「ここにいたい」「家に帰りたくない」…少年院生活に依存するコウタ(17)が明かした“意外な本心”
文春オンライン / 2024年11月11日 6時0分
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〈 「いい子でいようって思っていました」虐待きっかけで非行に走った少年(17)が、それでも親からの暴力を正当化してしまう“哀しい理由” 〉から続く
本人や家族、周囲の人間関係……。さまざまな問題に端を発し、非行に走ってしまう少年少女がいる。彼らは何を思い、どのように未来を見つめているのか。
ここでは、作家、映画監督の中村すえこ氏の著書『 帰る家がない少年院の少年たち 』(さくら舎)の一部を抜粋。窃盗を犯し、少年院に収容されたコウタ(17)のエピソードを紹介する。(全4回の2回目/ 続き を読む)
◆◆◆
少年院の矯正教育
コウタの収容されている多摩少年院は、2023年に創立100周年を迎えた歴史ある少年院だ。日本で最初にできた少年院で、少年矯正の転換期をすべて経験してきた少年院でもある。
少年院には、家庭裁判所の決定により保護処分として送致された少年が収容される。収容期間はおよそ1年で、その間、在院者の特性に応じて体系的・組織的な矯正教育がおこなわれている。
法務省によれば、矯正教育は、善良な社会人として自立した生活を送るための基本的な知識や、生活態度を身につけるための生活指導、職業上有用な知識や技能を身につけるための職業指導、教科指導、体育指導などが組み合わされている。
現在、少年院は第1種から第3種に分類されており、多摩少年院は第1種にあたる。どの少年院に送致されるかは家庭裁判所で決まる。少年院の分類はこのようになっている。
【第1種】 心身にいちじるしい障害がない、おおむね12歳以上23歳未満の少年が収容される施設
【第2種】 心身にいちじるしい障害のない、おおむね16歳以上23歳未満の、犯罪傾向が進んだ少年が収容される施設
【第3種】 心身にいちじるしい障害がある、おおむね12歳以上26歳未満の少年が収容される施設
基本は男女別の施設だが、第3種となる医療少年院は同じ施設になる。そのほか、刑の執行を受ける16歳未満の者を収容する第4種少年院があり、また、令和4(2022)年の少年法改正により、保護観察中の重大な遵守事項違反があった場合に、特定少年(18歳・19歳)を一定期間収容する第5種少年院が新たに設けられた。ちなみに、本書執筆時において、第4種少年院には、まだ1人も収容されたことはない。
多摩少年院は関東近県の1都10県において、第1種少年院送致決定を受けた、おおむね16歳5ヵ月以上の少年を収容する施設だ。第1種少年院では、矯正教育課程として、社会生活適応を円滑に進めるための各種指導をおこなう社会適応課程ⅠT(A1)、対人関係スキルを養い、適応的に生活する習慣を身につけるための各種指導をおこなう支援教育課程ⅢV(N3)などがおこなわれている。
N3は平成30(2018)年4月から新たに矯正教育課程として指定された。これは、対人コミュニケーションが苦手で、非社会性の強い傾向がある少年が対象である。生きづらさを抱えている子どもは、社会だけではなく、少年院にもいるということだ。
なお、保護者、少年本人も自分がどのような指導を受ける対象になっているかは知らされていない。
少年院での生活
少年院に収容されてから出院するまでの期間、少年の処遇段階は3つに区分されており、3級から1級へと進級していく。各段階に応じて、具体的な目標や指導が分かれている。
【3級】自己の問題改善への意欲の喚起をはかる指導
【2級】問題改善への具体的指導
【1級】社会生活への円滑な移行をはかる指導
成績はA~Eと5段階に分かれており、A~Cが合格、E、Fは不合格となる。学校と同様、成績判定会議で判定され、不合格の場合はその月の進級は認められない。簡単にいうと違反行為や問題を起こせばE、F評価となり、少年院にいる期間が長くなるということだ。
コウタは現在2級生で、ここまで順調にやってきたと言っていた。
コウタのように施設での生活経験があったり、少年院に入るのが2回目、3回目の少年はみんな口を揃えて、最初の少年院がいちばんキツかったと言っている。良くも悪くも施設慣れしてしまうということだ。
7月に入り、コウタと多摩少年院で出会ってから2ヵ月が過ぎ、コウタは1級生になっていた。
1級生になったということは、そろそろ出院後について考えていかなければいけない時期だ。コウタは以前、少年院を出たくないと言っていたが、いまはどう思っているのだろう。コウタに聞くと以前と返答は変わらず、「家に帰りたくない」だった。
コウタは犯罪をしていた頃、毎日、今日の寝床と食べ物の心配をしていた。犯罪をしつづける生活には、安心して過ごせる日はなかったという。いつまでもこんな生活を送っていられないと思いながらも、帰る家がない状態は精神的にもキツかったようだ。
「ここにいたい。殴られないし、危険もない」
それに比べると、少年院には規則はあるが、犯罪の生活よりよっぽど清潔な毎日が送れる。ご飯も出てくるし、安心して寝られる。外の社会になかったものが全部ここにある。しかし……。
「それでも、早く帰りたいって思うことない?」
「ないです」
「時期が来たら帰らなければいけないじゃない。一生いられるわけじゃないからさ。出院を考えなくちゃいけない時期だし」
「ここにいたいです」
コウタは考える間もなく答えた。
私の驚いている顔を見て、コウタはつづけて言った。
「ここにいたい。ここにいれば、相談できる大人もいるし、殴られないし、危険も感じない。自分のことに集中できるから」
「社会が怖すぎます」
耳を疑ってしまった。たしかにここ数年、少年院で出会った少年たちから、少年院に来てよかったということを聞く。いわく、社会ではこんなに自分のことを考えてくれる大人はいなかった。初めて信じられる大人に出会った——。
しかし、それでも自由である社会に早く帰りたいのが本心であって、私は、ここに残りたいというコウタの言葉に驚きを隠せなかった。
「ここは安全で、自分を認めてくれる場所でもあるからってこと?」
「そうです。絶対的に居場所があるから。社会が怖すぎます」
「それが帰りたくない理由か。それでもさ、出院して彼女や心配してくれた友達たちとの生活とか想像することないの?」
コウタは首を横に振り、暗い表情になった。
「できないです。自分のいい未来が想像できなくて。再犯してしまう未来ばっかり考えてしまう」
でも……と、コウタが何かを言いかけた。
「思っていることがあったら何でも言っていいんだよ。ここで話したことは『調査』にならないから」
調査と聞いて、コウタは笑った。
調査とは中で規律違反をしたときなどにくわしく調べられることで、警察の取り調べのようなものだ。少年院では外の社会での生活状況や自分が捕まった内容などを話すことは規律違反で、破れば調査対象になる。
調査にならないと聞いてホッとしたのと、その言葉の意味を知っている私も同じ側の人間だということに、思わず笑みがこぼれたようだ。
「相手の人生に自分は必要ない」
「ここに入ったときは、現実を受け入れられないっていうか。彼女と友達のことをずっと考えていました」
「前に、犯罪やめろって言ってくれた子たちだよね」
「はい。早く会いたい気持ちばっかりで、どうやったら早く出れるかなとか、どうにか会うことができないかとばっかり考えていて」
「私もそうだったよ。待っている仲間のことばかり考えてた。それが自分の大事なものだったからさ」
「どうやってすればあの子たちを幸せにできるのかなとか、ここで何をやんないといけないのかなとか。あと、次何やろうかなって、悪いことを考えてしまうこともありました」
正直なコウタの言葉に、自分の過去を思い出してしまう。まったく反省していなかった私に比べれば、コウタの「悪いことを考えてしまう」なんてかわいいものだ。
「それ、最初のときのことだよね。いま、1級生になってどう思っているの?」
「いまは、大切な人たちのことはもういいやってなったのと、あと社会に出て、助けてくれる大人がいないなら、自分ひとりでやるしかないなと思った」
「えーと、まず整理して聞くね。大切な人のことはもういい、って思うようになったのは、なんでそう思ったの?」
「相手の人生に自分は必要ないから」
コウタはきっぱり言い切った。
「なんでそう思うの?」
「自分が幸せにできないから。そこまでの力が自分にはないってわかったから」
「それってどういうことかな」
「ここの先生(法務教官)にも、『自分が幸せじゃないのに、人をどうやって幸せにするんだ?』って言われて。『いや、でも、幸せにするんです』って言ってたんですけど」
「うん」
「考えていくうちに相手を幸せにするって、ただ、自分の自己満じゃんとか。じゃあ自分はその人をどのぐらい幸せにできるかとか、自分はどうやってあの人を笑顔にすればいいんだろうな?とか考えていくうちに、自分には無理だなとか。自分がいない方が相手の幸せになるんじゃないとか思った」
コウタの幸せにしたい気持ちはどうして一方通行なのだろう。誰かを幸せにしたい気持ちも、自分が幸せになりたい気持ちも両方持ってていいのに、コウタの言葉からは自分の幸せについて一切感じられない。
まるで誰かのために尽くすことが義務であり、誰かのために自分を犠牲にしているように私は思えた。
幸せについてもう一度、考えて
誰かの笑顔が自分を笑顔にしてくれ、自分の笑顔で誰かが笑う。これが自然なことだと私は思う。コウタにも笑顔になってほしいと思った。
「先生が言うように、自分が幸せじゃないのに、相手をどうやって幸せにするのっていうのも一理あるなと思うんだけど、たとえば彼女がすごく嬉しいことがあって、幸せそうにしてたら……」
「僕も幸せです」
私の言葉のつづきをコウタが言った。
「でしょ? じゃあ、きっとその大切な友達もそうだよ。コウタが幸せだったら、その人たちも幸せを感じるよ」
コウタは黙って私の話を聞いていた。
「先生が言った、自分が幸せじゃなかったらどうやって他人を幸せにできるのって、他人の幸せを考えなくていいってことじゃなくてさ、自分が幸せになることも、相手も幸せになることも大事ってことじゃないのかな」
コウタに伝えたいことがうまく言葉にできないのがもどかしかった。
どうしてもコウタに、幸せについてもう一度考えてほしい。彼なりの幸せの定義を見つけてほしかった。いまのコウタは自己犠牲しているだけだ。
「コウタが不幸になってまで友達を幸せにしなくていいし、友達もそれを望んでないと思う。友達が幸せになることで、コウタも幸せでしょ? コウタはコウタの幸せを掴んでるんで、その幸せを掴んでるところを見る友達も幸せを感じられるし、じゃあお互いに幸せになる方法を考えようっていうふうに考えてほしいな」
もっと人に甘えて。ひとりじゃないから
コウタはただずっと私の話を聞いている。
「コウタさ、……もっと人に甘えていいと思う」
その言葉を言った後に、ああ、私はこれが言いたかったんだ、と気づいた。
コウタには家族、友達、犯罪仲間、向き合っていかなければいけない問題がまだまだたくさんあった。
「コウタ、ひとりじゃないから。決めるのは自分だけど、私だって、先生だって一緒に考えていくことはできる。あと、私はね、自分の決断がよくなるように生きてる。選択に間違いなんかない。自分の選択が正解だよ」
(中村 すえこ/Webオリジナル(外部転載))
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