「エジプトでは普通、逆なんです」エジプト人と国際結婚した日本人ベリーダンサーが語る、生活してわかった“カルチャーギャップ”
文春オンライン / 2024年11月10日 11時10分
HANAさん
〈 「むすこが娼婦と結婚したなんて知ったら…」エジプト人と国際結婚したベリーダンサーHANAが明かす、エジプトの知られざる現状 〉から続く
2014年にエジプト人のモスタファさんと結婚したベリーダンサーのHANAさん。ベリーダンスの修行先であるエジプトで出会い、現在は夫婦で日本に暮らす。今回はHANAさんに、国際結婚の難しさやエジプトの知られざる現状、ベリーダンサーという職業についてなど、話を聞いた。(全3回の3回目/ 最初 から読む)
◆◆◆
音楽の教員をやめてポールダンス、そしてベリーダンスへ
――ベリーダンスをされているときのHANAさんは本当にきらびやかで。
HANAさん(以降、HANA) でも、基本的にメイクが好きじゃないんで、普段はほとんどすっぴんです。私、仕事じゃない日は本当にクズなんで(笑)。
エジプトでは普通、逆じゃなきゃいけないんですよ。外に行くときは質素に、お家にいるときはセクシーな下着をつけて香水をつけてメイクして、っていうのが女性のたしなみ、みたいな。
――どっちでも自分の好きにしたいですけど……。
HANA 私もそんなの全然守ってないですよ。だからうちの旦那さんは私のくすんだ姿しか見てないです(笑)。
――HANAさんがベリーダンサーになったきっかけは?
HANA 音大を出て小学校の教員をやっていたんですけど、まったく合っていなくて、ずっと辞めたいと思っていたんです。
それで教員を辞めて、昔からの夢だったR&Bシンガーになるためにオーディションを受けたりしてたんですけど、落ち続けてしまって。で、どうしようかなと思っている時にポールダンスに出会って、わりとすぐ軌道に乗ったんです。
――ベリーダンサーの前はポールダンサーをされていたんですね。
HANA そうです。でも、ポールダンスをはじめた1年後くらいに肩を脱臼しちゃって、「どうしよう。何でもいいからとりあえず他のいいダンスない?」って知り合いに聞いたら、「ベリーダンスなんかいいんじゃない?」と。
で、ベリーダンスが何なのかも分からないまま、「とにかく稼がなくちゃだからそれでいい!」と、見切り発車ではじめたんです。
――食い扶持のためにたまたまはじめたのがベリーダンスだったと。
HANA 夢がないですよね。だから最初は嫌々でしたし、「つまんな~い」って思いながらやってました(笑)。
でも、普通はレストランショーとかで見て、「ベリーダンス素敵」となってはじめる人が多いです。
ナイトクラブで踊るベリーダンサーは…
――エジプトに行くようになったのはベリーダンスの修行のため?
HANA そうです。エジプトはベリーダンス発祥の地なんですけど、あんまりいい歴史でもなくて。日本で言えば「大奥」みたいな。
だから夫は自分の両親にも私の職業は伝えていないし、友だちにもほとんど話してないと思います。エジプトでベリーダンサーは「娼婦」の扱いなので。
――日本での受け止めとは全然違うんですね。しかし、自分が誇りに思っている職業を夫に隠されてしまうって、ちょっと寂しくないですか。
HANA 全然。最初からそういうものだって私は知ってたんで。夫は「日本人と結婚した」くらいまでは言ってるみたいですけど、「パートナーはどんな仕事してるの?」と聞かれたときに嘘をつきたくないから話してないんだと思います。
嘘をつくことはイスラム教の教えに反することなので。私なんか、適当に言っとけばいいのに、とかって思うんですけど、彼は真面目なイスラム教徒だから。
――それでも、モスタファさん自身にはベリーダンサーに対する差別意識がなかったということですよね。
HANA ただ、私が1回でもエジプトのナイトクラブで踊ったことがあれば、絶対結婚はしてくれなかったと思うし、付き合ってもないと思います。
ナイトクラブで働いているベリーダンサーと、そうではない、私のようなフェスティバルなどで踊るベリーダンサーはまったく別物なんですよ。
――ナイトクラブで踊るベリーダンサーというのは、そんなに意味合いが違うんですか。
HANA 基本的にナイトクラブで踊るためのオーディションは、オーナーとの体の関係と言われています。
あと、イスラム教でお酒はNGですけど、ナイトクラブってお酒を飲むじゃないですか。エジプトに行って思うんですけど、エジプト国内でお酒を飲んでいるエジプト人は本当にろくでもないんです。国外に出て、ヨーロッパとかでバカンスで飲むのはいいんですけど。
エジプト人にとってのお酒とは
――それは、イスラム教の教えに背いてお酒を飲んでいるから?
HANA 教えももちろんなんですけど、まっとうな生き方をしていれば、エジプトでお酒に辿り着くことってまずなくて、基本的に街中でお酒が買えないんですよ。
――そこまで厳しいんですね。
HANA お酒を売っているお店は電気もついてないような暗がりにあって、知っている人しか行けないような場所なんで、まず、まっとうな人は飲めないです。アーティストとか警察の上の人といったごく一部の特権階級を除けば、人前でお酒を飲むというのは本当にろくでもないことという認識なので、いわんやナイトクラブは、ということです。
そもそもエジプトでは、ナイトクラブで働いているベリーダンサーはいつでも逮捕できるんですよ。
――そんなことがまかり通るんですか……。
HANA ベリーダンサーを取り締まる法律があるんです。例えば政府の高官が、「今日はちょっとムラムラするからベリーダンサーを派遣してよ」とナイトクラブに電話して、「ノー」と断ったらすぐ逮捕されたり。はたまた警官が、「今月は成績が厳しいな。じゃあベリーダンサーでも逮捕しとくか」といって逮捕するんです。
文句ばっかり言ってるけど実際はエジプト大好き
――HANAさん自身が危険な目に遭ったことは?
HANA 私はナイトクラブでは踊らないので、それはないですね。フェスティバルの場合は、警察の許可を取らないと開催できないんですよ。だから、そこは絶対フェスティバルが守ってくれる。
それに、私がエジプトで安全にイベントが行えているのは、彼のおかげなんですよ。夫の家族のパイプとか。
――モスタファさんはやんごとなき一族なのでしょうか。
HANA 本当にたまたまですけど、彼のお父さんがエジプト政府の関係者だったんです。
エジプトだと、例えば免許証の書き換えを普通にやろうとすると1ヶ月ぐらいかかるんですが、公権力に近い人だと、電話一本ですぐもらえてしまうんです。そういう世界なので、政府のコネクションがあるとないとでは、生きやすさがまったく違うんですよ。
――エジプトの政治体制や男性優位な状況について、モスタファさんはどのように感じている?
HANA 彼はほとんど何も言わないですね。逆に私はいつもエジプトの文句ばっかり言ってますけど(笑)、実際はエジプトが大好きで、「向こうに住みたい」ってよく話すんです。でも、そういうときだけ、「君はエジプトの外側しか見てないから」みたいなことをポロッと言ったりして。
政治への不満を口にしないエジプト社会の空気
――イスラエルとパレスチナの問題が長期化していますが、隣国出身者としてその思いを話したりは?
HANA 今、エジプトも日本と同じで物価が爆上がりしているんですよ。でも、給料は変わらないから食糧難が増えていて。今まで毎日食べていた鶏肉が週に1回しか食べられなくなって、牛肉は1ヶ月に1回とか。それでも、彼は話さないです。
不安とか不満を言わなくなったのは、シーシー大統領になってからだと思います。
――言論統制が敷かれている?
HANA シーシー大統領の悪口を言ったらすぐ刑務所に入れられちゃうんです。「高速道路とかばっかり作って国民は飢えに苦しんでて、何が幸せなの?」と尋ねても、エジプトの人は、「いやいや、街はきれいになったよ」と言う。
――夫のモスタファさんにもその影響が出ていると。
HANA 外国人妻の私にすら言わないですからね。あと、希望がないのかもしれないです。
2010年代前半の「アラブの春」(※)でムバラク独裁政権を倒したのに、結局、政治への不満を口にすれば自分の身が危ないほど、状況は悪化してしまった。だからみんな、「シーシー最高」と言ってなんとかやり過ごしているのかもしれません。
※アラブの春:中東で2011年頃からはじまった大規模反政府運動
――では、モスタファさんとしてはエジプトには戻らず今後も日本で生活を?
HANA でも、日本の悪いところも分かっているというか。「日本人は顔と心が全然違う」とよく言ってます。「100パーセント受け入れます」という顔をしてても本心は全然違って、「そこはプロフェッショナルだ」と言ってます。
だから、そういう日本の側面を理解しつつも、「エジプトに比べたら全然いい」って話してますね。
写真=深野未季/文藝春秋
(小泉 なつみ)
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