「脅されて、彼女の家とか調べられていて」少年院仮退院→強盗殺人未遂で逮捕…ワタル(18)が再び犯罪に手を染めてしまうことになった“恐ろしい経緯”
文春オンライン / 2024年11月14日 6時0分
写真はイメージ ©AFLO
〈 小学生限定の不良LINEグループから犯罪行為を覚え…窃盗、暴行、恐喝で多摩少年院に収容されたワタル(18)が社会に抱いていた“意外な不安” 〉から続く
本人や家族、周囲の人間関係……。さまざまな問題に端を発し、非行に走ってしまう少年少女がいる。彼らは何を思い、どのように未来を見つめているのか。
ここでは、作家、映画監督の中村すえこ氏の著書『 帰る家がない少年院の少年たち 』(さくら舎)の一部を抜粋。少年院退院後、周囲から追い詰められ、闇バイトに手を染めてしまったワタル(18)のエピソードを紹介する。(全4回の4回目/ はじめ から読む)
◆◆◆
「強盗殺人未遂で10代の少年を逮捕」のニュース
その後、何度かワタルと会う約束をしたが、体調不良などを理由にキャンセルされていた。
連絡はとれており、暴走族のことで警察に相談に行った報告や、お金を貸してほしいとお願いされたと高坂くん(編集部注:NPO法人再非行防止サポートセンター愛知の理事長)から聞いていた。ワタルに何かよくないことが起きていると思わざるを得ない状況だった。
感じていた危機感はある意味、勘に近いものだったが、お金がどうして必要か聞いても、自分の欲しいものを買うためとしか答えない。法的な相談窓口、必要なら警察へ行くことをすすめたが、こちらの言葉が届いているように感じられなかった。
ワタルにとって、私たちは「信頼できる大人」になれていないのだろうか。
年が明け、やっと約束ができた2023年2月○日、ワタルの家の近くまで行くことになっていた。しかし、この日も体調不良を理由にドタキャンされてしまった。
「ワタルに何か起きていることは間違いないと思います」
高坂くんは、お金を貸してほしいという連絡がきたときのことを言っているようだ。
急なお金が必要になるときは、先輩から集金の命令が入ったりしていることが多い。騙されたりや、ハメられてお金が必要になる場合もある。
「私たち、ワタルに寄り添えてないのかなー」
高坂くんが私の方を見て、その言葉を呑み込んで考えているのがわかった。高坂くんに言ったわけじゃなく、自分の心の声が出てしまっただけだ。でも、高坂くんも同じことを思っているようだった。
人に寄り添うことはとても難しい。ワタルは何を求めているのだろう。
ワタルからドタキャンされた翌々日、テレビのニュースが耳に入ってきた。
「2月○日、強盗殺人未遂で○○県○○市在住の10代の少年を逮捕した」
高坂くんからすぐに連絡がきた。LINEにリンクが貼られていたのは地方で起きた強盗事件のニュース。この10代の少年がワタルかもしれない、というのだ。
まさか、まさか、と思ったが、しかし、絶対違うという確証もない。高坂くんがワタルの父親に電話し、事実確認をすることになった。
「特定少年」は保護処分か、刑事処分か
ワタルの父親はこちらからの突然の電話に動揺していたようだが、事実を教えてくれた。
ニュースはやはりワタルのことだった。私たちと会う約束をしていた翌日に逮捕され、現在は20日間の勾留がつけられたそうだ。事件のことはまだ父親も深く知らない。
逮捕された場所はワタルと家族が住むマンションだった。たくさんの刑事がマンションとその周辺を囲み、ワタルは家族の目の前で逮捕された。
手錠をかけられたワタル、その姿を見る家族。母親の気持ちを考えると、話を聞いていた胸が苦しくなった。
現状は、このまま再逮捕がなければ、20日間の勾留が切れるタイミングで鑑別所に送られることになる。
そして、ここからが重要なところだ。ワタルは事件時は18歳。逮捕時には19歳になっている。彼は「特定少年」となり、強盗事件は逆送される可能性が大いにあるということだ。
今後20日間の勾留の後は、鑑別所に約4週間、その後、家庭裁判所の審判を受ける。この審判で保護処分、少年院送致となれば少年法の扱いとなり、審判で逆送(検察官送致)になった場合、身柄は拘置所に移動し、地方裁判所での裁判となる。成人と同様に刑事裁判の扱いということだ。裁判になった場合は、判決まで半年以上はかかると思われる。
両親は、ワタルの逮捕から10日後に県警から呼び出され、約5時間の取り調べを受けた。
そのときに警察から、ワタルが1日2時間ぐらいしか寝られてないと伝えられ、ワタルの母親は、心労で追い詰められている状態と聞いた。
このときには、父親は国選弁護人と電話で話しており、弁護士は逆送にならないことを目指しているそうだ。だが、万が一逆送になり、起訴されたら、実名報道になることは避けられないだろう。
まさか、こんなことになってしまうなんて……。誰もがそう思っていた。
とにかく私たちはワタルの面会に行くことを決め、計画を立てた。
面会のチャンスは、取り調べが終わり、所轄の鑑別所に移送された後から審判までの、数日間しかない。
3月○日、少年鑑別所でワタルの両親と待ち合わせた。先に着いた高坂くんと私が受付で面会の希望を伝えたところ、窓口で保護者の同意を得ているかを確認された。鑑別所は誰でも面会できるわけではなく、少年に必要だと思われる人でないと面会ができない。保護者が来るのを待ち、職員が保護者に確認。同意が取れたところでやっと先に進める。
「捕まってホッとしてる」
数十分待って、職員に呼ばれた。ワタルの母親が小走りに自販機に駆け寄り、ずっと握りしめていた小銭を自販機に入れた。手に持つジュースはワタルの好きなジュース。母親は冷たくおいしいジュースを飲ませてあげたくて、直前に買ったようだ。
たったそれだけ、それだけの行動であったが、母親がどれだけワタルを思っているかが伝わってくる。いまにも倒れそうな母親は、ワタルのために精一杯の元気を出しているように見えた。
面会室に入り、しばらく待つと鑑別所の先生に連れられてワタルが部屋にやってきた。入り口のドアで私たちを見た後、ずっと下を向いている。
ワタルの父親が、高坂さんと中村さんが来てくれたぞ、とワタルに声をかけた。
椅子に座ったワタルは、下を向いたままうなずいた。部屋はしんと静かだ。ワタルの涙がズボンに落ち、すすり泣く音だけが聞こえていた。
「捕まってホッとしてる」
「怖かったの?」
私がそう聞くと、ワタルは、「もう悪いことしないですむ……」と答えた。
「キムに脅されて、断ったら何かされると思った」
留置場にいるときよりは、眠れるようになり、ご飯も食べられるようになったと聞いていたが、目の前にいるワタルは明らかに弱っているように見えた。
これから自分がどうなるか、自分がしてしまったこと、不安と後悔で押しつぶされそうなのがわかる。先の話をしなければいけないが、なかなか話すことができなかった。
母親がジュースを飲むようにすすめたが、ワタルは顔を上げることができない。
面会室は時が止まったように静まり返っていた。ワタルのとなりに置かれたジュースに水滴が浮かび、その水滴だけが時を刻むように滴っていた。
しばらく沈黙がつづいた後、高坂くんがワタルに声をかけた。
「インスタのDMでやりとりしてたけど、急に連絡がとれなくなって心配したよ。お金のことで相談されていたけど……。気づいてあげられなくてごめんね」
お金の件について、私と高坂くんは何度も何度もワタルの心情や状況について話していた。しかし、どんなに心配していても一方通行だった……。私たちはどうしたらよかったのだろう。何ができたのだろう。
「脅されて、彼女の家とか調べられていて、断ったら何かされると思った……」
ワタルは「キム」という人物に脅され、今回の事件のほか、狛江の強盗殺人事件にも誘われていたという。のちに「ルフィ事件」として知られる狛江の事件は2023年1月に起きたもので、ニュースで何度も取り上げられていた。
ワタルの話を整理すると、今回起きた事件は2022年12月。狛江の事件は翌1月で、逮捕は2月ということだ。
私たちと渋谷で会った2022年11月から、事件が起きるまでの間に何があったのだろう。
「ワタル、事件はどこからつながっていったの?」
「……闇バイトです」
「死にたい」って思ってしまう
そこで立ち会いの職員から注意が入った。面会では事件の話はしてはいけないことになっている。私たちは保護者と一緒に、ワタルの今後の社会生活に必要な人たちという枠で面会を許可してもらっていたからだ。
高坂くんと私はここまでだね、と顔を見合わせた。規則を破るつもりはなかったが、知りたい気持ちが先走ってしまった。
「弁護士さんとか調査官に、いまの自分の気持ちとかそのときの気持ちとか伝えられてる?」
高坂くんが話を切り替えてくれた。
「今日の午前中に弁護士さんが来てくれて、話せました」
ワタルは泣き止んではいたが、声はまだ震えている。
「ワタル、少年院送致になっても逆送で刑務所に行くことになったとしても、いずれ社会に戻るときはやってくる。そのときのことだけど、僕が運営するグループホームで再スタートをしてみないかなって思っているんだけど」
ワタルにそう話す高坂くんも、過去にやり直しを誓ちかったときは、地元を離れ、新しい土地でイチからスタートした。ワタルの犯した事件や、人間関係のしがらみを考えたら、それもひとつの方法だと思う。
高坂くんは自分が理事長をつとめるサポートセンターのパンフレットを差し入れし、施設の説明をしている。聞いていたワタルは少しずつ落ち着きはじめていた。
「高坂さんはわざわざ遠くから来てくれたんだぞ。お礼言わなきゃだぞ」
父親がそう言うと、ワタルは小さな声でありがとうと言った。
「いいんだよ。『4sホーム』のパンフレットとルールとかの差し入れしたから読んでね」
4sホームは、高坂くんの団体が運営する自立準備ホームの名前だ。
「私は本と便せんと切手を差し入れしたからね。手紙書くね。本は『セカンドチャンス!』の本だよ。人生が変わった少年院出院者たちって本だよ」
面会の残り時間を表示するストップウォッチは、あと数分になっていた。
「ワタル、いま、何を考えてる?」
「死にたいって思ってしまう」
高坂くんの言葉に、ワタルは泣きながら答えた。
両親も私たちも、返す言葉がなかった。母親は涙を流していた。
「お父さんとお母さんのこと、高坂くんと2人でサポートするからね。それも心配なことだよね。安心してね。どういった結果になっても、みんな変わらず、ワタルのそばにいるから」
面会終了時間になり、ワタルは鑑別所の先生と一緒に厚いドアの向こう側へ行ってしまった。
「この実名報道で仕事を失うかもしれない」
それから数日後、審判の日が決まったとワタルの父親から連絡が入った。審判は3月20日と22日、2日間に分けられた。
審判当日、高坂くんと一緒にワタルのところに向かった。
ワタルの審判の結果は、逆送(検察官送致)だった。ワタルは大人と同様に、法で裁かれることになった。
ワタルの父も母も肩を落とし、言葉がなかった。覚悟はしていたものの、現実はやはり厳しかった。
「今後、実名報道もあるということですよね。おふたりはどう思っていますか?」
高坂くんと私とワタルの両親は車に乗って、新宿にある「『非行』と向き合う親たちの会」の事務所に向かっていた。車内で後部座席に座る両親に質問すると、2人は顔を見合わせてからこう答えた。
「あいつが帰ってくる場所がなくちゃって思ってるから。頑張るしかないなって。私たちも生きていかなくちゃいけない。この実名報道で仕事を失うかもしれない。どうなってしまうか正直不安はあるけど、あいつの帰ってくる家がないとだから……」
少年法の改正は誰のためか
両親もよくよく話し合ったのだと思う。ワタルの兄たちも親戚もすべてのことを含め、考えた答えがこれというわけだ。
少年法の改正は、誰のために作られたのだろうか。被害者のためなのか、加害者に必要とされたのか。
実名報道によって、加害者の家族が苦しい生活を送らなければならない状況に、疑問が残る。仕事をなくし、社会から疎外されて生きることは厳しい。
犯罪者だから?
犯罪をした者の家族だから?
だから、仕方ない。そう思う人が社会には多くいるのだろうか。
法律を否定するつもりはない。ただ、改正によりすべての人が幸せになれるわけではないということだ。
人はそれぞれ自分の置かれた立場によって意見が異なると思う。自分が、被害者になったときに、いまと同じ意見を持てるかはわからない。
それでも、誰かを憎む自分より、社会で起きていることは、自分にも大きく関係しているととらえ、何が必要なのかを社会の一員として考えていきたいと私は思う。
(中村 すえこ/Webオリジナル(外部転載))
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