「ダサい」「時代遅れ」と思われていたお菓子のパッケージ変更が大炎上…あえての“炎上商法”は本当に効果があるのか?
文春オンライン / 2024年11月13日 6時0分
©AFLO
〈 「嫌いだったら見なければいいのに…」どうしてわざわざ悪口を言うのか? 心理学者が解説する“アンチ”の意外な心理 〉から続く
SNSなどで時折「炎上商法」という言葉を耳にします。あえて批判されるような表現を用いることで話題を集めるマーケティング手法ですが、その手法自体が問題視されることも珍しくありません。
愛知淑徳大学の心理学部教授である久保 (川合) 南海子さんは、自分の認識が世界の見え方に影響を与える「プロジェクション」という心の動きについて指摘します。
ここでは、そんなプロジェクションについてさまざまな事例を紹介しながら解説していく『 イマジナリー・ネガティブ 認知科学で読み解く「こころ」の闇 』(集英社新書)より一部を抜粋して紹介。実際のところ「炎上商法」は効果があるのでしょうか――。(全4回の2回目/ 続きを読む )
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「炎上」も「バズる」も注目されること
SNSで拡散されたり注目されたりしている投稿や話題について、盛りあがっている状態を「バズる」といいます。SNSを見ていると、毎日さまざまなバズっている情報が流れてきて、私もいいなと思ったらしかるべきボタンを押したりしています。
バズるとたくさんの人の目に触れるということで、一般の人もさることながら特に企業などはバズることを重視して、それをマーケティングに活用しようとする動きも活発です。商品や会社の宣伝として、なんといっても予算がかからず、短い時間で飛躍的に認知されるとなれば、商業CMを作って流すよりもはるかに低コストです。しかし、そうそう狙ったとおりにうまくいくとはかぎりません。
バズるのを狙ったのに失敗してしまった例は、それこそ山のようにあります。ちょっとネットで検索すれば、すぐにいくつかの事例を見つけることができるでしょう。失敗したものは「炎上」します。
炎上とは「ウェブ上の特定の対象に対して批判が殺到し、収まりがつかなさそうな状態」「特定の話題に関する議論の盛り上がり方が尋常ではなく、多くのブログや掲示板などでバッシングが行われる状態」のことです(総務省・令和元年版情報通信白書)。バズるのがポジティブな盛りあがりなら、炎上はネガティブな盛りあがりだといえるでしょう。どちらも多くの人に拡散されて注目されていることに違いはありません。
私がここでとりあげたいのは、期せずしてやらかしてしまい炎上した事例ではなく、商品やサービスを販売するために、あえて批判や非難を浴びるような広告やマーケティング手法を使う「炎上商法」です。これには、炎上を利用して注目度や話題性を高め、売り上げを増やす狙いがあります。しかし、そんなことがうまくいくのでしょうか?
「炎上商法」がうまくいった例
炎上商法の成功例として有名なものに、ルーマニアのチョコレート菓子メーカー「ROM」のプロモーションがあります。「ROM」はルーマニア国旗をデザインしたパッケージで、長く国民に愛されてきました。しかし、近年は「ダサい」「時代遅れ」というイメージで人気が低迷していたそうです。
そこで2010年に、パッケージをアメリカ国旗をモチーフにしたデザインに変更すると宣言しました。これがルーマニア国民の愛国心に火をつけ、非難や批判が殺到しました。それはメディアでとりあげられ、社会的な盛りあがりとなりました。その後、すぐにパッケージデザインはルーマニア国旗に戻され、今回の宣言が注目を集めるためのジョークだったことがメディアで発表されます。この一連の騒動で多くの人が「ROM」に興味を持ち、商品である菓子は爆発的に売れました。これが、炎上商法で成功した事例です。
好きになることの逆は嫌いになることではなく、無関心であることです。生活の必需品ではない嗜好品の商品を買ってもらうには、その商品を好きになってもらわなければなりません。そのためには、まずそれに関心を持ってもらうことが必要です。そのきっかけとして、ネガティブであっても訴求効果の高い内容で話題となれば、多くの注目を集めることができます。無為無策で無関心のままでいられるよりも、悪目立ちして炎上するくらいのほうが印象に残るので、まだその後で好きになってもらえる可能性はあるというわけです。
けれど、炎上商法の成功例は少ないようです。炎上して関心を集めるところまではいいのですが、その後のコントロールがうまくいかないのです。なぜなら、炎上にいたったネガティブな要素によって、商品や企業の信頼性や好印象のイメージはかなり低減します。いったん注目されても、そこから次にポジティブな方向へ消費者の関心が動かないことには意味がありません。
そして、なにより大きいのは、炎上によって「嫌い」になられてしまうことの影響でしょう。無関心なものへ関心を向けさせる、という狙いを超えて一気に嫌われてしまったら、それを反転させて「好き」にするのは至難の業です。
イメージの操作とブランディング
このように考えてみると、商品や企業のイメージというものは、他者がある程度は操作できるものだとわかります。さまざまな道具立てによって、私たちはあるモノに対するイメージを形成して、それをプロジェクションというこころの働きでモノに付加しています。つまり、道具立てをうまく操作することで、形成されるイメージを操作することができます。
私がいろいろな炎上商法の例を見てあらためて気づいたのは、イメージは操作できるけれど、それが付加されたモノを「好き」になるか「嫌い」になるかといった感情については、イメージほど他者は操作できていないのだということです。
購買行動につなげるには、注目させてから興味や好意を持たせるところが重要です。感情や選択行動のコントロールができない炎上商法は、なかなかうまくいかないのでしょう。消費者は自分が自発的に選択している、という自覚を持っています。買わされているのではなく、自分が買いたいから買う、という行動が他者の共感を呼んでブームを生みます。
そのような自発的な選択の操作は難しいことを私たちはわかっているがゆえに、まさかそれを操作されるとは思いもしません。だから反対に、巧妙に操作された結果の選択であっても、それを自発的に選択したのだと思ってしまうようなケースがあります。たとえば、霊感商法やオレオレ詐欺などがそれにあたります。
イメージの操作は、形成したり付加したりする側面だけになされるわけではありません。これまでのイメージを払拭して、いったん白紙にするための操作もあります。
2023年9月8日、東京・原宿に体験型ジュエリーショップ「匿名宝飾店」がオープンしました。9月20日になって、店舗が「4℃(ヨンドシー)」という大手ジュエリーブランドのものであることが公表されました。4℃を運営するエフ・ディ・シィ・プロダクツの瀧口昭弘社長(当時)は「ブランド名によって蓄積されたイメージから離れ、今一度原点に帰ってジュエリーそのものを見てもらいたい、という思いでこの匿名宝飾店をオープンさせました」と語っています。
実は4℃は、SNSでアンチの意見も少なくないブランドとしても知られています。瀧口社長は取材で「触って見てもらったうえでなにを言われてもそれは仕方がない、そういう意味では誤解を解きたいという思いはあった」と話しています。この「匿名宝飾店」には、SNSなどで広がっていたマイナスイメージを払拭したいという狙いがあったのです。
実際の来客の反応はどうだったのでしょうか。SNSの投稿などでは、ブランドイメージに左右されることなく自分の感性で楽しむことができた、気に入ったものがあったから買ってみようと思った、など好意的なものが多く見られたそうです。店舗では最後に、来場者に対してブランド名が明かされています。そのうえで実施したアンケートには、83パーセントが「ブランドイメージが(好意的に)変わった」と回答したとのことです。この匿名店舗の作戦は、見事に成功したといえるでしょう。
このように、イメージは付加されるばかりではなく、いったん付加されてしまったイメージを取り去ることも可能です。目の前にあるジュエリーにはなんの変化もないのですが、ブランド名によってあるイメージが投射されていたジュエリーへの想いや価値と、なんの先入観もなく見たジュエリーへの想いや価値は違っています。通常のブランディングではイメージを付加させることに腐心します。しかし、既存のイメージがマイナスであったばあい、それを払拭するためにあえて確立されたブランドを捨ててみることで、投射されるイメージが消失します。
実際に存在するモノだけを見て、それが良いモノであるという新たなイメージが付加されれば、マイナスをプラスに転じさせる効果もあるのです。この匿名宝飾店の事例はそれに成功したと同時に、イメージというものがいかに曖昧でうつろいやすいものであるかも教えてくれます。
ブランドによるイメージという虚像と、実体として存在するモノ(や人間)、この虚実を結びつけているものがプロジェクションです。虚像をうまく利用すること、実体で勝負すること、そのバランスがブランディングにおいて特に重要であるのはいうまでもありません。ブランディングとは、虚実のはざまにある消費者や大衆のプロジェクションをどのようにコントロールしていくかという作業だといえるのです。
〈 「先祖のたたりがある」と脅して数百万の壺を買わせ…“霊感商法”を信じてしまう人の心の中では何が起きているのか 〉へ続く
(久保(川合) 南海子/Webオリジナル(外部転載))
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