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池松壮亮さんが小説『本心』に感動し、自ら企画を直談判。完成した映画を観て、原作者・平野啓一郎さんが感じたこととは――。

文春オンライン / 2024年11月8日 12時0分

池松壮亮さんが小説『本心』に感動し、自ら企画を直談判。完成した映画を観て、原作者・平野啓一郎さんが感じたこととは――。

© 2024 映画『本心』製作委員会

 ついに映画『本心』が公開されました。舞台はいまと地続きにある近い将来の日本、“自由死”を願った母の「本心」を探ろうとした青年・朔也(さくや)が、進化した時代に迷いながらも進んでいく姿を描いた本作品。主演・池松壮亮さんと原作者・平野啓一郎さんの対談を、お届けします。

――まずは平野さんに、小説『本心』執筆の経緯を伺いたいです。

平野 自分はいわゆるロスジェネ世代ですが、この世代が高齢者になったとき、日本はどうなるんだろう、ということを考えていました。自分の子ども世代が社会の中心となる時代になりますが、「生きる」ということを肯定的に捉えられる社会であってほしい――それが、未来の設定にした理由のひとつです。

 もうひとつは、AIが発達してきて、亡くなった人をしのぶとき、昔は肖像画だったのが、写真・動画の時代になり、これからはインタラクション、相互交流が可能な存在が遺影の最新版みたいになるのかな、とか思ったんです。AIと人との共生関係だったり、やっぱり一緒ではないなと思ったり、いろいろ考えたことが、着想のきっかけです。

池松壮亮さんが原作小説を読んだときに受けた衝撃

――2019年9月から新聞・ウェブに連載されていて、池松さんはこの作品に出会われたそうですが、どのようなところに魅力を感じましたか。

池松 ぼくもいろいろあるんですが(笑)――2010年代の終わりごろから、時代の変わり目を、自分自身がものすごく感じていました。存在や実存の翳りみたいなものを、一表現者として、どうとらえるのか。

 そんななかでコロナがきて、2020年夏にこの小説に出会いました。『本心』にコロナは出てこないけれど、アフターコロナがすでに描かれていた――あの暗闇のなかで、自分たちはどこへ向かうのか、まったく見当がつかなかったけれど、『本心』のなかにはっきりと広がっていた。そのことにまず衝撃を受けたんです。

 今ある、あらゆる社会問題が拡張した世界で、彷徨いながらも他者に自分を見出し、揺らぎながら、なんとか生きる実感を手放さないように一生懸命生きている主人公・朔也に魅了されました。

――池松さんが石井裕也監督に話を持ちかけられて、プロデューサーと3人で、平野さんに会いに行かれたそうですね。

池松 俳優が出すぎた真似をしていいのかなとも考えましたが、説得する大きな要因になればと思い、行きました。何より、以前から平野さんの作品のファンだったので、会いたいということもあったし、自分で気持ちを伝えたかった。これだけの小説なので、もう他に手が挙がっているだろうなと思いましたが、たまたま1番でした。

平野 映画化の話はいろいろありますが、実現しないことも多いのでぬか喜びしないように、と思ってました。ただ、俳優さんがどうしてもやりたいと、監督さんと一緒にわざわざ来て下さるのは、なかなか珍しいことです。

 会ってみて、池松さんが映画に対して持っている真面目な考え、実行しようとする意欲に、心を打たれました。『本心』の朔也は、非常にナイーブでピュアな心をもった青年です。この殺伐とした世の中で、懸命に自分で生きていこう、前進していこうとする青年の物語と、池松さんの映画に対する真摯な態度に、響き合うものがあると感じて、その場で「よろしくお願いします」となりました。

 順調にこのプロジェクトが進んでいって、映画が実現したことは、本当に幸福でした。

原作と映画で、なぜ時代設定が変わったのか

――石井監督が脚本を書かれたのですが、これはずいぶん時間がかかったようですね。

池松 そうですね。これまでも、石井監督の映画には関わってきましたが、改稿を重ねて、今回は一番長くかかったんじゃないでしょうか。対話も何度も繰り返しました。

――平野さんは脚本を読まれて、また映画を見て、どうお感じになりましたか。

平野 もともと長編小説を2時間の映画にするのは、難しいです。特に『本心』は情報量が非常に多いので、そのままストーリーをなぞる形で映画にすると、「ダイジェスト版」みたいになってしまう。一回解体して再構築をするやり方しか無理だと思うのですが、今回最初にあがってきた脚本から、単純に面白かったですね。

 実際に出来上がった映画を見てみると、僕がイメージしきれなかった映像表現もたくさんありましたし、何といっても役者の皆さんが、脚本の言葉に血肉を通わせて、一つの物語にしてくれ、幸せな気持ちになりました。

――原作では2040年の設定でしたが、映画では2025年になりました。

平野 新聞連載当時は、亡くなった人をAIで蘇らせる、ということは、読者があまりピンときていませんでした。連載している途中で、美空ひばりさんを蘇らせる、という企画をNHKがやり、初めて「ああそういうこと!」、と。

 思っていたよりもテクノロジーの進化が早くて、映画が2025年の設定でも違和感はありませんでしたね。

池松 AIの研究者の方たちが映画を見たあと、「とにかく今年なんだ。来年では遅かったかもしれないし、去年だったら認識が追い付いていなかったかもしれない」と話されていた、と聞きました。映画のほうは現代に寄せてきましたが、あの原作にある、生きることと密接につながった社会として描くには、といった判断でこの設定になったと思います。

ヴァーチャルな「母」との、再会と別れ

――お二人が特に印象に残ったシーンを教えてください。

池松 「母」との再会、そして別れのシーンは、とても印象に残ってますね。ぼく自身、15歳のときに亡くなった大好きだったおじいちゃんと、いまだに脳の中で再会して、対話をしているんです。テクノロジーが、死者との境界線をあまりにも曖昧にしてきていることの怖さと、やっぱり再会して対話できることの喜び――いろいろな複雑な感情がありました。同時代の人たちがまだ誰も到達していないところに、朔也として行ってみて、そこで新しい人間の悲しみを見てしまった、という感覚でした。

平野 いまの再会のシーンは、ぼくもとても印象に残ってます。ちょうど撮影現場へ行ったときに見学した場面なのですが、田中裕子さんがヴァーチャルな人間というものに、一つの新しいチャレンジとして、強い関心をもって演じてくださったことに感動しました。また、VRゴーグルを通して、実体がないのにあるかのように感じてしまう――物哀しさと滑稽さみたいなものを、池松さんのお芝居からリアルに感じられたのも、良かったですね。

 映像にしたとき、ヴァーチャルな存在と生身の人間が、うまく区別がつくかな、と心配していたのですが、池松さんがたくさん汗をかいて生々しい肉体でもって「朔也」を演じてくれたので、田中さんのヴァーチャルな「お母さん」との対比が、色濃く表れていました。素晴らしかったと思います。

――最後に、お二人から一言ずつ、お願いします。

平野 映画公開まで来ることができて、関係者のみなさんに感謝しています。一人でも多くの方に、映画を観てほしいです。そして、池松さんほどの役者がこんなに感動してくれた原作小説のほうも、ぜひ読んでいただきたいですね。

池松 平野さんに会いに行ってから今日まで、ずっと映画というものを尊重し、適切な距離感を保って、応援してくれたことに後押しされました。改めて、ありがとうございます。

 たくさんの、同時代を生きる人たちと、この『本心』を共有していけたら、と願っています。

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映画『本心』 11月8日(金)全国公開
原作:平野啓一郎
出演:池松壮亮
   三吉彩花 水上恒司 仲野太賀
   田中泯 綾野剛 / 妻夫木聡
   田中裕子
監督・脚本:石井裕也
配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2024 映画『本心』製作委員会
映画『本心』公式サイト   https://happinet-phantom.com/honshin/

(「文春文庫」編集部/文春文庫)

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