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小学生限定の不良LINEグループから犯罪行為を覚え…窃盗、暴行、恐喝で多摩少年院に収容されたワタル(18)が社会に抱いていた“意外な不安”

文春オンライン / 2024年11月14日 6時0分

小学生限定の不良LINEグループから犯罪行為を覚え…窃盗、暴行、恐喝で多摩少年院に収容されたワタル(18)が社会に抱いていた“意外な不安”

©AFLO

〈 「ここにいたい」「家に帰りたくない」…少年院生活に依存するコウタ(17)が明かした“意外な本心” 〉から続く

 本人や家族、周囲の人間関係……。さまざまな問題に端を発し、非行に走ってしまう少年少女がいる。彼らは何を思い、どのように未来を見つめているのか。

 ここでは、作家、映画監督の中村すえこ氏の著書『 帰る家がない少年院の少年たち 』(さくら舎)の一部を抜粋。追い詰められ、闇バイトで犯罪に手を染めるワタル(18)のエピソードを紹介する。(全4回の3回目/ 続き を読む)

◆◆◆

出院準備寮で起こした規律違反

 2022年7月。

 今日はワタルの仮退院日。17歳で窃盗と暴行、恐喝で逮捕され、多摩少年院に収容されていた。インタビューから1ヵ月ぶりの再会だ。

 取材スタッフと一緒に玄関で待っていると、ワタルと法務教官の先生たちが数人出てきた。「頑張れよ」とワタルと関わりのあった先生が声をかけた。「はい」と先生の声に姿勢を正しながらワタルが答える。

 仮退院には、ワタルの聞き取りを担当してくれた高坂朝人くんも駆けつけてくれていた。高坂くんも非行に走った過去を持つ少年院出院者で、現在はNPO法人再非行防止サポートセンター愛知の理事長として、再非行・再犯防止の活動をしている。

「ありがとうございました」

 ワタルは先生に深くお辞儀し、高坂くんと2人で多摩少年院の入口にある“極楽坂”の方へ歩き出した。

 仮退院時には、見送りに出てくる法務教官の先生の姿を目にするが、先生たちが院生を送り出すというルールが決まっているわけではない。少年の門出を応援する気持ちからの行動だろう。私は法務教官にたずねた。

「先生、ワタルのことを少しお聞かせいただけますか?」

 ワタルは1級生になってから「調査」になったと聞いていた。この時期に調査になるということは、出院延長の可能性もあったはずだ。

 それまではずっと、むしろ優等生側だったワタルが、出院準備寮(1級生が過ごす寮)に移るときに起きたことだった。寮内の雰囲気がよくないことを知ったワタルは、自分がその雰囲気を変えるんだという気持ちで転寮したが、そこで周囲に流されてしまい、規律違反をしてしまった。

 少年院では「自分の話」をしてはいけないという規則がある。自分の話というのは、どこに住んでいる、何の事件をしてここに来たなどの話だ。私がいたときは「社会の話」と呼ばれていた。ワタルはこの社会の話で調査になった。

出院後、誰と出会うか、誰と過ごすか

 先生はこれまで、指導としてワタルにこう伝えていたという。

 ——環境と意思だったら、環境の方が強い、どんなに自分がよくなりたいとか、こんな人間になっていきたいとか、夢とか将来の希望があったとしても、それを叶えられるような環境に自分自身がいないと、なかなか自己実現というものには結びつかない。

 その通りだと思う反面、環境がよければうまくいくわけではないことを、私はよく知っている。

 与えている側が満足だろうと思う環境は、少年たちにとって十分じゃないこともある。これは指導者、支援者の課題だ。

 そもそも「何があればよかったのか」という問いの答えが見つからない少年の方が多いのではないか。「いい環境とはどんな環境?」ってことだ。

 まわりの人は「少年院で更生してる」と思うだろうが、実際に考えてみてほしい。少年院の生活期間は1年だ。その期間を「1年も」と思う人もいるだろうが、私にしてみたら「たった1年」だ。これまで生きてきた価値観を、たった1年で変えることはかなり難しい。

 少年たちの価値観を常識で考えたらダメだ。親に虐待されていた少年は「暴力」という方法しか解決策を知らなかった。幼少期から親の薬物使用を見ていた少年は薬物への抵抗がまったくなかった。自分が望んでその価値観を持つようになったわけではないことも知ってほしい。

 1年という期間で自分と向き合いながら、「変わりたいと思えるようになる」こと、また「変わりたいというきっかけと出会う」ことだけで精一杯じゃないかと私は思う。

 だから、出院はゴールじゃなくて社会生活本番のスタートなんだ。

 出院後、誰と出会うか、誰と過ごすかで、その後の生活が決まってくる。

 これからなんだ。

 正直、私はワタルが失敗したのが社会に出てからでなく、少年院の中でよかったと思った。少年院の中でなら、失敗を次につなげることができるが、社会に出たらやり直しができない状況になる場合もある。

 この坂を“地獄坂”として上ることのないように、社会でワタルに関わっていきたいと思った。

「先生、お話を聞かせていただき、ありがとうございました」

 ワタルに届いているかどうかはわからない。それでも寄り添い、何度も何度も伝えていくことに意味がある。

再犯しないために「頼れる人に頼る」

 ワタルと高坂くんは、玄関を出て桜の木を通りすぎ、銀杏並木のあたりまで進んでいた。

 桜も銀杏も緑の葉が茂り、空は快晴だった。

「ワタル、今日仮退院だけど、何か心配なことはある?」

 高坂くんがワタルに話しかけた。

「社会が不安でしかないです。交友関係とか」

「自分できっかけをつくるしかないんだよね」

 高坂くんの言葉にうなずきながら、ワタルはこう言った。

「ここでつながった人や、地元の人との距離感とか」

「再犯しないように気をつけることって何だっけ?」

「頼れる人に頼る」

 合言葉のようにワタルが答えた。これは、インタビューでワタルとした会話だった。 

 門扉で待っているワタルの両親が見える。取材はここまでの約束だったが、父親が少しだけ話を聞かせてくれた。

「これから、進学でも仕事でも、やりたいことをやればいいと思っています。応援するつもりです」

 隣にいる母親はうなずきながら、ワタルを優しい目で見守っていた。

 仮退院は、卒業式に似ていると私は思う。送り出す先生とこれから先を応援する両親。みんなが見守るなか、ワタルは仮退院を迎えた。

 そして——。このときは、まさかワタルが重大事件に関わってしまうことになるとは誰も予測していなかった。

ワタルのインタビューを読み返す

 彼の幼少期はどんなふうだったのか、親に対して、友達、犯罪についてどう感じていたのかが知りたくて、インタビューすべてを読み返した。

 ワタルは4人兄弟の末っ子だった。お兄ちゃんたちは逮捕されることはなかったがヤンチャな感じ。男の兄弟たちに揉まれて育った。

 ワタルは体操やサッカーを習う元気な子どもだったが、小学6年生くらいから斜視を理由にいじめの対象にされた。これまで一緒だった友達からいじめを受け、自分の居場所が見つからなくなったと話す。

 次に見つけた居場所は非行友達だった。万引き、バイクの無免許運転……、次々と犯罪行為を覚えていった。小学生限定の不良LINEグループがあったという。これにはとても時代を感じた。

 中学になると、これまでの非行行為は「お金のため」に形を変えていく。盗んだブランドものを転売し、恐喝でお金を稼ぐ。行為はエスカレートしていった。ワタルは家出をくり返し、このときは親との関係性も悪く、親に怒られ殴られることもあったようだ。

 そして中学3年生のときには、窃盗と集団道路交通法違反で逮捕されてしまう。家庭裁判所の審判の結果、ワタルは赤城少年院(群馬県前橋市)に収容されることになった。赤城少年院は第1種に分類され、ここは中学生を収容することができる。義務教育と同じ授業が受けられるということだ。中学生のワタルはここで半年間を過ごすことになった。

 しかし、両親は家裁のこの審判の結果に納得できないと、高等裁判所に不服を申し立てる「抗告」をし、見事認められ、ワタルは実質2ヵ月で少年院から社会に戻れることになった。

 抗告とは、裁判の結果に対して不服を申し立てる簡易な上訴手続きで、法律が特に定めている場合に限り申し立てることができる。「司法統計年報」を見ると、令和4(2022)年中の抗告事件は、受理の総数358件。そのうち、既済(結論が出たもの)332件、未済(年末までに結論が出ず、翌年に繰り越したもの)26件とある。

 統計上はここまでしかなく、既済332件の内訳は公表されていないが、親しい家裁調査官、法務教官、保護観察官に聞いたところ、抗告が認められることは一様に「ごくわずか」「めったにない」という反応だった。

犯罪集団の暴走族が「唯一の居場所」

 少年事件は家庭裁判所の審判で、抗告は高等裁判所の裁判官が判断をくだす。これにより審判の判断基準だけでなく、さまざまな視点で判断されることになる。私自身、多くの少年と出会っているが、抗告が認められたケースは初めて聞いた。ワタルはそのごく稀なケースだったということだ。

 社会に戻ったワタルはその後高校へ進学したが、のちに中退してしまった。自由と持て余す時間がワタルの非行を加速させ、暴走族に所属するようになった。

 暴走族はすでに化石状態かと思っていたが、形を変えて現在も存在していたことに驚いた。形を変えてというのは、暴走と喧嘩をしていた私の時代の暴走族とは違い、なんでもありの犯罪集団になっていた。

 年齢幅もかなり広く、ワタルが入った暴走族はネットニュースになることもあった。上からの指示は詐欺の受け子を探すこと、チームに勧誘することだった。勧誘は、人数が増えればケツ持ち(暴力団関係者など後ろ盾となっている者)に上納金を用意する兵隊が増えるからだ。耐えられなくて飛んだ(逃げた)やつは、インスタで顔と名前を出され、公開処刑される。それでもワタルはこう言っていた。

「自分の唯一の居場所だったっていうか……。ここが自分にとって居心地がよかった」

 ワタルは寂しかったのかな。インタビューを読み返していて、そんなふうに感じた。

社会でのワタルとの再会

 自分を認めてくれる居場所が欲しかったのは私と同じ。あのときは自分の寂しい気持ちに気づかなかった。ワタルも私と同じように、自分を認めてくれる存在しか信じられなかったのかもしれない。

 ワタルが仮退院してから1週間が過ぎていた。彼から連絡はくるだろうか。

 信じて待つしかない。

 そして、3週間を過ぎた頃だろうか、高坂くんから「ワタルとつながりました」と連絡が入った。

 11月、ワタルが仮退院してから4ヵ月後、渋谷で会う約束をすることができた。

 コロナ禍かも収束に向かいつつあり、渋谷は人であふれ返っていた。

 待ち合わせはハチ公前。高坂くんと2人でワタルを待った。

「あれ、あの子じゃない?」

「いや、もっと身長高いですよ」

 私の問いかけに高坂くんが答えた。

「あっ!」

 高坂くんが右手を上げて歩き出した先に、ワタルの姿が見えた。

 ワタルはスリムジーンズにTシャツ、髪の毛もセットされていた。少し痩せたように見える。メガネはなく、コンタクトになっていた。

 改札口を間違えて出てしまったそうだ。きっと走ってきたのだろう、額には汗が滲んでいた。

 高坂くんとワタルはハチ公を背に、横断歩道に向かって歩きはじめた。会話は聞こえないが、2人が笑顔で話しているのがわかる。

 2人を追い越して、後ろ向きで歩きながらカメラを回し、その様子を撮影した。フレーム越しに見る2人は、久しぶりに会った友人同士に見える。

 こうして少年院の中からつながり、社会で再会できるのはとても嬉うれしいことだ。再会し、無事、映画の撮影を継続できたことに安心した。

 渋谷駅を出てミヤシタパークの屋上(宮下公園)まで上がり、ベンチを見つけて腰をおろした。

「よく来てくれたね。遠かった?」

 高坂くんがワタルに話しかけた。

「はい。あ、いえ、はい」

「出てきて、悪いことをしちゃってました」

 ワタルは正直に答えてしまった後に、気を使うところだったと思ったのか、曖昧に返答した。ワタルの人のよさと子どものような一面だ。

「気を使わずにしゃべっていいんだよ。その方が嬉しいよ」

 私がそう声をかけると、ワタルはうなずきながら笑顔になった。

「家から駅までの足がなくて、後輩に送ってもらいました」

「免許のある後輩か?」

 と私が笑いながら突っ込むと、みんなも笑い、撮影のときのなごやかな雰囲気を思い出した。

「いまのバイクのケツに乗る話もそうだけどさ、出てから犯罪をしてしまうことあったん?」

 高坂くんの言葉に、ワタルは高坂くんをチラリと見た後に、「はい」と答えた。

 一歩離れて見ていた私の場所からは、暗くてワタルの表情は見えないが、うなずいて答えているのがわかる。

「出てきて2週間は、悪いことをしちゃってました」

「わ、わ、悪いことしよったん?」

 ワタルの言葉に驚き、高坂くんはあわてた様子で聞き返した。

 出てから2週間後に悪いことをしてしまったのではなく、出てからすぐ犯罪をしてしまったということだ。少年院での誓いは一瞬で消えたということか。

「いまは頑張れてます!」

 ワタルもあわててそうつけ足した。

「どんなことしちゃったん?」

「大麻とか、暴走行為とか、無免とかです」

 ワタルは出てからすぐに犯罪をしていた。少年院では社会が不安といい、地元の友達との関係性を心配していたが、その不安や心配とは社会に受け入れてもらえるかどうかだったのか。それとも悪い友達に受け入れてもらえるかどうか、ということだったのか。

 環境と意思だったら、環境の方が強い——。

 少年院の先生が言っていたことを思い出す。先生の言うように、環境に流されてしまったのか。

〈 「脅されて、彼女の家とか調べられていて」少年院仮退院→強盗殺人未遂で逮捕…ワタル(18)が再び犯罪に手を染めてしまうことになった“恐ろしい経緯” 〉へ続く

(中村 すえこ/Webオリジナル(外部転載))

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