売やと7割くらいは成功率がないと投資できないやろうけど、自主制作映画なんて1割も成功率がないようなものに2000万も投資するなんて無謀です。もちろん自分なりにはいろいろ研究したけど、こんな風にヒットしてもらえるのは奇跡だと思ってます。
――『カメラを止めるな』のヒットは自主制作映画の世界でそれほど大きなことだったんですね。
安田 そりゃそうですよ。ただ『カメ止め』に勇気はもらったけど、あんな発明のような大胆な構成や脚本は自分にはとても作れへん。だから自分が目指したのは「『カメ止め』のように劇場の中でゲラゲラお客さんが笑って最後拍手してくれる映画」。脚本や主砲はオーソドックスでも、クオリティーを上げていくことであの域に到達することができるんやないか、というのが勝負でした。あとは、『カメ止め』を1回きりの奇跡にしないのが大事やと思ってました。
――どういうことでしょう?
安田 『カメ止め』の大ヒットは自主制作で映画を作る人間に希望を与えたんですけど、「『カメ止めは』特別で、あんなことはもう二度と起きない」となってしまったら寂しいじゃないですか。だから、ちゃんと頑張れば再現できるんだということを証明したかったんです。
――最初は配給会社もなしで池袋シネマ・ロサの単館上映だったところから300館以上の上映になり、まさに再現できることを証明しましたね。
安田 シネマ・ロサの担当者が「今年一番の作品にする」と意気込んでくれて、お客さんも応援してくれて、TOHOシネマズの担当者や配給会社のGAGAが全国でやろうと言ってくれて。その人たちの頭にも『カメ止め』のヒットの記憶があったのは間違いないです。でも実は、配給会社にお願いする前に自分の力で「ここまではやろう」と決めていたことがあるんですよ。
――何を決めていたんでしょう。
安田 自分1人で大手のシネコンと話して、上映館数を決めてもらうことです。最初に松竹さんがのってくれて、その後にTOHOシネマズも声をかけてくれました。感動したのは、最初に声をかけてくれはった松竹さんが上映館を決めるまで、TOHOさんが待ってくれたんです。
あんな大きなシネコンさんに「ちょっと待ってくれ」なんて、どれだけ失礼なことを言ってるんだと心配になったんですが、松竹さんがまず14館ええとこを決めてくれて、それを見たTOHOさんが松竹さんとカブらない映画館を選んでかけてくれることになりました。シネコンの方々が、ちゃんと映画のことを考えてくれるのが本当にうれしかったです。
――ライバル同士で対立しそうなところ、より多くの観客に届けられる形にしてくれたんですね。
「怪しい配給会社があるんです」
安田 本当に驚きました。2つのシネコンさんに加えて単館の映画館からも依頼がいっぱい来て、トータルで50軒くらいまでは自分1人で決めました。この方法のいいところは、ヘンな配給会社にだまされんですむことです。自主映画だと、怪しい配給会社に「300万円くらいで、全国で何館か上映を決めてきますよ」とか言われて、伝手もないから頼んでしまうことがよくあるんですわ。
でもよく考えたら、単館系の映画館なら1館あたり1週間20万ぐらい払えば上映できるんですよ。だから本当は100万円あれば5館くらいは上映できるはずですよね。それなのに200万とか300万とか言いよる怪しい配給会社があるんです。
――自主制作という立場の弱さの足元を見てくる配給会社があるんですね……。
安田 でも今回、配給会社を介さなくても映画が面白ければシネコンが直接買ってくれるんやという証拠ができたから、これから自主制作で映画を撮ってだまされる人が少しでも減ってほしい。ただ上映してくれるところが増えてきてさすがに手が回らなくなったので、GAGAさんに配給として入ってもらうことにしました。
そこからはGAGAの方が本当に頑張ってくれてあっという間に上映館が300以上に。TOHOさんも盛り上げてくれて、しかも最初から上映してくれてた池袋のシネマ・ロサや川崎のチネチッタとカブらんようにしてくれて……。映画業界の人情を本当に感じました。
「制作費の3倍くらいの興行収入があればいったん黒字にはなるんです」
――まさに大ヒットですが、制作費の2600万円はペイしたと思っていいんでしょうか。
安田 もちろんです。興行収入の振り分けは、だいたい半分が映画館に入って、残りの50のうち10%が配給会社、40%が制作に渡るイメージです。だから、制作費の3倍くらいの興行収入があればいったん黒字にはなるんです。今回は大黒字です。
――それを聞いて安心しました。
安田 自分は『カメ止め』を本当に尊敬してるんですけど、あの映画は真似したらあかんところが1つあって、映画を作るお金は絶対に自分で出さなあかん。『カメ止め』はワークショップで作った映画だったので、上田(慎一郎)監督や俳優にほとんどお金が入っていないんです。だから『侍タイ』は、車を売ってでも自分でお金を出して作りました。あと、映画にも出演してる沙倉ゆうのちゃんが少し出資に入っています。
――沙倉さんは安田さんの映画会社のスタッフでもありますよね。
安田 そうなんです。出資の経緯もおもろいんですけど、制作中に銀行に行く時間がなくて、ゆうのちゃんに100万円立て替えてもらったことがあったんです。数日後に返そうとしたら「まだ返さなくていいから、映画が当たりそうだったら出資にさせて?」と頼まれました。それで試写会でお客さんが笑っているのを見て「このあいだの100万円、出資にする!」と。たくましい人やなぁと思いましたね(笑)。ゆうのちゃんや配給さん、映画館さん、俳優さんとかいろんな人に助けてもらい過ぎて自分の手柄だとは思えないですけど、とりあえず次の映画もお米も作るくらいのお金は残せそうでほっとしてますわ。
〈 「ショックを受けてこれはもうおしまいやなと」“伝説の斬られ役”福本清三さんの死で頓挫しかけた映画を完成させた「重鎮の一言」とは 〉へ続く
(田幸 和歌子)
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