「トルドーさんの料理は2倍の量で」30代で下足番からキャリアをスタートさせた老舗料亭の“養子さん” 村田知晴さん(43)が、広島サミットで料理をつくるまで
文春オンライン / 2024年11月16日 6時10分
©志水隆/文藝春秋
〈 「お見合い50回しても結婚が決まらないんだったら僕が…」元・商社マンの村田知晴さん(43)が京都の名料亭に婿入りした理由 〉から続く
「菊乃井 本店」「露庵 菊乃井」「赤坂 菊乃井」――ミシュランガイドで合計7つの星を獲得し続ける京料理の名店の次期四代目・村田知晴さん(43)。料理未経験から跡継ぎとなってまもなく10年目にして「いまでも下足番をやりたい」と語る村田さんに、料亭という世界で生きること、「和食」の未来を伺った。(全2回の2回目/ 前編 を読む)
◆◆◆
お店との関わり方を考え、「下足番」に。
――2015年に「菊乃井」に入社されて、すぐに厨房に入られたのでしょうか。
村田 素人がいきなり調理場に入ってハモの骨切りとか、おそらく無理だろうなと。僕もすでに30歳を超えていましたし、料理人以外の視点での入り方のほうが、自分のなかでは面白いというか、関わり方を考えたんですよ。
――それは、お店との関わり方?
村田 そうです。お店の中身なんてまったく知らないし、日本料理のことも、文化的なこともわからないという状況を考えると、けっきょく、目の前にあるのはシンプルなビジネスだなと。
料理屋ですから、お客さんの数で売り上げが決まる。単純にイートインのみで考えると、売り上げの100%がお客さんのお財布から成り立っているわけじゃないですか。だったらそのお客さんと接するところから始めようと、まずは下足番をやらせてほしいとお願いしました。
――下足番?
村田 「玄関番」とか「玄関さん」とも言いますが、お客さまをお迎えして、お見送りする。基本的にはなんでもやるんですよ。庭の掃除やしつらい、砂利の模様を整えたり、草木のちょっとした剪定とか、池の鯉の世話をしたり、苔の面倒をみたり。それを1日2回、全館まわってやるのでけっこう忙しいです。
自分なりの工夫が伝わると、気持ちがいい
――お客さまがお食事をされている間も、なにかしらの作業をされるのですか?
村田 昼はけっこうすることがあるんですけど、夜は暗いので庭のごみとか拾えないですから、待ち時間が多いです。夜は、1時間半から2時間くらいは、玄関の小さなスペースで立っていないといけないので。
――夜は、待つ。
村田 その間に、なにかできることはないかなと考えて、たとえば雨の日に、タクシーから降りた女性のヒールが、玄関までほんの5メートルの距離でもちょっと泥がついてしまったままだと、せっかく料亭で非日常を楽しまれて、帰り際に雨で汚れた靴を目にした瞬間、現実に連れ戻されたみたいで悲しくなるじゃないですか。
それを傷つかないように拭いて、折り畳みの傘も汚れをとって、エアで乾かして、きれいに畳んでお渡しすると、すごく稀ですけど、気づいてくれてお礼をいってくださる方もいらっしゃいます。
――気づかれない方も?
村田 もしくは気づいても声をかけられない方も。僕自身も靴が好きなので、男性の革靴の水気をとって、ソールの泥だけ少し落として置いておくと、帰りにそれをちらっと見られて、「さすがだね」って言ってくださる社長さんとか会長さんとか。
そういうことが、工夫次第でできる部署なんです。下足番はひとりでやらないといけないから、自分なりの工夫がお客さんに伝わって「ありがとう」と喜んでいただけると、自分のなかでなにかが決まって、すっごく気持ちがいいんですよ。伝わったっていう感覚があって。
――先ほど玄関から外に出るとき、靴の左右をちょっとあけて置いてくださっていて、いいなあって。
村田 それもね、やっていると気づくんですよ(うれしそうに)。ぴっちり揃えて置いておくと、履きにくいでしょう?
――今日のお話のなかで、一番いいお顔をされています。
村田 下足番は面白いですよ。僕、いまでも下足番やりたいですもん。ものすごく勉強になります。料理人になる人は、絶対下足番やったほうがいいと思います。
そのときは商社の営業的な頭しかなかったということもありますが、お客さんと話をして、しっかり向き合うと、自分の会社がどういうものかすごくよくわかるんですよ。だから、どういう人がこのお店に来るのか見ておかないと、後々(経営者としての道を)踏み外すなっていう気持ちはありました。
だって、一食何万円もするんですよ、ごはんを食べるだけで。どんな人が来られるのかなって、気になりません? 僕は(料亭に)行ったことがなかったですから。
新婚旅行がわりに、ロンドンに語学留学
――下足番はどれくらいされたんですか?
村田 1年半ほどやって、その後、けっきょく全部の部署を回りました。まずは経理でお金のことを、それから帳場といって予約をとる部署があるんですが、本店で予約をとるだけでいまは5人の正社員がいまして。そこでお客さまからの電話やメールの受付を担当して、そのあとロンドンに行ったのか。
――ロンドン?
村田 「英語をしゃべれるようになれ」って大将に言われて、新婚旅行がわりにということで、ロンドンに4カ月の語学留学に。僕と妻とふたりで。
蓋を開ければ、旅行でもなんでもなくて、月曜から金曜の朝9時から夕方5時まで、語学学校にふたりで通ってたんですよ。電車とバスを乗り継いで。
ーー学校もお義父さまが選ばれたのですか?
村田 大将が選びました。生徒の国籍もばらばらで、サウジアラビア、中国、韓国、イタリア、ドイツ、僕らより若い子ばっかりで。ホームステイ先のママも英語しかしゃべれないから、いやおうなしに英語漬けになるんですよ。
帰国して、本店の敷地内にオープンしたお弁当と喫茶の店「無碍山房」の立ち上げに参加してサービスを経験して、それから本格的に本店の厨房に立つようになったのかな。
厳しい世界を想像していましたが…
――料理はつくったこともなかったとおっしゃっていましたが、最初はできないことのほうが多かった?
村田 なんでこんなにできないんだろうっていうくらいできなかったです。たとえば栗をむくにしてもガタガタになるし、蕪のかつらむきも皮がつながらなければ、表面の艶も出ない。当然お客さまには出せないので、まかないにしたり。
――昔の厨房のイメージでいうと、怒鳴られたりするのかなと想像してしまいますが、こちらの厨房では若い方がみなさんのびのびと楽しそうに働かれていて。
村田 そうなんです。僕も漫画で読んだ「味いちもんめ」とか「美味しんぼ」のような厳しい世界を想像していましたが、うちの厨房ではまったくないですね。
大将の理論が、怒ってどうこうするとか、技は見て盗めとか、そういうことでは人は育たないから、知っていることは全部教える。すべて教えて、早く育てて、早く独立させる。そうすると、日本料理というものはどんどん世界に広がっていく、という考え方なんです。
包丁の使い方からレシピの配合まですべて教えるので、成長は早いですよ。なおかつお客さんが1日100人以上来られますから、夏場にハモをおろすにしても練習量がそもそも違う。さらにうちは世界でいちばんいい食材を使っているので、やっている人間からしたら、めちゃくちゃ濃密な厨房です。僕にとってもよかったかもしれない。
まもなく入社して10年目に入りますが、今年から月に1回、「赤坂 菊乃井」のカウンターにも立っています。
首相官邸に呼ばれたことも
――三代目の村田吉弘さんのご著書『ほんまに「おいしい」って何やろ?』(集英社)に、「安倍さん、呼んでるらしいから行ってくるわ」と首相官邸に呼ばれて料理をつくりに行かれていたという記述がありました。
村田 赤坂の店から首相官邸まで一本道ですからね。
――村田さんもご一緒に?
村田 いやあ、僕はさすがに、ないかなあ。大将が一人で行っていました。
もう過酷でしたよ。
――昨年5月の広島G7サミットでは、各国首脳の料理を「菊乃井」がご担当されたとか。このときは、村田さんも行かれましたか?
村田 行きました、もう過酷でしたよ。大将と料理長とスタッフみんなでホテルの厨房で手毬寿司握ったり、お好み焼き焼いたりしてました。
――食事に感動されたカナダのトルドー首相と三代目が握手されているお写真も。
村田 トルドー首相は体の大きな方なんですが、「日本料理は量が少ない」とどこかでおっしゃっていたのを当日大将がなにかで聞いたらしく、「ほな、トルドーさんの分だけ、全部の料理を倍にせえ」って。
まじか、今からですかとなっても、もうやるしかないですよね。「量が足りへんのやったら、うちはお腹いっぱいにさせたげなあかん」という大将の気持ちは正しいし、大将は日々の営業でも、「どうやったらお客さんが喜ぶのかを常に考えや」っていつも言うんですよ。なのでみんなで「わかりましたー」って、トルドー首相の分だけすべて器を変えて、手毬寿司も6カンのところを、2段にして。
イタリアのメローニ首相はグルテンがだめとか、バイデンさんはあれがだめこれがだめとか、一人ひとりのお召し上がりいただけないものに全部対応したんですよ、うちは。それで首相の方々が、ぜひシェフを呼んで欲しいって。
おそらく、そういった対応力に感動されたのではないかと思います。
料理人として一番大事なこと
――三代目のご著書には、「厨房は料亭の根幹」という言葉もありました。村田さんが考える、厨房で料理人としてやっていくために一番大事なことは何ですか?
村田 真面目さじゃないですか。技術とか知識じゃなくて、真面目さと、考え方。人間性、あと優しさじゃないですかね。
――優しさというのは?
村田 僕が言うのも僭越なんですけど、優しさとは、相手のことを考えることだと思うんですよ。
料理はつくって終わりではなくて、誰かのためにつくっているわけじゃないですか。食べてくれる人のためにつくるわけで、お母さんなら自分の子どものために料理をつくる。その根底にあるのは、子どもに喜んでもらいたいとか、おいしく食べてもらいたいとか、健康でいてほしいとか、すべて優しさですよね。
うちの厨房からお客さんの顔は見えないけれど、料理を食べる人に対してどこまで優しさを持てるかが、僕にとってはどれだけきれいに栗をむけるかとか、どれだけきれいにハモの骨切りができるかよりも、大事なことじゃないかなと思います。
正直戻りたいなと思うことはありました。
――いまのお仕事は楽しいですか?
村田 楽しいですよ。うん、楽しい。
――くるしいなとか、前職に戻りたいなとか、思うことはありました?
村田 あー、ゼロではないです。正直戻りたいなと思うことはありました。朝から晩まで黙々と、栗をむき続けているときとかね。いまはそんなにはないですが、ふとあのままサラリーマンを続けていたらどうなってたかなって、妄想することのほうが多くなりました。
僕ができることならなんでもやります
――この先の目標はありますか?
村田 お店がしっかりしていくことは当然なんですけど、いちばんは、働いている人の環境を整えることですね。うちの厨房にいる若い子たちはほぼ10代後半で、これから10年キャリアを積んでもまだ30歳に届くかどうか。仲居さんも含め、彼らが正当に評価されるために、労働環境を整えること、給与面でもそうですし、社会的な信用をもっともっと強いものにできたらいいなと思います。
そのためにも、こういう世界があることをまず認識してもらわないと、興味を持ってもらうことすらできない。先日も東京の大学で出汁のおいしさを知ってもらう授業をやらせてもらったんですが、僕自身がまったく知らなかったところから、ただただラッキーでこういう世界に関われただけで、僕ができることならなんでもやりますという気持ちです。
個人的には、うちの5歳の息子がどうなるかまだわからないですけど、もし「菊乃井をやりたい」って言われたときに、やれるような状態にしておくのは、義務かなとは思います。
――継いで欲しいというお気持ちはありますか?
村田 僕はやっぱり継いでもらいたいです。これはコンプレックスなのかもしれないですけど、僕は婿で外からきているので、責任は感じますよね、うちの息子が代を継ぐということについては。
息子はおじいちゃんが大好きですね。
――息子さんに対して、いわゆる帝王学のようなことは意識されていますか?
村田 僕はしてないですけど、おじいちゃん(大将)はいろいろ食べ物を与えたりしていますね。僕の妻が二人姉妹なので、大将自身は、男の子が欲しかったんだろうなあっていう印象はあります。孫のことをすごくかわいがって、誕生日プレゼントにこんなでっかい電気自動車を、「おじいちゃんが買うたろ」って。息子はおじいちゃんが大好きですね。「おじいちゃん」か「でーん」って言ってます。
――でーん?
村田 よくわからないですけど(笑)。おそらく、いつも「でーん」と座って迎えてくれるからじゃないでしょうか。「おじいちゃんはおいしいものをくれるから大好き」って言ってます。
撮影 志水隆/文藝春秋
むらた・ともはる/1981年5月25日生まれ。群馬県前橋市出身。大学卒業後、商社の営業職を10年間務め、結婚を機に、2015年「菊乃井」に入社。1912年創業の京都の老舗料亭「菊乃井 本店」にて下足番からキャリアをスタートさせ、現在は専務取締役として「菊乃井 本店」「露庵 菊乃井」「赤坂 菊乃井」をまとめる。次期四代目として本店、赤坂の厨房に立つかたわら、義父であり三代目の村田吉弘氏が設立した「NPO法人 日本料理アカデミー」、京都の食文化を次世代に継承する「京都芽生会」に所属し、日本料理の本質と可能性を世界に発信する活動をおこなっている。龍谷大学大学院農学研究科食農科学専攻博士後期課程在籍中。好きな食べ物は、ラーメン、蕎麦、炊き立ての白ごはん。
INFORMATIONアイコン
●菊乃井 本店
京都市東山区下河原通八坂鳥居前下る下河原町459
https://kikunoi.jp/
(中岡 愛子)
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