「いい子でいようって思っていました」虐待きっかけで非行に走った少年(17)が、それでも親からの暴力を正当化してしまう“哀しい理由”
文春オンライン / 2024年11月11日 6時0分
写真はイメージ ©AFLO
本人や家族、周囲の人間関係……。さまざまな問題に端を発し、非行に走ってしまう少年少女がいる。彼らは何を思い、どのように未来を見つめているのか。
ここでは、作家、映画監督の中村すえこ氏の著書『 帰る家がない少年院の少年たち 』(さくら舎)の一部を抜粋し、虐待され続け、明日が見えなかったコウタ(17)のエピソードを紹介する。(全4回の1回目/ 続き を読む)
◆◆◆
「お兄ちゃんが、最初殴られてて……」
コウタは私と同じ4人兄弟だった。私は4姉妹の末っ子に生まれたから「すえこ」という名前になったと話すと、僕は2番目です、と笑顔で教えてくれた。
コウタの家族は現在6人家族だが、幼稚園の年長くらいから養父、母、兄とコウタの生活が始まった。それより前の記憶はなく、実父の記憶はもちろんない。その後、妹、弟の順で生まれ、コウタはお兄ちゃんになった。
「下の妹、弟はかわいい?」
「はい。最近は生意気になりましたけど」
さっきと同じ笑顔で答えてくれた。
「私、自分の子どもが4人いるんだけど、うちは仲良しなの。コウタのうちもそう?」
さっきまでの笑顔が消えた。
「悪い。僕だけ悪いです」
「僕だけ悪いの? なんかそれ、変な言い方だけど……」
「他人から見ればすごいいい家族なんだろうなって。でも僕から見ると……そうじゃない」
ふと、私が幼い頃、普通の家に生まれたかったと思っていたことを思い出した。私の父は働かず酒を飲んでは暴れていた。父は酔うと泣き言ばかりだった。母を殴る父が嫌だった。そして、殴られる母を見るのがつらかった。
他人から見ればすごいいい家族って、じゃあ、コウタの目には家族はどう映っていたんだろう。
「それはずっと?」
「ずっと、っていうか、僕が小学校に上がったくらいからそうなんです」
養父との生活が始まったすぐ後ってことだ。
「お父さんに自分だけ違く扱われてるとか、それか子どもたちを邪魔にするとか?」
首を横に振る。
「お兄ちゃんが、最初殴られてて……」
急に声が小さくなった。コウタは小さい頃の記憶を話しはじめた。
両親に殴られた兄、両親と兄に殴られたコウタ
最初に父、母の両方から殴られるようになったのは、3歳上の兄だった。理由はわからない。そして、両親に暴力を振るわれた兄は、その腹いせに弟のコウタに暴力を振るうようになった。それはコウタが小学4年生になるくらいまでつづいた。
兄は家出をくり返し、非行(犯罪)行為が進んでいった。そして同時期、どういった経緯かわからないが、兄は施設に入れられた。施設に移った兄は、コウタが中学生になるまで自宅に戻ってくることはほとんどなかったという。親が拒否したのか、本人が帰りたくなかったのかはわからない。兄は施設を出た後も、家に帰ってくることはなかったという。
「じゃあさ、お兄ちゃんがいなくなったわけだから、コウタは殴られなくなったってこと?」
コウタはまた首を横に振った。
「今度は両親からの暴力がコウタに?」
そして、うなずいた。
「お兄ちゃんは、非行少年みたいな感じで。それを見てて、自分はああなりたくないなと思いながら、お兄ちゃん方の道に少しずつ近づいちゃっていたみたいで」
「どういうこと?」
「だからお母さんたちはそれを、やめてほしかったみたいで……」
「その、お父さんとお母さんのやめてほしい気持ちが、暴力っていうか、そういう形になっちゃったっていうこと?」
コウタがこくりとうなずく。
核心の部分はわからないが、両親がなぜコウタと兄を殴っていたかは、コウタの記憶の中から見えてきた。
柱に縛りつけられて放置され……
当時、養父はトラック運転手をしており、母はパチンコ屋の店員だった。コウタが小学生になると、父は夜勤で留守が多くなり、母は夜も居酒屋で働きはじめた。日中も夜も兄と2人で留守番をしながら、母親の帰宅を待った。
「お母さんってどんな人なの?」
「小さいときは、すごい怖かった」
コウタが母親に怒られたときのことを話しはじめた。
小さいとき、もう何をしたか覚えていないくらい前の話だ。住んでいたアパートの一室で怒鳴られ、玄関の外に放り出された。母親はアパートの2階部分を支える柱にコウタを縛りつけ、そのまま放置した。コウタはそのときのことをこう話す。
「とにかく怖かった。近所のおばさんたちが部屋から出てきて、縛られている僕を携帯カメラで撮っていて、誰も助けてくれなかった」
殴られるのは「自分が悪いから」…
コウタは母親のことを、「怖かった」としか言わない。
「暴力ってさ、日常的にあったの? それとも、ぶたれる前にこういうことがあったとか、何かがあったときにやられてた?」
「親の言うことを聞いてないときです」
「例えばどんなこと?」
「何かってことではなく、親がこれをやめろ!とか言ってることをやめなかったら、殴られる。お兄ちゃんは、かかとを踏む踏まないでボコボコにされてました」
「かかとって靴の?」
「はい。踏まないって注意して、また踏んでたから殴られる。嘘ついたからってさらに殴られる。もう、顔パンパンになってた」
「どっちに?」
「それはお父さん。馬乗りにされて」
「そんときはお兄ちゃんも小学生だよね?」
「小学校6年生か5年生」
「お母さんは止めに入ってくれなかった?」
「入ってない。一緒に怒鳴ってる」
「お前が悪い、みたいな?」
コウタがうなずいた。
コウタの話だけを鵜呑みにしてはいけないが、コウタにとって、親は自分を攻撃してくる人になっていたということだ。
暴力はコウタが中学生になってもつづき、家に帰りたくない気持ちはますます強くなっていた。
ちゃんとしていないと殴られるから、とコウタは言っていたが、私はその言葉がとても気になった。
「いい子にしていないといけない、ってこと?」
「そうしてないといけないし、そうできない自分が悪いから」
自分が悪い? コウタはそう言っているが、できない子どもは悪いのか。できないことをひとつひとつ教えていくのが子育てで、それができる楽しみがあるというのが親なんだと思うが……。
「なんでいい子にしていないといけないって思ったの?」
「お父さん、仕事で疲れてるし、約束とか守らない自分が悪いから、そうゆうことしないように、いい子でいようって思っていました」
コウタの話からは家族団欒の様子がまったく浮かんでこなかった。
両親に気を使い、いい子でいなきゃ許されない状況は、安心できる居場所ではない。私の家も父の機嫌で空気が変わってしまう日があった。私たち子どもに暴力を振るうことはなかったが、重くピリピリした空気が流れる家は居心地が悪かった。
父の機嫌が悪いのは、私の責任だったのだろうか。コウタの両親が「いい子じゃないから」と子どもを殴ることは許されることなのだろうか。
環境を選択することができない子どもは、その現状を受け入れるしかない。こうやって自分を犠牲にしている子どもたちは社会にどれくらいいるのだろう。
「家にいると怖い。違うところで笑っていたい」
中学生になり、友達の多いコウタは学校生活を楽しんでいた。放課後は部活動に参加するなど、まわりから見れば何の問題もない普通の子どもだった。ただ自分が親に殴られていること以外は、だ。
コウタはその事実を、誰にも言っていなかった。
私は、コウタの言っていた「他人から見ればすごいいい家族なんだろうなって、でも僕から見ると……そうじゃない」の意味がやっとわかってきた。
部活に入っていれば、家に帰る時間が遅くなる理由ができる。中学生のコウタにできる最大限の言い訳だ。部活が休みの日は、親に嘘をついて友達の家で過ごしていた。
「17時に部活終わって、学校から家まで30分ぐらいだから、友達の家から自宅までを計算して、いつも通りの時間に家に帰ればバレないと思って」
ある日、友達の家に寄ってから帰宅すると、母親が待ち構えていた。部活に行っているという嘘がバレていた。友達を巻き込むわけにいかない。コウタは嘘をつき通した。
子どもの頃は、親より友達の方が大事だと思う時期もある。嘘をついて友達と過ごすこともある。でも、コウタの場合は少し違う。
コウタが嘘をつくのは、自分を守るためだった。
「家にいても落ち着かないっていうか、なんか怖いっていうか。違うところにいて笑っていた方がいいから」
「私は家に帰りたくないってことがなかったのね。だからそのときって、どういう気持ちだったのかなって。本当は家に帰りたいけど、帰っても怖いとかつらい思いとかするから帰りたくなかった? それとも遊んでいる方に魅力があったの?」
「帰りたくないっていうか、帰れない、かな……」
帰れない、か。頭の中でその言葉を考えていた。私が黙っていると、コウタが自分の発した言葉に重ねるようにつぶやいた。
「帰りたいという気持ちもあるけど、べつに家にいても何か楽しいことあるわけじゃないし、なんで俺だけこんな思いを、という気持ちもあって。でもよくわかんない気持ちで……」
「そんなふうに言ってくれる人、いままでいなかった」
中学生になり、体も心も大人になってきている。自分のされていることがどういうことかも気づいているだろう。力で対抗することもできるし、自分の感情だってある。
しかし、たとえ自分を殴る親であっても、嫌いになれない気持ちがあるのがわかった。「僕が悪い」——そう思えば、親の暴力を正当化できる。コウタだけではなく、そう思うことで自分を納得させている子どもは大勢いるのかもしれない。
「いままで、学校の先生とか友達の親とかには、そういうこと話したことってある?」
「小学校のときの先生は、親のことを知っていたと思います。中学でも……。でも何も言われなかった」
「助けてくれたっていうか、心配してくれた人はいないの?」
「1回だけあります」
友達のところに遊びに行ったときのことだ。何気ない会話の中で、その子のお母さんに、「家で何してるの?」と聞かれた。コウタは、ご飯とか家のことはだいたい自分でやっていると話した。「なんでやってるの?」とさらに聞かれて、「親が店やってて、お父さんも夜遅く帰ってくるから」と話した。
そして数日後、その友達のお母さんが、コウタの母にその会話を伝えた。友達のお母さんがコウタの母にどう話したかはわからない。結果、その次の日の朝、勝手に他人の家に行ったりするな、余計なことを言うなと、母親にひどく怒られた。
「そう、言われてどう思った?」
「ダメなんだと思った。もう言っちゃいけないんだと思った」
「言った自分が悪かったって思ったの?」
「そう思ったのと、諦めと半々」
コウタはそう言ったが、私はそう思えなかった。
「嘘をついたことも、誰かに話したことも、私は悪かったって思えない」
コウタが目を見開いて私を見た。
「嘘をついたのはいけないかもしれないけど、だって嘘をつかないといけない状況だったじゃん。その環境ってつらいよ。まわりの人にSOSを出したときもそう。コウタひとりではどうにも変えられない環境にいて、つらかっただろうなってすごい思う」
コウタは私に向かって、
「そんなふうに言ってくれる人、いままでいなかった」と言った。
〈 「ここにいたい」「家に帰りたくない」…少年院生活に依存するコウタ(17)が明かした“意外な本心” 〉へ続く
(中村 すえこ/Webオリジナル(外部転載))
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