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精神科閉鎖病棟の看護師→どん底の引きこもり→売れっ子作家 秋谷りんこが明かす夢の叶え方

文春オンライン / 2024年11月6日 6時0分

精神科閉鎖病棟の看護師→どん底の引きこもり→売れっ子作家 秋谷りんこが明かす夢の叶え方

『ナースの卯月に視えるもの』(秋谷りんこ 著)

 デビュー作『 ナースの卯月に視えるもの 』(文春文庫)が大ヒットし、快進撃を続ける作家・秋谷りんこさん。本作はシリーズ化が決定し、11月6日に第2巻『 ナースの卯月に視えるもの2 絆をつなぐ 』が発売となりました。10年以上の病棟勤務を経て、作家に転身した秋谷さんですが、今に至るまでには、どん底の日々があったといいます。

小児科はつらすぎた

――『ナースの卯月に視えるもの』のシリーズ化が決定し、第2巻『ナースの卯月に視えるもの2 絆をつなぐ』が発売されました! 秋谷さんは、同作がnote主催の創作大賞2023で「別冊文藝春秋賞」を受賞し、デビュー。本シリーズは、看護師として働いていた経験をもとに書かれたんですよね。

秋谷 13年間、精神科の看護師として病棟に勤務していました。閉鎖病棟に長くいて、急性期の患者さんを担当していました。『ナースの卯月に視えるもの』の舞台は精神科ではなく、長期療養型病棟という完治の望めない患者さんが集う科ですが、私が看護師時代に経験したことが色濃く出ている作品だと思います。

――主人公の看護師・卯月咲笑(うづき・さえ)は、患者が死を意識したときに現れる“思い残し”が視える、という不思議な能力を持っています。

秋谷 “思い残し”の設定は、看護学生時代の実習での経験がもとになっています。死と隣り合わせの仕事であると頭では分かっていたものの、いざ患者さんのご遺体を目の前にしたときの衝撃は、今でも忘れられません。実習時に担当した患者さんは、前日までお元気だったのに、翌朝出勤すると亡くなっていて……。最期の瞬間、患者さんはどんなことを考えていたのか、私は患者さんにきちんと寄り添えていたのか、今でも自問自答を繰り返しています。そんな私の思いが、『ナースの卯月に視えるもの』シリーズには込められています。

――そもそもなぜ精神科を選ばれたのでしょう?

秋谷 私は子どもが大好きなので、もともとは小児科志望だったんです。でも、実習が本当に辛くて……。子どもは、小さな体で本当に一生懸命に病気と戦います。その健気さと向き合う医師、看護師にはとても強い覚悟と精神力が必要なんです。例えば、注射や痛みの伴う検査が嫌で泣いている子どもに対しては、「泣いちゃダメ」とは決して言いません。「いいんだよ、いっぱい泣いていいんだよ、でも手は動かさないでいられるかな?」と真正面から子どもと向き合って、心を通わせて接することができなければ務まらない。酸素マスクをつけてプレイルームで楽しそうに遊ぶ子どもに、理由を説明しながら「一回休もうね」と言わなくてはならない。子どもが大好きだからこそ、私にはできない、できる人に任せよう、と思いました。

 そして、もともと心理学やカウンセリングに興味があったので、精神科に切り替えました。

幼少期は読書嫌いだった

――一方で、作家という職業への興味はいつ頃からあったのですか?

秋谷 高校生の頃から、漠然と憧れていましたね。大学受験で進路を決めるときも、人と関わるか、文章に関わるかで迷って、結果的に人と関わることを選び、看護師を目指したんです。

――小さい頃から本はよく読まれていた?

秋谷 それが、子どもの頃は読書=お勉強のイメージであまり好きではなかったんですよ。私の読書デビューは高校生くらいで、きっかけは教科書に載っていた夏目漱石の『こころ』や安倍公房の『赤い繭』といった日本文学の名作でした。日本文学って面白い! と衝撃を受けて、芥川龍之介や太宰治など有名な作家の代表作をざーっと読みました。文章を書くのも、小さい頃は大の苦手で……。でも、本を読み始めたおかげか、高校生の頃は小論文が一番の得意科目になっていましたね。

――創作も高校時代からなさっていたのですか?

秋谷 いえ、看護師になってからです。創作といっても、数千字くらいの、ショートストーリーを2つ書いただけですが……。看護学校時代は、二度と経験したくないくらい忙しくて、本を読む時間すらなかったんです。看護師になってからも、最初の数年は仕事に慣れることに必死で、創作どころではありませんでした。ただ、頭の片隅に「書きたい」という気持ちは常にありましたね。

――メディアプラットフォームnoteへの投稿は2020年から始められています。

秋谷 看護師の仕事は大好きで、一生続ける気でいたのですが、30代前半で大きく体調を崩して、辞めざるをえなくなってしまったんです。退職後数年はベッドから出られないくらい状態が悪くて、本や漫画を読むこともできなかったし、テレビもスマホも見れなかった。ご飯も食べられなくて、眠れないし……もうどん底でしたね。しばらく療養して、少しずつ読書ができるようになって……外出は難しかったので、家でできることはなんだろう?と考えたときに、自然と「書こう」という気持ちが湧き上がってきました。

 ちょうどその頃、バイク川崎バイクさんが、noteの投稿を基にショートショート小説集『電話をしてるふり』を出版されていたんです。他の投稿サイトは、異世界転生ものや、なろう系が多くて、私の書きたいジャンルとはちょっと違うな、と思っていたのですが、noteならショートショートも書籍化できるんだ! と嬉しくて。もちろん川崎さんは著名な方なので、素人の私とは前提が違うのですが、大きなきっかけになりました。

――noteには小説のみならず、エッセイもたくさん投稿されていますよね。

秋谷 2021年にnote主催のエッセイコンテスト(チームブリヂストン×note「#挑戦している君へ」投稿コンテスト)でグランプリを頂きました。そこでフォロワーさんが一気に増えて、

 自分の文章が多くの方に届く経験をしました。とても嬉しかったですね。

 はじめて長篇小説を書いたのも、2021年です。講談社さんの「小説現代長編新人賞」へ応募して、一次選考に残りました。そこからは、毎年最低1本は長篇を書いて応募していました。

落選したときに自分を保つには

――すごいバイタリティですよね。落選したときは、どうやって次に向けて気持ちを高めていましたか?

秋谷 小説以外にも、毎月、公募にエッセイやショートショートを出していたんです。すると、落ちてもすぐに次の結果待ちがあるんですよ(笑)。長篇小説に関しては、公募に出したらすぐに次の作品を書き始めていました。落ちても、「今書いている作品は最高だから!」という気持ちになれるんです。書き続けて、出し続ける、を繰り返していました。

――小説教室に通ったり、書き方について本などで勉強したりされましたか。

秋谷 どこにも通わず、本も読まず、基本的には自己流でした。ただ、作家の新川帆立先生が登壇されていたnoteのイベント「ミステリー小説の書き方」はすごく勉強になって、めちゃくちゃメモを取りました。ちょうど『ナースの卯月に視えるもの』を書いている最中のイベントだったので、本当にありがたかったです。あとは、基本的に講評をくれる公募を選んで出していましたね。講評を読み込んで、さらに受賞作と落選した自分の応募作を読み比べて……ひたすら地道に書き続けていました。

――そして見事に2023年、『ナースの卯月に視えるもの』が創作大賞で「別冊文藝春秋賞」を受賞しました。

秋谷 前年の2022年の創作大賞は、新しい作品を書く時間がなかったので、他の公募に出して落選した作品を出していました。そしたら中間選考まで残って。創作大賞と私の作品は相性が悪くないのかもな、と翌年はかなり気合いを入れて臨みました。『卯月』以外に長篇を2作品出しました。

――2024年5月に受賞作『ナースの卯月に視えるもの』が刊行されると、大反響を呼びました。デビュー前と後で、書くことへの姿勢に変化はありますか?

秋谷 書くことに関しては、投稿時代と変わらず、ずっと楽しいです。アイデア出し、プロット作り、執筆、改稿、ゲラ作業、どれも面白いです。ただ、小説の読み方は変わった気がします。特に医療ものの小説は、つい意識して読んでしまいますね(笑)。デビュー直後は、私にこんな表現書けるかな? とか、弱気になることもありました。でも、編集者さんにポロッとこぼしたら、「まあ、色んな書き方がありますからね」とめっちゃサラッと流されて(笑)、逆に「あ、たしかに」とすっきりして、自分の作品に集中するようになりました。

――デビュー後は、どのくらい本を読まれているんですか?

秋谷 もともと年間100冊くらいで、デビュー後は少し増えました。今年は現時点で120冊くらいです。読むジャンルの幅が広がりました。これまでノンフィクションは読んでこなかったのですが、リアルを知っているからこそ、小説で書けることが広がっていくのかな、と思って、意識して読むようになりました。最近だと、『女友だちの賞味期限』(ジェニー オフィル、 エリッサシャッペル/プレジデント社)、『安全に狂う方法』(赤坂真理/医学書院)、『がん征服』(下山進/新潮社)が面白かったです。ノンフィクションでしか味わえない凄味を感じました。

――小説のアイデアを見つけるために意識してやっていることはありますか?

秋谷 小説を書き始めてから、アイデアノートをずっと付けています。小説になるとは限らないけれど、面白いと思ったことや、思い浮かんだことを、バーッと書いています。最近だと……「月の表面には地名がついている。ロマンがある!」って書いてますね。あとは、散歩に行くとき、この間にひとネタ見つけるぞ、と意気込んで歩いています(笑)。

サードキャリアは○○

――看護師と作家は一見全く違う職業のように思えますが、両方ご経験されてみて、いかがですか?

秋谷 看護師時代に、人を客観的に見ること、感情的にならずに患者さんと心の距離を適度にとることが習慣になっていたので、無意識に人間を観察しちゃうんです。キャラの設定を考えるときや、執筆時もどこか冷静だと思います。これが良いことなのか分からないですけど……。あと、仕事のやり方は、看護師と作家で意外と似ているかもしれないです。看護師は、患者の急変が同時に起こるなど、限られた時間のなかで、優先順位をつけながら仕事をしなければならないので、そういう姿勢がしみついているんですね。ありがたいことに、最近は色々なお仕事のお声がけをいただいているのですが、無意識に「まず何から取り掛かるか」を頭の中で整理しています。それから、看護師時代に編み出した、パニックになったときに落ち着く方法もたまに使っています。「一回、スンッてする」というごく簡単なことなんですが(笑)。一瞬頭を真っ白にすると落ち着けるように体が覚えているみたいですね。

――執筆前に必ず行っていることなどはありますか?

秋谷 何もないです。ぬるっと書き始めて、集中力がきれたら洗い物をしたり、ご飯を食べたり、猫と遊んだり。最近は複数の作品を並行して書いていて、先輩作家さんのお話を伺うと、頭を切り替えるために作品ごとにテーマソングを決めている方もいらっしゃるのですが、今のところ特に必要なくて。もしかしたら切り替えられていないのかもしれないですが(笑)。はじめてのことなので、今後どんな執筆の仕方がいいのか、走りながら考えていくつもりです。

 ただ、私は幼少期に空想癖のある子どもだったらしく、その部分は大人になった今も変わっていないと思います。家でひとりで執筆することが多いので、現実と小説の境界があいまいというか、「よし!」と気合いを入れることなく書いている気がします。

――セカンドキャリアとしての専業作家をこの先もずっと続けていきたいですか。

秋谷 もちろんです! 仮に商業の世界でなくとも、何かしらの形で文章は書き続けると思います。でも、私は看護師の仕事も大好きなんですよ。もともと、休養して回復したら看護師に戻ろうと思っていたんです。まさかこんなすぐに作家になれるとは思わなかったので……。

――では、サードキャリアは、看護師兼作家、でしょうか?

秋谷 いえ……。少なくともフルタイムで働きながら書くのは無理ですね。現役の医師、看護師としてフルで働きながら執筆されている作家さんもいらっしゃいますが、到底真似できません。でも、憧れはあるんですよ! 現場にいないと分からないことって本当に多いので。うーん、パート勤務なら、ありえなくはないかもしれない……。とはいえ、健康第一なのは間違いないですね。人生を振り返ると、「休養期間があったから作家になれた」と捉えることもできますが、私はそうは思っていないんです。もちろん作家デビューできたことは嬉しいけれど、体を壊さないに越したことはない。健やかに書き続けられるように、自分の体と相談しながら、サードキャリアは考えます!

(秋谷 りんこ/文春文庫)

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