「ヒグマの駆除はもうできん!」怒りの声を上げる北海道の猟友会…ヒグマ駆除ハンター“猟銃許可取り消し”の衝撃
文春オンライン / 2024年11月3日 6時10分
地元住民がヒグマの出没地点を指差す ©黒田未来雄
「驚きを通り越して呆れた。今後我々はヒグマの駆除はできなくなるが、それでもいいのか?」
10月18日に札幌高裁が出した判決に対し、北海道猟友会会長・堀江篤氏は語気強く語る。猟友会メンバーがヒグマを駆除した際の発砲が危険だったとして、北海道公安委員会が猟銃の所持許可を取り消した処分を、札幌高裁が法的に妥当だと判断したのだ。
全国的にクマの出没が問題となっている今、北海道で一体何が起きているのか。住民の安全は、誰がどのように守るべきなのか。元NHK「ダーウィンが来た!」ディレクターで、ヒグマを撃った経験のあるハンター・黒田未来雄氏が関係者の声を聞くとともに駆除が行われた現場を取材した。(全2回の1回目/ 後編 に続く)
◆ ◆ ◆
市の要請「子グマであっても駆除してほしい」
まずはこれまでの経緯についてまとめる。多少複雑ではあるが、今回の一件を理解するのには必要なことと思われるので、ご容赦いただきたい。
ことの発端は、6年前にさかのぼる。
2018年8月21日早朝、北海道猟友会砂川支部支部長の池上治男氏は、住宅が点在する山間部にヒグマが出没しているので駆除してほしいと、砂川市の要請を受け出動した。
現場には、池上氏以外にも、市役所職員、警察官、もう1人の猟友会ハンター(A氏)の3名がいた。ヒグマはまだ1歳にもならない子グマだったため、池上氏は駆除の必要性はないと判断した。しかし市職員は、その地域で2日前からヒグマの目撃が相次ぎ住民の不安が高まっているため、子グマであっても駆除してほしいと要請、池上氏は駆除の決断をした。
子グマはササが茂った斜面に隠れ、池上氏は銃を持って斜面の下の空き地に入った。斜面の上には道路があり、その先には民家もあった。そこで市職員と警察が民家を回り、住民に家の中に隠れるように指示し、その後、自分たちの安全を確保するため斜面上の物置の陰に隠れた。もう1人のハンターA氏は池上氏の指示により、ヒグマが斜面の上の道路に逃走しないかを警戒するため、銃を持って斜面の上に回った。
弾は首の付け根に命中し…
池上氏はライフルを構えたまま発砲のチャンスを待った。午前7時45分ごろ、ヒグマが立ち上がり、上半身が見えた。池上氏は「撃つぞ!」と周囲に聞こえるように大声をあげ、銃弾1発を発射した。弾は首の付け根に命中し、ヒグマは絶命した。
その後、池上氏、A氏、警官と市職員が集合し、ヒグマの死亡と、他に何も問題がなかったことを確認しあい解散した。ここまでは極めて順調な駆除だったと言える。
ところがこの年の10月4日、A氏は池上氏が撃った弾が跳弾(弾が岩などに当たり予測不能な方向に飛んでいく)して自分の銃にあたり、銃床(銃を構えた時に肩に当てる木製の部分)を破損したとして、砂川署に被害申告を行った。捜査を行った砂川署は、池上氏の発砲は違法だったとして検察庁に事件を送致した。しかし同庁は本件を不起訴処分とした。
銃で狩猟をするには、「狩猟免許」と「銃の所持許可」が必要だ。池上氏もその2つの免許を持っていた。A氏の告発に対し、狩猟免許を管理する北海道知事は、池上氏の狩猟免許の取り消しは行わないものとした。
一方で、北海道公安委員会が「銃所持許可を取り消し」
一方で、銃の所持許可を管理する北海道公安委員会は、2019年4月24日に池上氏の銃所持許可を取り消した。ただし取り消しの理由は、A氏の銃床が破損したからではなく、池上氏が撃った銃弾が、背後の建物に到達する可能性があり危険な発砲と判断される、というものだった。
発砲の際、ハンターは獲物の後ろに「バックストップ」があることを確認する義務がある。バックストップとは、山の斜面などを指す。銃弾が獲物から外れる、あるいは貫通した場合、その弾をバックストップが受け止めることになる。発砲者以外の人間や器物の安全を守るための鉄則だ。
池上氏は、自身の発砲は危険なものではなく、公安による猟銃所持許可取り消し処分は裁量権の逸脱・濫用であるとして札幌地裁に提訴した。地裁の裁判官は、自ら現場検証を行った。そして、ヒグマの後ろにあった斜面の高さが8メートルあり、池上氏が発砲した位置からは背後にある建物の屋根の一部が見えるか見えないか、という状況だったことから、バックストップの存在を認めた。また、そもそも公安による猟銃所持許可取り消しの理由にはA氏の銃床破損は含まれていないため、その件に関しては審議の対象外とした。そして2021年12月17日、札幌地裁は、池上氏の主張をほぼ全面的に認める判決を言い渡した。
これを不服とした北海道公安委員会は、札幌高裁に上訴した。再度、今回は高裁の裁判官による現場検証が行われた。その結果、ヒグマは8メートルの斜面の中腹に立っており、バックストップと見なされるのは上部3メートルほどで、しかもその部分は斜度が緩く跳弾の可能性があり、バックストップとしては不十分だったと判断した。またA氏の銃床破損についても、池上氏が放った弾が跳弾したことで起こったと認めた。札幌高裁は今年10月18日、池上氏の発砲を、A氏及び市職員、警官3名の命を危険にさらし、周辺建物に損壊を与える可能性があったものとして、一審を完全に覆す判決を言い渡し、池上氏が敗訴した。
池上氏は最高裁に上訴することを決めている。しかし、最高裁で行われるのは、法的判断のみで、事実関係の再確認などは基本的に行われない。池上氏の弁護士である中村憲昭氏によると「非常に厳しい戦いになるだろう」とのことだった。
高裁判決により北海道中のハンターに動揺が走った
ヒグマの駆除に協力することで、銃を取り上げられてはたまらない。一審で池上氏が勝訴した時、北海道中のハンターが安堵した。しかし二審の敗訴により、動揺が走っている。
取材者である私は、2017年から銃による狩猟をしているハンターだ。ヒグマの駆除に携わったことはないが、狩猟で獲ったことはあり、ヒグマについてある程度の経験は持ち合わせている。今回の札幌高裁による判決が妥当なのか、客観的に確かめたいと思い、池上氏に取材を申し入れ、問題の現場も見させてもらった。
知りたかった点は大きく2点。「バックストップが機能していたのか」と「跳弾の危険性はあったのか」についてだ。
〈 「車で体当たりしてでもヒグマを止めるしかない」地元住民からは強い不安の声が…ヒグマ駆除で“猟銃許可取り消し”渦中のハンターが語ったこと 〉へ続く
(黒田 未来雄)
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