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「ドライバー不足と聞いてはいたけど…」クルマ社会の公共交通、知られざる“生き残り戦略”

文春オンライン / 2024年11月4日 6時0分

「ドライバー不足と聞いてはいたけど…」クルマ社会の公共交通、知られざる“生き残り戦略”

「クルマ社会の広域イベント」でも来場者の3割は公共交通を使う ©鼠入昌史

〈 岡山県“実は第3の町のターミナル”「津山」には何がある? 〉から続く

 地方、有り体にいえば“田舎”とされるような、交通の便にあまり恵まれていない地域を観光か何かで訪れるとき、どのような交通手段を使うだろうか。

 自宅からクルマで行ける距離ならばそれで、そうでなくてもだいたいの場合は近くにある新幹線の駅か空港からはレンタカー、というのが一般的ではないかと思う。特にこだわりがない限り、公共交通、つまり本数の少ない鉄道やバスを使おうとはなかなか考えない。

 それが、広域に点在する芸術祭の類いを周遊するとなれば、なおさらである。効率よく周遊するには、クルマを使うのがうってつけ。時間にも何にも縛られず、自由に回ることができるのだからクルマが便利なのは言うまでもない。

 そんなところで、現在岡山県北部、津山市や新見市など12市町村で開催している「森の芸術祭 晴れの国・岡山」である。長谷川祐子氏が国内の芸術祭では初めてアートディレクターを務め、津山市、新見市、真庭市、鏡野町、奈義町に作品が点在する芸術祭だ。国内外の名だたるアーティストが参加し、インバウンドを含めて多くの人が岡山県の県北部エリアにやってくることを期待している、という。

 岡山県の人口の大部分が集中している県南部、つまり岡山市や倉敷市はともかく、県北部ともなると、もとより圧倒的なクルマ社会だ。東から西へと貫くように中国自動車道が通り、遠方からのアクセスも容易い。そうした地域を舞台にする「森の芸術祭」だから、とうぜん来場者もほとんどがクルマ利用という前提で……と思ったら、必ずしもそうではないらしい。

「クルマ社会の広域イベント」でも来場者の3割は公共交通を使う

「クルマで来場される方もたくさんおられるかと思いますが、今回はクルマ利用が7割、残りの3割の方は公共交通を利用して来場することを想定して準備をしています」

 こう言い切るのは「森の芸術祭」に企画協力で参画、交通アクセスなどの調整を担ったJR西日本岡山支社の川田由夏さんだ。

「もちろん何もしなければ、9割の方がクルマになったと思いますし、最初はそういう話もありました。

 ただ、芸術祭というイベントの性質を考えると、クルマでは来られない方、来にくい方もたくさんいるはず。たとえば、海外からのお客さま、また首都圏などにお住まいの20~50代の女性。そうした方々は、免許を持たなかったり不慣れな場所で運転するのを避けたい人が多い。

 そうした方にも芸術祭を楽しんでもらえるよう、公共交通だけで周遊できるようにしたんです」(川田さん)

地方の公共交通は想像以上に「本数」が少ない

 とはいえ、もともと県北地域の公共交通は、他の地域から観光などで訪れた人が使いやすいようには設定されていない。駅から離れた場所での展示も多い芸術祭を周遊するならなおさらだ。

 たとえば、鏡野町と蒜山高原を直結する公共交通は存在せず、いったんバスで鏡野町から津山駅まで向かい、津山駅からJR姫新線で中国勝山駅、そこからまたバスに乗り継いで。

 そうした移動は不慣れな人には難易度が高いし、どれも運転本数は少なく、そもそも時間がかかりすぎる。限られた時間で効率的にアートスポットを巡るという芸術祭の楽しみ方にはそぐわない。とどのつまり、既存の公共交通だけでは川田さんの言う「公共交通で3割」を実現することはできないというわけだ。

 そこで、芸術祭の実行委員会では、臨時列車や臨時バスを多数仕立てている。

 こうした広域を舞台にする芸術祭では、オフィシャルのツアーバスが設定されることは少なくない。もちろん「森の芸術祭」でも同様だ。

 そして、加えて時刻表通りにアートスポットを周遊する、Art周遊バス、また津山市や新見市内などを走る循環バスやシャトルバス、岡山駅と奈義町や蒜山を結ぶ直行バスなど、多くの臨時バスを設定した。もちろん、JR津山線や姫新線、伯備線にも臨時列車を運行。それらと臨時に設定されたバスは相互に接続できるようなダイヤを組んでいる。

「そのほかに、既存の路線バスの増便もしています。Art周遊バスやそれぞれの会場行きのバスをうまく使っていただければ、1泊2日ですべての会場を回れるように設定しました。モデルコースとしても、クルマ利用で5パターン、公共交通でも5パターンをホームページで紹介しています」(川田さん)

 実際に「森の芸術祭」のホームページを見てみると、実にきめ細やかな公共交通、つまり鉄道とバスによるネットワークが構築されているのがわかる。津山市内を1日8便走るアート循環バスや、満奇洞・井倉洞と新見駅を結ぶシャトルバスは無料での運行。Art周遊バスは津山駅や新見駅で臨時列車と接続するなど、至れり尽くせりだ。

 Art周遊バスから路線バスに乗り継いで、といった変則的な巡り方をすることもできる。ちょっと頭を捻って工夫をすれば、クルマがなくても自由自在に芸術祭を楽しめるといっていい。

「他の地域で開催されている芸術祭の交通アクセスもかなり調べました。もちろんそれぞれよくできているのですが、やはりもっと多くの方に公共交通だけででも楽しんでいただければと。

 私たちが公共交通を本業としている会社ということもありますが、これまでの芸術祭と比べてもかなり充実した公共交通でのネットワークができたと思っています」(川田さん)

「ドライバー不足と聞いてはいたものの、これほどとは…」

 しかし、ご存知の通り、いまのご時世はバスの運転手不足が社会問題化している。2024年問題などを引き合いに出すまでもなく、地方どころか都市部の利用の多い路線でも運転手不足から減便になることもあるほどだ。

 芸術祭の開催時期である10~11月は、観光シーズンに加えて学校の遠足なども多く、バス事業者にとってはいわば繁忙期。そうした時期に、これだけ多くの臨時バスを走らせるのは容易ではないはずだ。

 それに、JR西日本は公共交通が生業といってもそれは鉄道。路線バスにも細かなネットワークを張り巡らせた経験はない。

 そこで、中鉄北部バスや備北バスといった路線バス会社をはじめとする岡山県北エリアのバス事業者、また会場となる市町村にも声をかけて協力を仰いだ。2年ほど前から具体的に動きはじめた。まだどのような作品がどこに置かれるかも固まっていない時期から、来場客数などを想定しつつバスの確保や時間調整などを進めてきたのだ。

「基本的には観光地を中心に作品が置かれるという前提があったので、それを元に調整しました。それぞれの自治体さんの意向ももちろんありますし、接続する他のバスや列車との時間調整もある。この時間にこのバスを走らせるんだけど、接続する臨時バスをお願いできないか、といった調整をずっとやってきたんです」(川田さん)

 そうした調整の中でいちばんのハードルになったのは、やはりドライバー不足だったという。

 どのバス事業者も、ギリギリの人員の中で回している。ただでさえギリギリという状況で、臨時バスをプラスして走らせるというのは、簡単なことではない。川田さんも、「ドライバー不足というのは聞いてはいたものの、これほど厳しいのかと改めて実感した」と話す。

 実際に臨時バスの運行に協力した事業者のひとつが、津山市を拠点に貸切バスやタクシーを運行している勝田交通だ。Art周遊バスや津山市内の循環バスなどの運行を担っている。

 同社は通常、12名ほどの職員で運行を続けており、まさにドライバー不足の最前線に置かれているバス会社のひとつだ。同社の下山八潮さんも、「増やしたいと思ってもなかなか集まりにくい。年齢的に引退する人も出てくるので、今後も厳しくなる」と打ち明ける。

それでもどうして臨時バス運行を実施できた?

 それでも「森の芸術祭」の臨時バス運行に協力することができたのはなぜなのか。同じエリアでバス事業を営む他の事業者と“連合軍”を組むことができたからだ。下山さんによれば、周辺の事業者とはかねてから協力関係を築いてきたという。

「バス会社はどこも乗務員不足で悩んでいますから、これまでもお互いに困ったら助ける、助けられるという関係ができていたんですね。お互いに困っていたら助けますよ、という。

『森の芸術祭』でも、同じエリアのバス会社さんに助けてもらって運行ができました。乗務員だけでなく、臨時バスを走らせたら設備とかもあるので車両を他の便に回すことができない。ウチだけだったら、とてもじゃないけれどムリですからね」(下山さん)

 津山では駅周辺の市街地を除くと、年々人口が減少してインフラも衰退。交通弱者も増える一方だ。そうした状況を受けて、公共交通を維持していくための協力関係が欠かせなかった。それが、「森の芸術祭」でも活かされたというわけだ。

 また、同社が運行している岡山空港と津山市内を結ぶ乗合タクシーも、「森の芸術祭」に合わせてJR西日本のアプリで予約できるシステムを取り入れるなど、JR西日本との協力関係も深まっている。

「JRさんとは代行バスをやらせてもらうこともあって、これまでもやりとりはあったんです。『森の芸術祭』をきっかけに、さらに広く深く協力関係が築けてきているかなと思います」(下山さん)

縮まった「事業者同士の距離」

 こうした意識の変化は、JR西日本でも感じているという。同社で地域の交通事業者との窓口を担っている玉置和樹さんは次のように話す。

「これまでも地域のバス会社などの交通事業者とは、地域公共交通の会議などでお話しすることはありましたが、ここまで密にやりとりをしたことはありませんでした。『森の芸術祭』で、バス会社さんや市町村とも一気に距離が縮まったのかな、と。

 それぞれの地域ごとに路線バスやコミュニティバスは走っているんですが、それを広域に連携することでどうなるのか。津山市だけでなく、新見市でも5事業者で連合を組んで対応くださったり、地域を跨いで臨時バスを運行してもらったり、いろいろといいきっかけになったと思っています。『森の芸術祭』が終わってからも、今回築けた関係を活かしていければ」(玉置さん)

 また、芸術祭で訪れる観光客を輸送することで、現場にも変化が生まれている。勝田交通の下山さんは言う。

「Art周遊バスでもだんだんお客さんのニーズが分かってきて、たとえば井倉洞では新見駅までのバスが出るまで時間が空くんですよね。なので、急ぐ方には駅が近いのでそちらを利用しては、と提案したり。やはり観光で人が来てくれるのはありがたいし、うれしいですよね。

 ウチは路線バスは持たないので、地域交通はそちらにお任せして外からのお客さんを連れてくる。いろいろなところと協力しながら、これからもそういうところに力を入れていったほうがいいのかなと思っています」(下山さん)

 JR西日本でも、「森の芸術祭」周遊の拠点となる津山駅や新見駅での案内を工夫するなど、現場発のアイデアも活かされている。もともと公共交通の利用者が少ない地域にあって、外部からの観光客によってそうした動きが出てくることは、現場の人たちのモチベーションを高めることにも繋がっているだろう。

「クルマ社会の公共交通」知られざる“生き残り戦略”

 そして、芸術祭を主催する岡山県の実行委員会事務局でも、公共交通による来訪者が増えることを歓迎している。

「私たちも基本的にはクルマ利用の周遊になると予測していました。県北部は県南部に比べると人口も少なく、クルマ社会。公共交通はどこも厳しい経営を強いられています。

 それが今回の『森の芸術祭』では、地元の人の中からも『無料だからせっかくだし乗ってみようか』という人もいるようで。公共交通の良さを改めて知ってもらうきっかけになれば。『森の芸術祭』の大きな目的のひとつに、過疎化が進む県北部の活性化があります。そのためには、公共交通も欠かせないですからね」(岡山県/「森の芸術祭 晴れの国・岡山」実行委員会事務局・横山也仁さん)

「森の芸術祭」はすでに会期のおよそ半分を終えている。観光シーズンということもあって、週末を中心に多くの人が訪れているという。

 Art周遊バスもなかなかの乗車率。拠点ごとの循環バスも、多くの観光客で賑わっている。クルマの運転ができず、公共交通を使ってでもアートを楽しみたい。そういう人は、少なからずいるということだ。つまり、クルマ社会が完全に定着し、利用者の低迷やドライバー不足によって苦境に立たされている地域であっても、公共交通の必要性はいささかも薄らいでいないのだ。

 もちろん、「森の芸術祭」で多くの臨時バスを走らせることができたのは、市町村や中小のバス事業者が“多少の無理を押して”協力をしたからという面があるのも事実だろう。しかし、「森の芸術祭」を通じてJR西日本やバス会社、各自治体の間で深い関係が築かれた意味は大きい。

 これをどう生かしていくかはまだまだこれからのお話。助け合って凌いでいるドライバー不足も、一朝一夕には解消しない。しかし、まずはこうした地域内での密な協力関係を築くことが、解決の第一歩になるのではないか。公共交通を守れるためのヒントは、クルマがなくても、公共交通機関でアート作品会場を巡ることができるように工夫した「森の芸術祭」にあるのかもしれない。

(鼠入 昌史)

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