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《追悼》「手塚治虫に影響を受けないように...」「酒井七馬から“つなぎ”を学んだ」漫画家・楳図かずお(88)が明かした創作の原点

文春オンライン / 2024年11月6日 6時0分

《追悼》「手塚治虫に影響を受けないように...」「酒井七馬から“つなぎ”を学んだ」漫画家・楳図かずお(88)が明かした創作の原点

楳図かずおさん ©文藝春秋

 漫画家の楳図かずおさんが、先月28日、胃がんのため88歳で亡くなりました。22年には代表作『わたしは真悟』の続編となる101枚の連作絵画『ZOKU-SHINGO 小さなロボット シンゴ美術館』を発表して話題を集めていました。その作品を中心とした展覧会の開催を機に 「文學界」 で掲載されたインタビューを全文公開します。聞き手は同誌で楳図かずお論を発表した三輪健太朗氏です。(全2回の前編/ 続きを読む )

【略歴】
うめず・かずお●1936年、和歌山県生まれ。55年に『森の兄妹』(共作)『別世界』を発表し、漫画家としてデビュー。以後、『おろち』『漂流教室』『洗礼』『わたしは真悟』『14歳』など時代を画す衝撃的な作品を発表してきた。95年に『14歳』の連載を終えた後、漫画執筆の筆を擱いていた。

聞き手●三輪健太朗
構成●吉田大助 
撮影●山元茂樹

酒井七馬(さかいしちま)から学んだこと

――楳図さんの作品は、「正統」な日本漫画史の中では異色の存在とみなされてきたと思います。しかし、楳図かずおこそが漫画の可能性の中心を射抜いてきたのではないか。そんな仮説のもと、今回の小論(「楳図かずお論――変容と一回性」 「文學界」2022年4月号 )を書かせていただきました。その過程で改めて楳図さんのバイオグラフィも詳しく追いかけていったのですが、ファンの間では有名な「小学五年生の時、手塚治虫の『新宝島』を読んで漫画家になることを決意した」、「しかしすぐに手塚離れを意識し始めた」という一連のエピソードに、今一度掘り下げるべきものがあるように感じました。『新宝島』は戦後漫画の出発点と言われてきましたし、手塚治虫とはまさに日本マンガ史の「正統」ですよね。そこからどのような影響を受けたのか、あるいは受けなかったのか、おうかがいできますでしょうか。

楳図 影響はね、受けないように気を付けていたんです。もともと僕は小さい頃から本が好きで、町の中に貸本屋さんが三軒あったけど、全部借りまくって読んじゃったというような子供だったんです。漫画もいっぱい読んでいました。それで、小学五年生の時に近所のお祭りへ行ったら、露店でベーゴマとかビー玉とかいろいろ並んでいる中に、本が売っていた。それが、手塚治虫さんの『新宝島』でした。それまで僕は漫画が好きでただ読んでいただけなんですが、『新宝島』を読んだ瞬間に目覚めちゃったんですよね。「あっ、僕も漫画家になろう!」と思ってしまった。

 あまりにも面白いから、『新宝島』だけじゃなくて、『火星博士』だの、『ロストワールド』だの、『来るべき世界』だのと、当時出ていた手塚さんの作品をなんとかして手に入れて、読みまくりました。ところが、友達に「漫画を貸して」と言われて、いやだぁと思ったけど貸してあげたら、後で「返して」と言っても「借りた覚えがない」と言う。子供心に、世の中のいやな面を見せつけられてしまいました(苦笑)。

 でも、僕はもうその時、「中学になったらデビューしたい」と思っていたんですよ。そうすると、手塚治虫は面白いけれども、その影響を受けてしまった僕というのは、手塚治虫のコピーになってしまう。それはイヤだなと、子供心に思っちゃったんです。友達が本も返してくれないし、だったら意識して離れよう離れようとしました。だから、手塚治虫は小学校の頃に読んだ漫画しか記憶になくて、『鉄腕アトム』は読んだけれども、たまに似ていると言われることがある『火の鳥』なんかは全然読んだことがないんです。

――『新宝島』は、手塚と酒井七馬による共作です。原作・構成を務めた酒井は元アニメーターであり、コマをたくさん使って動きを丹念に描写していくような「映画的」表現は、実は酒井の力が大きかったのではないかという研究があります。楳図さんもご自身の著書『恐怖への招待』の中で、酒井七馬について語られていました。楳図さんが漫画に「目覚める」きっかけとなった『新宝島』の衝撃は、手塚治虫単体で捉えるよりも、酒井七馬の存在も含めて考えたほうが正確なのではないかと思うんです。

楳図 おっしゃる通りで、『新宝島』は酒井七馬が入ることによって、今までにはなかったような登場人物やストーリーが本当に生き生きとした、素晴らしい作品になったと思うんですよ。僕は『新宝島』と出会う前に、酒井七馬さんもいっぱい読んでいたので分かるんです。

 手塚治虫はどこがよかったかと言ったら、話の展開の中にわりとクールなところがあるんですよ。生き残ったと思った登場人物が、突然死んじゃった、とか。そういうドラマ性は、ちょっと参考にしなければと思った記憶があります。一方で、酒井七馬から影響を受けたのは、漫画の見せ方です。あの方が他の方とまったく違うのは、漫画でアニメーションをしていること。当時、まだアニメってあんまりなかったけど、子供ながらに「これはアニメーションだ」と思いました。

 手塚治虫の描き方は、要点から要点へとコマが飛ぶんですよ。酒井は、要点と要点の間も描くんです。アニメーションがそうじゃないですか。前の絵と次の絵がちゃんと繋がってなければ、なめらかに動きませんよね。僕、漫画は「つなぎの文化」、「つなぎの芸術」と言っているんですけど、その「つなぎ」を学ばせてもらったのは、酒井七馬だったと思っているんです。

――漫画は本質的に静止画からなる表現だけれども、「つなぎの芸術」でもある。楳図さんは、そこを強く意識されている。

楳図 それが証明されたなと思うのは、昔「まんがビデオ」というのを作ってもらったことがあるんですね(1999年)。『おろち』の中の『骨』というお話を、最初のページの頭から一コマずつ大写ししていって、つなげたものを映像にしたんです。そうしたら、僕の漫画は映像としてなめらかに、するするするっと動いていくものになりました。たぶん、他の方の漫画で同じことをしてみても、ほとんどそうはならないんじゃないかなと思う。あぁ、自分はやっぱりそういうものを描いていたんだなと、その「まんがビデオ」を観て気がつきましたね。

ことばが心を生み出す

――二七年ぶりに発表された新作『ZOKU-SHINGO 小さなロボット シンゴ美術館』(2022年3月25日まで東京シティビュー〔六本木ヒルズ森タワー52階〕で開催中の「楳図かずお大美術展」で展示)についておうかがいしたいと思います。

 代表作の一つ『わたしは真悟』(1982年~1986年)の続編と位置付けられた本作は、「連作絵画」という形式を採用されてらっしゃいますね。そのニュースを最初に耳にした時は、『わたしは真悟』の各話の扉絵が一枚絵として鑑賞できる作品になっていたことを思い出し、それに近いものかな、なんていうことを勝手に想像していました。しかし展示場で実際に作品を拝見すると、はっきりとしたストーリー性を持っていました。むしろ70年代に描かれていた『闇のアルバム』のような、コマを割らずに一枚一枚の絵で物語を語る、という試みに近くも見えたんです。とはいえ吹き出しが入っているわけでもないですし、『闇のアルバム』よりもはっきりと一枚一枚が絵としての強さを持っている。言い換えると、一枚一枚は絵であるんだけれども、物語としてつながっている。楳図さんがおっしゃるところの「つなぎの芸術」としての漫画表現と、101枚の絵画で構成された新作との関連を是非うかがえないでしょうか。

楳図 僕は今の漫画がどうなっているかはぜんぜん詳しくないんですが、ちょっと周りから聞いたり見たりした時に、たいがいが商業ベースに乗ったウケる要素でできあがっているなと思っちゃうんですね。もっと違う方向のものがあればいいのになぁ、と。一方で、漫画の横を見ると絵画という芸術があるんだけれども、そちらもいい方向に進んでいるとはいまいち思えない気がしたんです。

 漫画が「つなぎの芸術」だとしたら、絵画は「クライマックスの芸術」だと思うんですよね。絵画は基本的に「これだ!」という、クライマックスの一点勝負でできている。だったら、「つなぎの芸術」と「クライマックスの芸術」、漫画と絵画を合体させるようなものを作ったら、今までまったくなかったものができるぞ、と。偉そうに聞こえちゃうんですけど、漫画と絵画のどっちの分野に対しても「どうだ!」と、パンチを入れたいと思ったんです。

――ストーリーに関しては、どのように構想されていったのでしょうか。

楳図 僕は何かアイデアを見つける時に、さっき言ったような「今までになかったもの」、要は「新しいもの」はどこにあるかというところに集中するんですね。「新しいもの」って、過去にはあんまりない。まったくないとは言いきれませんけど、どこにあるかと言ったらやっぱり、未来にありますよね。「未来って何だろう? ロボットかなぁ」となって、ロボットを出した『わたしは真悟』の続編を描いてみることにしたんです。

 だから、思いつきは単純なんですよ。単純ってバカにされることが多いですけど、いっぱい考え込んで複雑に作り込んだから素晴らしいとは、一概には言えないと思うんですよね。単純ということばって、シンプルで力強いという意味もある。単純であるからこそ、世界共通人類共通で届くものがあると思うんです。

――今回の作品では絵の中に「ことば」が書き込まれているのが印象的でした。漫画が「絵とことば」から成り立っている表現だとすると、楳図さんの漫画は、どちらかといえば、美しい「絵」、恐怖を喚起する「絵」など、「絵」の部分が注目されてきたと思いますが、「ことば」も非常に重要な役割を果たしていると思うんです。今回の作品では、どのような心構えで絵に「ことば」を書き込まれたのでしょうか。

楳図 絵だけだったら、それは物でしかないんです。そこに文字が入ると、生きてくるんですね。「言霊(ことだま)」ということばがあるじゃないですか。オカルトチックに感じられるかもしれないけれども、真実だと思う。要するに、ことばって心なわけでしょう? それが絵にペタッと貼りついた時に、そこに心ができちゃうんですね。そうすると、生きてくる。

 ただ、絵に貼り付けることばが日本語だったら、フランス人には分からない。ここが問題です。フランス人に見せたいのであれば、ことばをフランス語に置き換えなきゃいけない。日本語で書いたことばの意味からは、どうしてもちょっとズレますね。けど、その日本語でもって言おうとしている心情、「こういうことを伝えているつもりです」という一番本(もと)にある目的さえきちっと合っていれば、フランス語でも言霊はちゃんと生きてくるんです。

――『イアラ』(1970年)のことを思い出しました。「イアラ」ということばそのものには明確な意味がないんだけれども、ことばには力があるんだということ、つまり「言霊」についての作品ですよね。

楳図 ええ。『おろち』(1969年~1970年)もそうですよね。おろちは物事に貼りついた言霊であって、物事の意味を解釈していく役割というふうに考えてもらうと、あの存在って分かりいいと思うんです。人間がことばを見つけたということは、人間にとって大変素晴らしいことだったと思います。

〈 《追悼》「死がやっぱり一番怖いですよ」「大嘘をついてこそホラー」楳図かずお(88)が語った恐怖と不条理の関係 〉へ続く

(楳図 かずお/文藝出版局)

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