「邦画は全然ダメだ。僕らが8ミリで撮っている方が面白いんじゃないか?」黒沢清監督を動かした“不遜な思い”
文春オンライン / 2024年11月6日 6時0分
©藍河兼一
〈 サム・ペキンパーの真似で8ミリ映画制作を始めた黒沢清監督が、大学時代に出会った未来の映画作家たち 〉から続く
立教大学で入ったサークルで本格的な8ミリ映画制作を始めた黒沢清監督。同時期、人生に大きな影響を与えることになる出会いがあった。好評インタビューシリーズの第6弾。(全4回の2回目/ 3回目 に続く)
蓮實先生の授業で人生が変わった
―― 蓮實重彦先生の映画表現論は、立教に入る前から知っていたんですか?
黒沢 蓮實さんの名前も何も知らなかったんですけど、1年生で入ったらそんな授業があるので、映画の授業を受けて単位をくれるならこんないいことはないという感じで、わりと気軽に受けたんです。それは衝撃でした。その後の僕の人生すべて、映画を作ること自体も含めて、がらりとそこから変わっていったんです。僕は立教大学に5年間いたんですけど、後半商業映画の現場にも行っていたので全部は出られなかったんですが、行ける限り蓮實さんの授業は受けました。強烈でした。
―― 蓮實先生のどこが衝撃的でした?
黒沢 やっぱりもっとちゃんと映画を見なきゃいけないということですね。映画に何が見えているのかということと真剣に向き合えということ。あれだけ映画を大好きで見ていたのにもかかわらず、よく見るとこんなものが映ってるじゃないか、と気づかされた。蓮實さんに指摘されて、確かにそれが映っていると知ってビックリしたことは、大きな衝撃です。撮っている側も、間違いなく意識的にそれを撮っているんですね。あるいは場合によっては、普通は映りそうなのに、あえてそれを撮っていない。だから、映画を見ることでいろんな発見があるということから地続きで、撮る時も、じゃあこれを撮るんだ、これはあえて撮らないんだと、考えていくことに直結していきました。
―― 僕も4年間蓮實先生の授業を受けていたんですけれど、同じ衝撃を感じました。「次の週までにこの映画を見てきて」と言われて、次の週に学生が答える時、お話がどうとかテーマが何だとか言ったら駄目で、先生は「何が見えましたか?」という聞き方をしてました。「何が映ってました? それはどういう意味だ?」と。その見方が全く新しかった。それが、作り手はどういうつもりで撮っているんだという意識に変わっていくんですよね。
黒沢 そうですね。そういった非常に具体的な授業を通じて、映画って大好きだったわけですけど、好きで見ている、好きで撮っているというレベルじゃない、本気で人生かけて映画とは何なのか解明していく価値のあるものだと分かった。
学園闘争もの『SCHOOL DAYS』『しがらみ学園』
―― PFF(ぴあフィルムフェスティバル)が始まったのはもうちょっと後ですよね。
黒沢 そうです。その1年先。まだPFFとは呼んでませんでしたけど、ぴあフィルムフェスティバルが始まりつつあった頃ですね。
―― 『しがらみ学園』が入選しました。
黒沢 それはもう少し後、僕が大学5年生で撮ったのがそれです。入選した時、僕は卒業していたんじゃないかな。
―― 学園内でスパイものをやる感じでしたね。
黒沢 そうですね。あの頃はああいうものにはまってましたね。ほとんど大学の中だけで、ちょっとした、スパイものなのか、学園闘争ものとか当時呼んでましたけど、一種の学生運動のパロディみたいなものを。ジャン=リュック・ゴダールの影響が大きいと思うんですけれども、アメリカ映画の偽物みたいなものをあえてやる。途中で拳銃が出てきてパンパンと撃ったりする。しかもほとんどが立教大学の中というようなものを、楽しく撮っていた時期ですね。
―― やっぱりゴダールを意識していたんですね。
黒沢 もちろんそうなんですけど、その前に『SCHOOL DAYS』というのを撮っているんです。それも学校の中でバカなことをやるという、スパイ映画めいたものなんです。もちろん蓮實さんの影響は強いんですけれども、『SCHOOL DAYS』を撮るに当たって直接的に影響を受けたのは、早稲田の映研の、年齢は一緒なのかな。学年は1個上の、長尾直樹監督(注1)が撮った『THE GREAT ADVENTURE OF PHOENIX』という1時間半ぐらいある大作なんです。僕はそれを早稲田の8ミリ映画祭で見て、ビックリして。その場で長尾さんに「これ、立教で上映してもいいですか?」と言って、実際立教で上映したぐらいなんですけど。第1回目のぴあフィルムフェスティバルの入選作です。長尾さんはそののち、東北新社に入ってCMを撮られつつ、何本か映画も撮りましたね。その後のお付き合いはないんですけど。その『THE GREAT ADVENTURE OF PHOENIX』が早稲田大学の中で妙な戦争映画、スパイ映画もどきのものをやっているもので、それに非常に強い影響を受けた記憶があります。
―― アクション映画をペキンパーのパロディでなく、違う形でやる、お手本にするものが違ってきたんでしょうか。
黒沢 そうですね。小中もご存じだと思うんですけど、1970年代後半の当時、学生が撮る8ミリ映画というと、たいてい2つのパターンがあったんですよ。1つは恋愛ものですね。男女の大学生が知り合って、車で湘南の海に行こう、みたいなものですね。もう1つは、明らかに『仁義なき戦い』などの影響で、学生なんだけどサングラスなんかして新宿の裏通りとかを歩いている、ヤクザ映画、チンピラ映画のモノマネ。僕はそのどっちも嫌だったんですよ。かといってサム・ペキンパーのようなガンアクションみたいなものも絶対できないと分かっていた。『暴力教師』も『不確定旅行記』も『白い肌に狂う牙』も、恋愛映画でもなければヤクザ映画でもなく、試行錯誤していたんです。そうした時に、僕は長尾さんの映画を見た。僕の中にアメリカのアクション映画好きというベースはあったので、そこから全くかけ離れてはいなくて、恋愛映画ともヤクザ映画とも違う、そしてそこに蓮實さんから叩き込まれた、ゴダールの『アルファビル』などを代表とする、こういう言い方をしていいのかどうか分からないですけど、メタシネマですよね。映画についての映画でもある。長尾さんの映画を見た時に、「あ、この方向があるな」と分かって、『SCHOOL DAYS』『しがらみ学園』というところになったんだと思います。
8ミリで商業映画と勝負する
―― 黒沢さんは僕が現役の頃はもう卒業されていましたが、僕らの代の8ミリをいっぱい見て批評してくださいました。黒沢さんが僕の映画を見て言ってくださった言葉はよく覚えています。「小中の映画は商業映画と同じことをやろうとして、商業映画と比べて至らないところが目に付いてしまう。8ミリ自主映画だからこそ商業映画に勝てるところを戦略として考えないと駄目だ」と言ってくださったんです。
黒沢 自分のことをそっちのけで(笑)。
―― 黒沢さんはやっぱりそういうことを考えて自分の作品を作っていたんですね。
黒沢 それは身に染みてましたよ。アメリカ映画でもヤクザ映画でも恋愛映画でもいいんですけど、本気の商業映画に絶対勝てないなと。どうやったらああでないものができるんだろう……というか、全く同じようなことをやろうとしても絶対できない。小っちゃなモノマネをやるのもいいんですけど、それだと先が見えない気がして。すいません、ちょっと生意気な先輩だったかもしれません。
―― いえいえ。とんでもないです。
黒沢 ただ、本心から言ったと思います。縮小版をやっていても先がないんじゃないかなと。今できることの最大限は何かを探したいよねと、正直な気持ちとして申し上げたかもしれません。
―― 黒沢さんの映画は、映画館にかかっている映画に比べてもこの部分で勝っているとか、映画として違う面白さがあるとか、そういうものを狙っていたんですね。
黒沢 実際は非常に恥ずかしい仕上がりだったとは思いますが、そういう野心はありましたね。というのは、本当に生意気で自信過剰だったんだろうと思うんですけど、日本映画はまったく駄目だと思ってました。アメリカ映画やイタリア映画とかには、かなわないような映画がいっぱいあるんですけど。「ベルトルッチとかすごい」とかですね。日本映画でももちろん深作欣二さんとか素晴らしい方もいるんですけど、70年代後半から80年代にかけては全然駄目だなと。当時の新作日本映画という枠で見たら、僕たちが8ミリで撮っているほうがまだ面白くない?という、非常に不遜な思いはありましたね。たぶん石井聰亙さんとか大森一樹さんとか、みんなそれはあったんだと思います。それは生意気ながら、僕たち8ミリ映画の世代がそののちだんだん商業映画に進出していく原動力になったのかもしれないと思います。
撮影 藍河兼一
注釈
1) 長尾直樹 映画監督、CMディレクター。代表作『東京の休日』『鉄塔武蔵野線』『アルゼンチンババア』。
〈 「今思い出しても恥ずかしい」黒沢清監督が初めてプロの現場を体験した沢田研二主演『太陽を盗んだ男』 〉へ続く
(小中 和哉/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)
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