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「こんなものは公開しない」日活が異例の納品拒否した黒沢清監督のロマンポルノ作品が『ドレミファ娘の血は騒ぐ』になったわけ

文春オンライン / 2024年11月6日 6時0分

「こんなものは公開しない」日活が異例の納品拒否した黒沢清監督のロマンポルノ作品が『ドレミファ娘の血は騒ぐ』になったわけ

©藍河兼一

〈 「今思い出しても恥ずかしい」黒沢清監督が初めてプロの現場を体験した沢田研二主演『太陽を盗んだ男』 〉から続く

 いま日本映画界を第一線で支える映画監督たちには、8ミリ映画を自主制作し、才能を見出され、商業映画にデビューした者たちが少なくない。今年『蛇の道』『Chime』『Cloudクラウド』と公開作が相次いだ黒沢清もその一人。自身、自主映画出身監督であり、黒沢監督の大学の後輩でもある小中和哉氏が聞き手として振り返る好評インタビューシリーズの第6弾。(全4回の4回目/ 最初 から読む) 

『神田川淫乱戦争』で商業映画デビュー

―― 『神田川淫乱戦争』ができたのは、ディレクターズ・カンパニーという母体があったからですね。

黒沢 そうですね。会社ができて1~2年後ですかね。根岸吉太郎さんが「黒沢も商業映画を撮らないとまずいんじゃないの?」とおっしゃったのがきっかけでした。それは僕に言ったというより、全体の会議で、「黒沢がいつまでも8ミリ監督や長谷川和彦の助監督じゃまずいでしょう」と言って。僕自身、そんなにまずいと思ってなかったんですけど、みんなで会議が始まったんです。

―― そうなんですか。

黒沢 根岸さんと大森一樹さんは、それはやっぱり低予算とはいえATGでデビューすべきだと。ATGでちゃんとしたものを撮っているので、新人のデビューはATGで作家的にデビューすべきだという意見なんです。でも、高橋伴明さんとかは「ピンクだってデビューできるよ」と言って、黒沢はどっちであるべきかと喧々諤々。僕はボーッと聞いていたんですけどね(笑)。「お前はどっちがいいんだ?」と振られて、「早く撮れるほうでどっちでもいいです」と言ったら、伴明さんが「ピンク映画だったらたぶん一番早く簡単に撮れるよ」と言うので、『神田川淫乱戦争』で商業映画デビューすることになったんです。

―― 作品の内容はかなり自由なものでしたが、制約を受けずにやらせてもらえたんですか?

黒沢 はい。今思うと、本当に自主映画ノリだったですね。こっちはほとんど『しがらみ学園』とか『逃走前夜』の流れの、そんなものを撮る気でいましたね。

―― 正にそんな内容でした。

黒沢 プロ意識はまるでないですよね。

―― でも、プロは照明がすごいってお話がありましたが、神田川の中に入って渡っていくナイトシーンでの照明が素晴らしかったですよね。

黒沢 そういうのはちゃんとしようとしていたんですけど、内容は……。高橋伴明さんも、「予算とスケジュールがちゃんと守られているならば何をやってもいいのがピンク映画なんだ」と言うものですから。

―― ピンクの映画館で公開されて、反響とか評判はどうだったんですか?

黒沢 その頃って、反響というものがよく分からない。僕自身が反響のことを何も気にしていなかったですし。

―― 映画会社はどう言っていたんですか?

黒沢 ミリオンフィルムは、いいも悪いも言わないんですけど、二度と声をかけないという感じでしたね。

―― そんな感じですか(笑)。怒られなかったですか?

黒沢 怒られもしないです。「こんな妙な映画ができて、面白い、面白い」って自分たちで言っていて終わり。当時、ピンク映画はヒットするもしないもないわけですよ。3本立てぐらいで上映されて。

日活ロマンポルノから一般映画に変更された『ドレミファ娘の血は騒ぐ』

―― 次に日活で撮ることになります。

黒沢 そこから僕の苦難のキャリアが始まるんですけどね。小中にも出ていただいた。

―― 僕も出演者の一人でした。

黒沢 まだ20代でしたけど、『神田川淫乱戦争』では特に怒られなかったから何の反省もせず。そうしたら、日活が「ロマンポルノを撮らないか」と言ってきたんですよね。

―― 日活から言ってきたんですか。

黒沢 日活から言ってきたんです。「もちろんやりますよ」と言って、脚本を書いて撮ったのが、出ていただいた『女子大生・恥ずかしゼミナール』です。伊丹十三さんまで出てくれて。洞口依子さんのデビュー作というトピックもある。撮影はなかなかきつかったですけど、かなりやりたいことをいろいろ盛り込んで、力の入った作品でした。

―― そうですよね。ミュージカルシーンもありました。

黒沢 こちらは失敗したとも悪いとも思っていなかったんですけど、日活が……まだラッシュの時点でしたけど。「こんなものは公開しない」と言ったんですよね。

―― その理由はエッチなシーンがないから?

黒沢 なくはないんですよ。理由は、結果分からずじまいなんですけど。

―― 『ドレミファ娘の血が騒ぐ』になってからだと、エッチなシーンって、僕と麻生うさぎさんが絡んだシーンだけですよね。

黒沢 いやいや、あったんですよ。僕たち、そこまでアコギなことはしない。ちゃんといくつか撮ったんですけど、そののち、『ドレミファ娘』として再編集して公開する時に、エッチなシーンがあると成人指定になってしまう。そうなると、公開される場所が本当に限られるので、最低限にしてくれと言われて削ったんです。

―― それで、残ったのが僕のシーンだけだった。

黒沢 そうです。あれは大丈夫だというので。

―― あのシーンに関して聞きたかったんですが、あれ、逆回転で撮っていますよね?

黒沢 そうそう。逆回転だった。

―― 反復運動だから映画で見るとあんまり分からないけど、気を付けて髪の毛の動きに注目すると、不思議な動きをしている。あれはどういう狙いだったんですか?

黒沢 何でしょうね……ごめんなさい、何の狙いかは覚えてないんですけど。それは『神田川』の時もそうなんですけど、絡みのシーンのようなものをどう撮るかというのは……つまりもっと言うと、撮らなきゃいけないので撮るんですけど、あんまり撮りたくなかったんです。だから、ヘンテコリンにしたいという欲望はあったんです。しっとりと、すごくよくできた絡みのシーンなんて全然撮りたくないので、撮るけど変にしたい。『神田川』の時も、中抜き(注1)したり。普通じゃないようにしたいという一つの思いつきが逆回転だったんだと思います。ああいうポルノっぽいシーンは、若い頃から本当に得意でなかったんですね。暴力シーンとなるとがぜん頑張るんですけど。得意でないのに「ピンクなら撮れるよ」とか「日活ロマンポルノを撮りませんか」と声をかけられたら「やります」と言ったのが、そもそもの間違いの始まりなんですけど。それでも「撮りゃいいんだろ」と居直って逆回転で撮ったりして、やりたいことは他にあるんだといってやったのが、見事に日活の逆鱗に触れたわけです。

―― 日活の納品拒否は僕らもショックでした。でも、その後、一般映画として『ドレミファ娘』として作り直されたのは、黒沢さんにとっては理想に近づいたかたちだったんですか?

黒沢 撮ったものが無駄にならず、パルコ劇場で公開されて、ああいうものにしては結構客が入ったんですね。変なものだということで。それはもちろん伊丹さんとか洞口さんの力もあったんですけれども。だから、結果としては決して悪くないことになったんですけど、僕の中では、本当に商業映画というものの恐ろしさというか、僕たちが8ミリでやっていた自主映画とは全く違う、商業映画のそそり立つ壁みたいなものをものすごく感じた作品ではあった。なので、この壁を無視して自主映画で行くか、何とか乗り越えて向こうに行くか、あわよくば崩したいんだけど崩れるのかという、どの選択で今後映画にかかわっていくんだろうというのを考えさせられる事態にはなりました。

※その後、『スウィートホーム』やVシネマを撮られた時のお話も興味深かったのですが、字数の関係で掲載できません。完全版は今後予定されている書籍版でお楽しみください。以下、インタビューの終盤だけ掲載します。

―― 最近、黒沢さんはフランスとの合作も多くなってきましたが、日本映画の中でではなく、世界の映画の中でいかに突き抜けるかみたいなことを考えて作られているんですか? 

黒沢 あんまりそういうことを深刻に考えてはいませんが、しかし、やはりアメリカ映画は腐ってもアメリカ映画というか、別格。ひどいものもいっぱいあるんですけど、アメリカ映画の本当にすごいものは今も昔もかなわないなと思います。ですから、日本映画でそれに対抗しようとしてもどうしていいか分からない。まっとうに対抗できれば美しいんですけど、よくできたハリウッド映画とは違うものを目指すしかないんだろうというのは、今でもそう思います。いろんな国の映画があってすべて見ているわけではありませんけど、どの国もそれなりにちゃんと考えている人は、ハリウッド映画との距離を考えている。真似してもたぶん無理だなと。じゃあ、どうやって違うものにするかということを、あれこれ工夫して作っていらっしゃるんだろうと思いますね。僕も日本で撮る限り、そうなんだろうと思います。

―― 8ミリを撮っている時は、商業映画には規模的にかなわないから、違うことで勝つ戦略を考えよう、と作られていましたが、その延長線上で、今はハリウッドに勝つための戦略を考えているのですね。

黒沢 勝つというか、勝てないので、それでも映画を撮り続けていく根拠をつかむには、違う方向をということだと思いますね。

―― その結果としてフランスで評価されて、そっちの資本で撮ることにつながってきたのかなと思います。

黒沢 フランスも、ハリウッドに対抗しても無理だからどうしようと、いろいろ試行錯誤している。韓国も同じだと思います。だから、世界中、やっぱり相変わらずハリウッド映画はすごいなということからの距離として、自分の国で皆さんやってらっしゃるのだろうと思います。

注釈
1)中抜き 1カットの中で動きの途中を飛ばした編集をすること。ジャンプカット。

(小中 和哉/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)

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