ベテラン・石田衣良が新人・井上先斗に教える実践的サバイバル術!「作家として生き残っていくために」
文春オンライン / 2024年11月15日 6時0分
第31回松本清張賞を受賞し、今年9月『 イッツ・ダ・ボム 』でデビューした井上先斗さん。担当編集が「夢レベルでかまわないのですが、もし作家さんと対談できるとしたらどなたとお話ししたいですか?」と聞いて最初にお名前が挙がったのが石田衣良さんでした。
そして毎年9月といえば大人気シリーズ「IWGP」の新刊が発売される月。今年は記念すべき第20作『 男女最終戦争 池袋ウエストゲートパークXX 』が刊行となりました。
W刊行記念として、新人作家・井上先斗がベテラン作家・石田衣良に「作家としての生き残り方」を教えてもらう対談が実現しました! 本記事ではその模様をお伝えします。デビューを目指すみなさま、必読です。( 「オール讀物」2024年11・12月号 より転載。写真=今井知佑)
◆◆◆
石田 デビュー作『イッツ・ダ・ボム』すごく面白かったです。これはなんで松本清張賞に応募したの? 純文学の賞でも颯爽とデビューできる作品だと思ったんだけど。
井上 自分ではエンタメど真ん中のつもりだったので(笑)。とはいえどSFや本格ミステリーみたいな専門の賞があるジャンルに分類できる作品ではないのは確かなので、松本清張賞なら受け入れてくれるんじゃないかと。あと、純粋に松本清張作品が好きなんですよ。
石田 全く先の想像がつかない本だったのがよかったね。グラフィティライターの世界に新しい謎のスターが出現して、そのスターを追いかけていくうちに真相がわかってきて、最後に当人が登場してそこでもうひとイベント起こる。エリック・アンブラーの『ディミトリオスの棺』みたいだと思ったのだけど、それは意識してない?
井上 直接は意識していませんが、『ディミトリオスの棺』は読んでいます。アンブラーのあの辺の作品の、謎の人を追っていく筋立てはハードボイルドの形式ですよね。今、ハードボイルドを書くならどんなものになるだろうということはイメージしていました。
石田 僕、ほとんどの人にはセンスがいいって褒めることはないのだけど、井上さんは本当にセンスがいい。けどね、センスがいいっていうのは心配なことでもあるんだ。日本のエンタメ小説って「親子の愛情」とか「男女の純愛」とか決まったパターンがあって、そこから外れたセンスのいい作品ってあまり受け容れてもらえないことが多いから。ちなみに、ハリウッド映画で好きな作品はありますか。
井上 『ブルース・ブラザーズ』ですね。
石田 お洒落すぎるな(笑)。
井上 では、『ダーティハリー』とか。
石田 それだ! 井上さんのセンスがいいのはもう分かっているので、次は日本を舞台にして『ダーティハリー』を書いてみるといいんじゃないかな。
井上 刑事の出てくるエンタメに挑戦しろってことですか?
石田 戦略的なことは何も考えなくていい。『ダーティハリー』の面白い箇所だけ小説に引っ張ってくればいいの。キャラクターを変えて書いていくうちに自然と自分の世界になるから。あとは、日本的な抒情を入れることですね。先ほど好きと言っていた松本清張作品だったら、『砂の器』の北風の吹く海辺を親子が歩くシーンみたいな、ああいう絵を1枚見つけて、それを『ダーティハリー』のかっこいい世界の中に溶け込ませる。作品と読者との間に接点を作っていく。これもひとつのエンタメ小説の作り方かな。
IWGPとの出会いから
井上 『4TEEN』を中学生の頃に読んだのが石田衣良作品との出会いです。ドラマ版『池袋ウエストゲートパーク』を母親が観ていた記憶はあって、『4TEEN』の著者プロフィールを見て石田さんってあれの原作者だったんだって知って、小説版を読んでみたら面白かった。そのあとドラマ版も含め後追いで嵌っていきました。
石田 小説もドラマも両方楽しんでもらえてうれしいな。
井上 今回、作中で池袋を出すときに西口は意図的に避けて東口にしました(笑)。石田さんは、デビュー作である『池袋ウエストゲートパーク』がミステリーとして高く評価されたあとの第一長編が『うつくしい子ども』で、クライムストーリー。けれど、その次の『エンジェル』は謎解き要素もあるファンタジー。そして『娼年』でミステリーらしさのない完全な恋愛小説をお書きになります。デビュー作とは全然違うジャンルを書くことに対して不安はなかったんですか?
石田 実は『池袋ウエストゲートパーク』ってドラマがヒットするまで、全然売れなかったの。デビュー作に手応えがなかったから、不安じゃなかったというのが本音だよね。『池袋ウエストゲートパーク』が最初からベストセラーになってたら、似たものをもっと書かないといけないって思いに駆られてたと思う。当時の担当編集者からは、「恋愛小説を書くのはまだ先でいい」って言われたんだけど、僕は割と飽きっぽいところがあるから、ずっと同じものを書いて腕を上げていくみたいなのが性に合わなかったんだよね。井上さんもどこかの段階で、違ったものを書きたいときがくると思うんで、それは今から持ってた方がいいんじゃない?
シリーズ作品の作り方
井上 『池袋ウエストゲートパーク』は応募原稿の時点でシリーズにしようという考えはあったんですか?
石田 実はあった。マコトとタカシを書いていて、これは新しい世界を作り出したんじゃないかって手応えがあったから。
井上 なるほど……『イッツ・ダ・ボム』はシリーズ化前提で書いてないんですけども、インタビューを受けると「続編とかないんですか」と聞かれるんです。石田さんは、もともとシリーズにするつもりはなかったけど続編を書いた作品はありますか。
石田 『娼年』かな。映像化の話も来ていて、僕自身書いてて楽しかったんだよね。ホラーやエロティックな性愛小説って、テーマが決まっている分、作家の腕が試されるよね。
井上 シリーズを長く続ける秘訣として石田さんはよく「ピークを作らない」とおっしゃってますよね。
石田 シリーズ化で大事なことは2つあって、キャラクター造形が良いこと、「ピークを作らない」ことなんだよね。それって「日本そば」と似ている。日本そばって暫く経つとついつい食べたくなるじゃない? これは池波正太郎さんの「鬼平犯科帳」シリーズを読んで学んだことで、「安定して面白い」のが飽きない味を提供できるんだね。シリーズにはそれが最高だと思ったんだ。
小説作法について
井上 一問一答じゃないですけど、小説の書き方について、ここから幾つか質問させてください。石田さんは複数の作品を並行して書いたりすると思いますが、混乱しないように切り替えなどはどう意識されていますか?
石田 混乱することはないです。登場人物の名前がたまたま似て、慌てて直すみたいなことはあるけれど、作品自体のテーマやトーンが違うので、切り替えは簡単。小説ってカラオケだと思うんだよ。演歌のイントロが流れて、マイケル・ジャクソンは歌えないじゃん。
井上 執筆するときのルーティンや、書く前の儀式などはありますか?
石田 ルーティンは絶対に作らないっていうのがルーティン。「あの枕がないと眠れない」っていう人って、旅行ですごく苦労するじゃないですか。小説を書くときにルーティンを作ってしまうとダメだと思う。パソコンや原稿用紙に向かった瞬間に書き出せるのが最高です。
井上 物語の構想はどう練られていますか。僕は書く前にストーリーの流れと登場人物それぞれのプロフィールを細部まで詰め切ってから書いていくんですけど。
石田 僕も書き始めた頃は、脚本のもとになる「箱書き」を作っていました。紙に3つくらい箱(ブロック)を書いて、それにシーンの流れを大まかに書いていく。今も短編を書くときは、箱を3つか4つ作ったりします。
井上 細かいところまで決めるってわけではないんですね。それはやはり想像力を働かせるためですか。
石田 いくつかのイメージを持ちつつ、ストーリーを決め切らないで書いた方が自分自身も楽しいからね。『池袋ウエストゲートパーク』だって、今、井上さんから3つくらいお題をもらったら、それで書けるよ(笑)。
作家になるために
井上 石田さんはかつて作家になるにはそのジャンルの名作を千冊ぐらい読み込んでから書き始めないとダメだとおっしゃってました。
石田 チャットGPTの登場でそこが変わったよね。こんな設定でこういう話を書いてって指示すれば、平均的でそこそこ読める筋が出来上がってくる。ジャンルの先行作品にはこんなのがあるよとかも一瞬で教えてくれる。だからこそ、これからデビューを目指す方には総合力ではなく、一点突破型を目指すことをお薦めするかな。「私はキャラクターのことは無限に考えられるよ」とか、「僕は残酷なシーンが大好きだ」とか、それこそ「セリフを書くのが楽しい」でもいいから、得意な一点だけを磨き続けて、そこで勝負したものを賞に応募した方がいい。もう小説の技術はコモディティ化したんだよ。総合力についてはデビューした後に磨くべきなんじゃないかって、そんなふうに最近は考えが変わってきたね。
井上 賞に応募する時の意識の話が出ましたが、僕も賞のための文章修行みたいなことや傾向と対策みたいなのは余りやった覚えはないんです。ただ、自分の書いたジャンルがカテゴリーエラーにならないかは注意していました。松本清張賞は前年に森バジルさんの『ノウイットオール』という、いろんなジャンルの短編を詰め込んだ連作小説が受賞していたので、これがOKだったら自分の作品も受け入れてくれるだろうなと。石田さんは新人賞に応募される方にアドバイスなどありますか。
石田 新人賞に送るときは調子に乗ったほうがいいよ。恥ずかしがらず、振り切って、絶対に作家になると確信して原稿を書いてほしいな。
プロフィール
石田衣良(いしだ・いら)
1960年東京都生まれ。成蹊大学卒業。97年「池袋ウエストゲートパーク」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。2003年『4TEEN』で直木賞、13年『北斗 ある殺人者の回心』で中央公論文芸賞を受賞。
井上先斗(いのうえ・さきと)
1994年愛知県生まれ。成城大学文芸学部文化史学科卒業。2024年、『イッツ・ダ・ボム』(「オン・ザ・ストリートとイッツ・ダ・ボム」より改題)で第31回松本清張賞を受賞しデビュー。
(石田 衣良,井上 先斗/オール讀物 2024年11・12月号)
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