「不器用な天才指揮者」西島秀俊にかけた言葉がすごすぎた…西田敏行(享年76)が“最後の連続ドラマ”で見せた姿とは
文春オンライン / 2024年11月11日 6時0分
西田敏行さん ©文藝春秋
10月17日に76歳で亡くなった、俳優の西田敏行さん。これまで、それぞれ100近い映画・ドラマに出演してきた。濃密な俳優人生で演じたさまざまなキャラクター、“最後の連続ドラマ”となった作品で見せた姿とは。ドラマウォッチャーの明日菜子氏が振り返る。
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映画やドラマだけでなくバラエティー番組や日俳連理事長としても活躍
その悲しい知らせを聞いたとき、どんな姿が頭に浮かんだだろう。故・三國連太郎さんとの軽妙な掛け合いが光る『釣りバカ日誌』シリーズ、宮藤官九郎作『タイガー&ドラゴン』(TBS系)や『俺の家の話』(TBS系)、『翔ぶが如く』(NHK総合)をはじめとする数々の大河ドラマ、はたまた涙もろい『探偵!ナイトスクープ』の局長としての姿か――。
2024年10月17日、俳優・西田敏行さんが亡くなった。近年は座ったままの作品が多かったものの、生命力あふれるあの芝居をずっと見つづけていただけに、76歳での幕引きはあまりにも早いと感じてしまう。画面越しにその姿を眺めていた自分の心にも、ぽっかりと大きな穴が空いたようだった。
西田さんの活躍は、映画やドラマだけにとどまらず、NHK紅白歌合戦やバラエティー番組など、多岐に渡る。その一方で、日本俳優連合の理事長としても約16年間、俳優の権利や地位向上に尽力した。
日本俳優界の重鎮でありながら、日本における俳優の扱いに常に疑問を持ちつづけ、Me Too運動や公的補助が進む海外の事例を取り入れようと働きかけた。コロナ禍やインボイス制度の導入など、俳優界にとっては、特に厳しい状況がつづいているが、西田さんは声を上げることをやめなかったのである。
「西田さん以外なら誰が演じられただろうか」と思わせる演技
訃報を聞いたとき、まず最初に浮かんだのは、映画『ステキな金縛り』(2011年)で落ち武者・更科六兵衛を演じている西田さんの姿だった。
負けっぱなしの三流弁護士・宝生エミ(深津絵里)は、とある殺人事件を担当することになった。現場の証拠は依頼人の犯行を示しているものの、本人は「金縛りで動けなかった」と信じ難いアリバイを主張している。しかし、依頼人が宿泊した旅館でエミも同じように金縛りに遭い、事件当夜に依頼人の上に乗っていた落ち武者の幽霊・更科六兵衛(西田敏行)と出会う。謂れのない罪で裁かれようとしている依頼人に同情した六兵衛は、証人として出廷することを決意。こうして前代未聞の裁判が幕を開ける。
脚本・監督を務めた三谷幸喜氏が「西田さんが自由に弾けられる役をやってもらいたかった」と語る更科六兵衛は、西田さんならではの“貫禄”と“チャーミングさ”が共存する唯一無二の役どころだ。西田さん以外なら誰が演じられただろうかと考えてみると……ちょっと想像がつかない。
落ち武者ヘアーでも顔面蒼白でも、どこか愛らしさが滲み出ているのが西田さんならでは。証人尋問に答えるために笛ラムネをピーピー吹いたり、某キムタクを彷彿とさせる「ちょ、ちょ待てよ」というセリフは、やはり西田さん本人のキャラクターあってこその設定だろう(もしかしたら西田さんのアドリブかもしれない)。本作を観たことがある人は、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK/2022年)で西田さん演じる御白河法皇が、源頼朝(大泉洋)の夢枕に立ったシーンにも、クスッとしたのではないだろうか。
『ステキな金縛り』は、いわば“へっぽこバディ”が難事件に挑む物語である。エミは後がない崖っぷちの弁護士で、頼れる証人は落武者の幽霊だけ。かつては六兵衛も、背任の疑いをかけられて亡き者にされた背景がある。厳しめの表現を使うならば、エミも六兵衛も世間から必要とされていない者同士なのだ。
しかし、真相究明に奔走する彼女を一番近くで見守っていた六兵衛は、エミが本当は知恵も勇気もあることを知っている。この難しい依頼をやり遂げる力があることも知っている。そんなエミを信じて、六兵衛はただ一言「自信を持ちなされ」と彼女を送り出す。誰にも期待されていなかったエミが、ロジカルかつ大胆に真実に迫っていく最終局面は、何度見ても胸が熱くなる。
最後の連続ドラマで見せた姿
西田さんが後輩たちを導く役を演じた作品といえば、今年の1月期に放送された『さよならマエストロ』(TBS系)もだ。西田さんの遺作は12月に公開される『劇場版ドクターX FINAL』だが、最後のテレビドラマレギュラー出演作となったのが『さよならマエストロ』である。西田さんは、歌って演奏もできるミュージックカフェの店主を演じた。その店は、崖っぷち市民オーケストラのメンバーが、唯一ホッとできる憩いの場所でもある。
オーケストラを描く作品自体は少ないものの、「オーケストラ」と「崖っぷち」の組み合わせそのものは、わりとベタな設定だ。いまだに傑作として名高い『のだめカンタービレ』(フジテレビ系/2006年)と比較されてしまううえ、近年だと門脇麦と田中圭が主演した『リバーサルオーケストラ』(日本テレビ系/2023年)が人気だったため、オーケストラドラマのハードルはますます上がっていた。そこにぽっと現れた『さよならマエストロ』は、西島秀俊や芦田愛菜という実力派を揃えながらも埋もれてしまうのではないかと、余計なお世話だとは思いつつも懸念していた。そんな心配を吹き飛ばしたのが、西田さん演じる小村だ。
そういえば『さよならマエストロ』の主人公も、へっぽこかもしれない。かつて天才指揮者として名を馳せた夏目(西島秀俊)は、娘の身に起こったある出来事をきっかけに、表舞台から姿を消す。音楽の神様に愛された夏目は、類稀なる才能を持っているのだが、それと引き換えに音楽“以外”のことは全くできない。にもかかわらず、不器用な夏目は自ら音楽を手放し、家族からも見放され、海外で味気ない日々を過ごしていた。
そんな中年男性が元妻に呼ばれるがまま帰国し、崖っぷちオーケストラの指揮を任されるという話なのだが、第1話で「娘に取り返しのつかないことをした」「音楽をする資格はないと思って指揮者をやめた」と自虐気味に笑う夏目に、小村は言う。
「じゃあ、あなたは取り返しのつかないことを、取り返しにきたわけだ」
その言葉を口にした瞬間…
ドラマ『凪のお暇』(TBS系)を手掛けた脚本家・大島里美氏が紡ぐセリフそのものの美しさもあるのだが、西田さんがその言葉を口にした瞬間、作品にぶわっと温度が宿った感覚があった。どうしようもなさそうに映っていた夏目も、どこか魅力的に見えてきて、取り返しのつかないことを取り返そうとしている、この不器用な男の旅路を見届けたいと思ったのだ。
空白の5年間のツケを取り戻すのは容易ではなかったが、音楽の神に愛された父と娘は、やはり音楽を介して、ふたたび心を通わせる。最終回はなかなかの早足だったものの、人生に行き詰まった人たちを温かく見守る、優しさに満ちた作品だった。
「ああ、良かった。人間、死んだらおしまいよ……」
前出の『ステキな金縛り』と同じ三谷作品である映画『清洲会議』も見返した。『清洲会議』(2013年)では、ほんのわずかではあるが、生前の更科六兵衛が描かれている。織田軍と遭遇した六兵衛は相手に刀を向けるものの、戦っている暇はないと逃げられてしまう。そのとき、六兵衛はこんな言葉をこぼすのだ。
「ああ、良かった。人間、死んだらおしまいよ……」
もちろんこのセリフは『ステキな金縛り』を観た人へのファンサービスに他ならないが、西田さん亡き今、その響きは切ない。西田さんの出演作をもっと、もっと、観たかったという気持ちが募る。
けれど、作品の魅力は失われない。西田さん演じる六兵衛からは、前観た時と同じように温度を感じた。見返したどの作品にも温もりがあった。「作品の中で生きつづける」とはつまり、こういうことなのかもしれない。
(明日菜子)
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