岡山県“実は第3の町のターミナル”「津山」には何がある?
文春オンライン / 2024年11月4日 6時0分
岡山県“実は第3の町のターミナル”「津山」には何がある?
岡山に倉敷、広島。いくつもの小島が浮かぶ瀬戸内海。瀬戸内の風に吹かれながら目を瞑れば、小柳ルミ子の歌声が聞こえてきそう……。と、とかく中国地方、中でも瀬戸内海沿いは、風光明媚な魅力溢れる町が多い。実は天候も恵まれていて、過ごしやすさという点でも一級品なのだとか。
が、今回やってきたのは中国地方は中国地方でも、そんな瀬戸内とは少し離れた場所だ。
岡山県“実は第3の町”「津山」には何がある?
四国方面の玄関口でもあるターミナル・岡山駅で、新幹線からローカル線の津山線に乗り継いで1時間半近く。周囲を山に囲まれた、津山駅に降り立った。
実は……などというほどのこともないけれど、中国地方はほとんどが山だ。平地部は瀬戸内海沿いと日本海沿いのわずかな地域に留まっていて、それ以外はほぼすべてが中国山地の山の中。中部地方のアルプス山脈のように峻険な山ではなくて標高も低いが、だらだらとなだらかな山が延々と続く。
だから、中国地方の主要都市は海沿いに集まる。中国地方で人口が10万人を越えている都市は、瀬戸内海か日本海のどちらかに面している。中国山地の中は、たくさんの人が住めるような広い平地がないのだから当たり前である。
そんな中、今回訪れた岡山県津山市は、人口約9万5000人。岡山県内では瀬戸内海沿いの岡山市・倉敷市に次ぐ第3位。中国山地の中では、広島や山口の都市を含めても最大の人口を抱えている。つまり、名実ともに中国山地の「中心都市」といっていい。最近では、B'zの稲葉浩志が津山出身ということでも知られていて、今年の夏にも凱旋ライブが行われている。そういえば、朝ドラの主題歌、B'zですね。
ともあれ、そういうわけでB'zの曲を聴きながら津山線のディーゼルカーに揺られて津山駅にやってきた。中国山地最大の都市は、いったいどんな町なのか。
津山駅に乗り入れている路線は、津山線のほかに2路線。ひとつは、姫路から新見まで、中国山地を東西に走る姫新線、もうひとつは山を越えて最後は鳥取に向かう因美線。どちらもローカル色が濃厚で、お客のほとんどは地元の高校生という非電化路線だ。
ただ、少なくともこうして3路線が交わるということで、津山駅はまず第一に鉄道ネットワークの要衝になっているようだ。駅の構内はかなり広く、ホームの端から南西を見ると扇形の機関車庫も見える。
機関車庫はさすがに現役ではなくて、「津山まなびの鉄道館」というプチ博物館として整備されている。ただ、その手前に広がる多くの線路にはいくつかの車両が留置されていて、鉄道運行の拠点であることを物語る。
中国山地を走る鉄道は、山越えに次ぐ山越え。山の中を走ってゆく。蒸気機関車の時代には、山登りのルートは鉄道には厳しいものだった。津山駅のような拠点には機関区が置かれ、山越えの備えをしていた時代があったのだろう。
駅前には何やら人物像が。これは…誰だ?
津山駅の駅舎は、北側にひとつ。立派な橋上駅舎のようなものがあるわけでもなく、昔ながらの小さな駅舎がポツンと建っているだけだ。ただし、駅舎の中にはコンビニも入っているし、駅前はバス乗り場を含めた大きなロータリー。機関区が置かれていた“鉄道の町”らしく、蒸気機関車も展示されている。
そして、蒸気機関車の脇には何やら人物像が。近づいて見ると、箕作阮甫の像だとか。すみません、いったい誰なんでしょうか……。
調べてみると、これがまた実に立派な人であった。
幕末の津山藩出身の医師で洋学者。ペリーが来航した折にはアメリカのフィルモア大統領の親書を翻訳したり、ロシアからプチャーチンがやってきた時には交渉団に加わって長崎に赴いたり。幕府が洋学研究の拠点として蕃書調所を設置すると、箕作阮甫はその首席教授に任命されている。
その後も種痘の普及に貢献したり、多くの外国書を翻訳したりという功績も。近代日本の黎明期にあって、箕作阮甫さんは学問の面からとてつもない功績を残した人なのである。
そんな人のことを知らなかった筆者は不学にもほどがあるのだが、それにしても駅前に近代日本を作った箕作阮甫さん。津山という町は、江戸時代の頃からかなり先進的な地域だったということなのだろうか。
人口約10万人の町にしては妙に駅前が寂しいような…
と、箕作阮甫さんに気をとられてしまったが、津山という町、駅の周りに他に何があるのかと問われると、これが難しい。ホテルやコンビニ、いくつかの飲食店などもあるにはあるのだが、おおざっぱな言い方をすれば、“何もない”というのが正しい。少なくとも10万人近い人口を抱える都市の駅前風景とは思えない。
こういう場合は、中心市街地が駅から少し離れた場所にあるのが常だ。ちょうど、津山駅のすぐ北を吉井川が流れている。きっと、駅前から吉井川を渡った先に市街地があるに違いない。
そう思いながら、駅のすぐ近くで橋を渡る。すると、もう橋の上からも見えるのだ、天満屋の看板が。東京や大阪の人には馴染みがなかろうが、少なくとも中国地方では知らない人がいない(と思う)百貨店・天満屋。
川の向こうの町中に、大きなビルと天満屋の看板。それに、橋を渡った先にも商店街のような町並みが続いているのがわかる。津山駅、橋の向こうが中心市街地なのだ。
商店街を目抜き通りに沿って歩く
橋を渡ってそのまま続く目抜き通りの商店街。少し進んで京町という交差点から西に向かっては、アーケードの商店街が続いている。アーケードの突き当たりには例の天満屋をはじめとする商業施設や図書館、文化ホールなどが入った「アルネ・津山」。アーケードやアルネ・津山の周辺に人通りが少なかったのはたまたまなのか、それともどうか。
アルネの脇から北に向かっても、またアーケードが延びている。そこからまた西にもアーケード。人通りの多寡は別にして、この辺りが10万都市・津山の古くからの中心市街地であることは間違いなさそうだ。
アーケードから分かれている路地の向こうにはスナックが軒を並べる一角も。歓楽街と商店街を兼ねたような、小規模ではあるけれど必要充分。こういう地方都市の商店街というのは、町が刻んできた歴史を感じさせてくれて、歩いていてもなかなか楽しいものがある。
すると、アーケードの一角の駐車場にクルマを止めている地元のおばちゃんに声をかけられた。話してみれば、昔はこのあたり、もっともっと活気に満ちていたのだとか。空き地や駐車場になっているところには映画館もあって、昼夜を問わずの賑わいぶり。町が廃れたというよりは、町外れの国道沿いに中心市街地の機能が移ってしまったというのが本当のところなのだろう。
400年以上前にはじまった今の「津山」
天満屋を中心とするアーケードは、西に及んで県道68号線の大通りにぶつかって途切れる。ただ、町並みとしてはまだまだ続く。というのも、このアーケード、江戸時代から津山の町の背骨のような役割を果たしていた出雲街道にあたる。県道の西側も、出雲街道にはアーケードが架かっていたこともあるという。
実際に足を伸ばしてみると、昭和の面影を感じる商店街の名残のような一角が続き、その向こうには藺田川を挟んで近代の西洋建築のような建物がポツポツと。神社仏閣の集まる寺町も広がっている。
アーケードを抜けた先の出雲街道の町並みは、「城西重要伝統的建造物群保存地区」という。
現在の津山の町は、関ケ原の戦い後に森忠政が18万6500石で入って城下町を築いたことにはじまる。17世紀末からは津山松平氏が入り、10万石の城下町で幕末を迎えている。なかなかの規模の藩といっていい。その時代から、出雲街道が東西に通り、吉井川の舟運で瀬戸内海にも通じるという物流の要衝だった。
中国山地の中といっても比較的開けた盆地であり、古くは美作国の国府も置かれた中心地。人もモノも集まる中国山地の中心都市という性質は、かなり古くから受け継がれてきたものなのだろう。近代以降も鉄道が3路線乗り入れる拠点となって発展してきた。
津山にとって最初の鉄道駅は、中国鉄道(現在の津山線)の津山駅。1898年に岡山駅から伸びてきて開業した。ただ、この津山駅はいまの津山駅とは違い、少し西側にあった。
出雲街道の町並みは、そんな最初期の津山駅で降り立った人々が中心市街地への往来で通る道筋。そのため、西洋建築が生まれるなど近代の息吹と江戸時代の息吹が交差したような町並みが形成されたのだ。
なお、現在の津山駅は1923年に開業した。それに合わせて初代の津山駅は津山口駅に名を変えて、いまは小さな無人駅として営業を続けている。
そして、津山の町には、近代と近世の入り混じった町並みだけでなく、もっと近世の比率が高い町並みも残っている。
アーケードに戻って東に向かうと…
再びアーケードを元に戻って東に歩き、京町交差点を今度は東へ。左手に聳える津山城址を見上げながら20分ほど歩いて吉井川支流の宮川を渡ると、「城東町並み保存地区」に出る。
こちらも出雲街道であるのは同じだが、江戸時代初期から形成が進んだ商人町の面影がほぼ完全に残っている。西洋建築の類いはまったくなく、どこを見渡してもまったくの江戸ワールド。宮川のほとりから東の橋まで、だいたい1kmほども続いている。
観光客の数で言えば、城西よりも城東の方が多いくらいだ。確かに、城西は江戸時代から昭和までが混在している町並みだったが、城東は完全なる江戸ワールドなのだから、観光地としては魅力が大きいのだろう。
ただ、個人的には、町が歩んできた歴史が重層的に感じられる城西のような町並みのほうが歩いて楽しい。どんな町が歩いて楽しめるのかは、人それぞれなのである。
駅前から、吉井川を渡った先の目抜き通りの奥には津山城。町の中心は、まさにその一帯だ。そして、この南北の軸を中心にして、東へ西へ出雲街道。中心部ではアーケードと天満屋、端に離れれば昔ながらの町並みが残る。
そこまで足を伸ばさなかったが、少し中心から外れた国道は、よくあるロードサイドの風景が広がっているにちがいない。津山という町は、そうした江戸時代から令和までの都市の成り立ちが、すべて体感できる町なのである。
〈 「ドライバー不足と聞いてはいたけど…」クルマ社会の公共交通、知られざる“生き残り戦略” 〉へ続く
(鼠入 昌史)
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