「ショックを受けてこれはもうおしまいやなと」“伝説の斬られ役”福本清三さんの死で頓挫しかけた映画を完成させた「重鎮の一言」とは
文春オンライン / 2024年11月1日 11時0分
安田淳一監督 ©文藝春秋 撮影・山元茂樹
〈 「自主映画だと怪しい配給会社に騙されて…」単館上映から大ヒットした「侍タイ」監督が自分1人で映画館と交渉を始めた“切実な理由” 〉から続く
たった1館の上映からスタートし、SNSなどの口コミを中心に人気に火がつき全国153館まで拡大している『侍タイムスリッパー』。“インディーズの時代劇”という異例の作品の快進撃は“『カメラを止めるな』の再来”と呼ばれることもある。
「脚本がない」という噂や、「伝説の斬られ役」福本清三さんとの関係、そして撮影現場での喧嘩などについてお話を伺った。
「福本さんが2021年にお亡くなりになって、自分もショックを受けて…」
――『侍タイ』はどんなふうに始まった映画だったんでしょう?
安田淳一監督(以下 安田) 時代劇・歴史劇ジャンルを対象にした「京都映画企画市」という2017年のコンペがきっかけでした。コンペ用のアイディアを考えてる時に、お侍が現代にタイムスリップするドタバタなCMを思い出して「“5万回斬られた男”の福本清三さんが現代にタイムスリップして斬られ役になるのは面白いんやないか」と思いついたんです。それで企画書を出してなんとかファイナリストの5人には残ったんですが、最終プレゼン7分でつい喋りすぎて自己紹介だけで5分を越えてしまって(笑)。もちろん結果はダメでした。
――それでも、企画自体は福本清三さんにも出演していただく形で進んでいたんですよね。
安田 そうなんです。ただ福本さんが2021年にお亡くなりになって、自分もショックを受けてこれはもうおしまいやなと思ってました。でも、翌年の5月に福本さんのマネージャーだった方に東映に呼ばれてたんですよ。何だろうと思って行ったら、東映京都撮影所の名物プロデューサーだった進藤盛延さんや、美術部や衣装部、ヘアセットをしてくれる床山さん、刀のレンタル会社の社長さんがずらっと集まっていたんです。
――東映の方々が、『侍タイ』を応援してくれていた。
安田 ずっと時代劇を作ってきた方々ですからね、緊張しました。でもその彼らが「自主映画で時代劇をやる人がいたら、普通は全力で止める。でもこれはホン(脚本)がおもろいから、なんとかならへんかなとみんな集まってる」と言うんです。
それで「7~8月は時代劇を撮れへんからオープンセットが空いてる。安く貸してあげるわ」とか、衣装さんも「あるもんのレンタルだけやったら」、刀も「しゃあないな」と破格の値段で提供してくれて。結局『侍タイ』は2600万円かかったんですが、東映が本気で撮ったら2億円くらいかかる内容でしたから。
――確かにセットも衣装も映像も自主製作映画には見えませんでした。そんな裏話があったんですね。
安田 決め手になったのが進藤さんの「わしは今年で退職するから、今年中に撮らな手伝ってやれんで」という一言でした。どう考えてもお金は足りんし、セットを貸してもらえる7月までは2カ月しかない。でも「このワンチャンスしかないやん」と思い、「やります!」と勢いで答えました。あとは車を売って、補助金もなんとかもらえて、ギリギリでしたわ。
「1作目の時は撮影の前日に脚本すらない状態でしたし」
――安田さんはずっとそんな感じで映画を作られてきたんですか?
安田 行き当たりばったりなのは昔からですね……(笑)。1作目の時は撮影の前日に脚本すらない状態でしたし。
――それはどういう状況なんでしょう。
安田 脚本家の方から撮影4日前にあがってきたものに納得できなくて、全部自分で書き直すことにしたんです。でも間に合うわけがないんで、とりあえず初日に撮影する分の脚本を書いて、撮影が終わったら他のスタッフが寝てる間に朝方まで翌日の分を書いて、という自転車操業で。
――ストーリーが破綻してしまいそうですが。
安田 映画の終盤から撮っていったんですが、いざ撮ってみたら想像以上に盛り上がるシーンになって「そしたら前段階のエピソードがこんなにユルかったらあかんわ。じゃあ……」みたいに書き直していって、結果的には良くなった気がしますね。
――意外とプラスがあったのですね。困ったことはなかったんですか?
安田 それは当然あるんですわ(苦笑)。役者の人に台本を渡すのが当日だから「役作りできない」というクレームはまあまあありました。あとは全部撮り終わったら3時間の大長編になってしまって、シーン1つずつは面白いけど、全体のバランスが悪くて切るところがたくさんあった。
しかも40分くらい切っても「どこ切ったかわからん」と言われて、よっぽどいらんとこばっかだったんでしょう(笑)。こんなことしていたらお金も手間もアホほどかかるというのが1作目の反省でした。
――2作目に出演された方からも、脚本がなかったというお話が出ていましたが……。
安田 2作目の『ごはん』は、まだ親父が元気で農家をやっていた時に「もし親父に何かあったら、この田んぼ全部俺が引き継ぐんか、絶対パニックになるな」と思ったのがきっかけで、東京でOLをしていた若い女の子が大規模な米農家を継ぐ話を作りました。ひたすら田んぼで撮影するんですけど、稲はどんどん育つから脚本もない状態で農作業や稲刈りのシーンから撮りはじめて、その冬に頭からケツまで脚本を書きました。
――当日どころか、脚本がない状態でスタートしたんですね。
安田 1回脚本ができた後も、自分の中で腑に落ちてへん部分をいじっていたら、結局毎日渡す形になって……。田んぼで毎日同じような農作業のシーン撮影だから、女優さんも何を撮っているかわからなくなってきて、しょうがないから「普通の顔で田んぼを見回るシーンと、落ち込んだ感じともう1つ3パターン撮っておいて……」みたいなことで結局4年ぐらいかかりました。でも4年もやってると珍しいことも起こるわけですよ。田んぼの稲が全部倒れる「倒伏」というのがあって、それもせっかくだから映画に入れようと思って脚本を変えて、と。
――撮影している4年の間も形が変わり続けていたんですね。
安田 実は、公開して7年たった今もいじり続けてるんですよ(笑)。上映時の舞台挨拶で「なんで女の子が働くのに帽子もかぶらないんですか」という質問が出て、「帽子かぶっているカットを追加撮影した方がいいですね」と冗談を言ったらみんなが拍手したんで、帽子をかぶったカットを新撮しました。
――上映後も追加してたんですか。
安田 あとは去年親父が倒れて自分が百姓するようになったら農家の大変さがやっとわかって、「主人公が田んぼを引き継ぐときの孤独感はあの表現ではちょっと弱いな」と新撮したり。主演のゆうのちゃんがすごくて、最初の撮影から10年経ってるのにゆうのちゃんの姿が全然変わってなくて、どこがいつ撮ったシーンかほとんどわからんのですよ(笑)。
スタッフは全体で10名の「少数精鋭やなくて、単に少数(笑)」
――沙倉ゆうのさんは1作目から全て出演されていて、『侍タイ』でも助監督役で出演されていましたね。
安田 ゆうのちゃんは僕がやっている「未来映画社」の看板女優で、副理事で、実は彼女のお母さんも理事なんです。『侍タイ』を作ることになった時も早い段階から相談していて、それで「助監督役として出演もしてほしいけど、今回は主演じゃないし、どうせ毎日現場に来るのやし実際の助監督もやってくれん?」とお願いしたんです。
――助監督が助監督役を兼任(笑)。スタッフは全体で10名ほどと聞きましたが映画を撮るには少ないチームですよね。
安田 これまでの映画や結婚式などの仕事でいろんな技術は覚えてきて、機材も新しいものをどんどん導入しているから、音声マンと照明さんがいる以外は普通の主婦とか学生ばかりです。少数精鋭やなくて、単に少数(笑)。
――でも時代劇だと衣装や刀など技術が必要なものもありそうですが。
安田 現場では毎日何十人もの立ち回りがあるので刀がボロボロになるんですけど、その手入れもゆうのちゃんとお母さんがしてくれました。京都の撮影所から彼女たちの家まで車で2時間かかるんですが、朝は6時集合なのに撮影の後も1時間くらい残って道具の管理をしてくれて。
「山口さんと冨家ノリマサさんとは何度も喧嘩ギリギリの議論もしました」
――みんな複数の仕事をしていたのですね。そして主演は大河ドラマなどにも出ている山口馬木也でしたよね。本当のお侍のようでした。
安田 山口さんは俳優生活25年で、自主映画ではありますけど長編映画の主役が初めてやからとノリノリでやってくれました。「このホンでこの主役を僕がやれるのはすごく幸運、25年間やってきてよかった」と言って、撮影のためにテレビの仕事断ったりしていて心配になりましたけど。
山口さんと冨家ノリマサさんは本当に『侍タイ』に情熱を燃やしてくれて、何度も喧嘩ギリギリの議論もしました。喧嘩しながらも、撮影が止まるたびに「このセットは1時間3万円かかるんだけどなぁ」と頭の中でチャリンチャリン音がしてましたよ(笑)。
――それだけ気合を入れて作った映画だけに、監督が1人でチラシも配っていたと聞きました。
安田 さすがに俳優さんにお願いはできないですからね。最初は街中で配ったんですが反応ゼロ。映画館の前で出てきたお客さんに配るようになって、ようやく受け取ってもらえるようになって。
――そこから3週間で100館を超えるハイペースで一気に拡大しました。『カメ止め』以上のスピードですよね。
安田 ハイペースすぎて映画の知名度もメディア露出も追いつかない中、箱だけが用意されている感じでした。TOHOシネマズなんて、初回上映を500席の大きなスクリーンで5回分やってくれたんですよ。コケたら大損するような危ない橋を一緒に渡ってくれているわけやから、そこにすごい痺れたし、かっこええなと思いましたね。
――本当にいろんな人に助けられてできた映画なんですね。
安田 でもやっぱり、一番はゆうのちゃんに頭が上がらないですね。女優としてのいい時期を僕の作品に捧げてもらってしまって、すまなかったなと思ってます。『侍タイ』で少しは返せてたらいいんですけど。
(田幸 和歌子)
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