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考えさせられるハガキ、ほろりとさせるハガキ、ぷっと吹き出してしまうハガキ……。漫画家・やなせたかしさんが、あまりにも悲しい「ごめんなさい」は選ばなかった理由

文春オンライン / 2024年11月14日 6時10分

考えさせられるハガキ、ほろりとさせるハガキ、ぷっと吹き出してしまうハガキ……。漫画家・やなせたかしさんが、あまりにも悲しい「ごめんなさい」は選ばなかった理由

やなせたかしさんを中央に、右が徳久衛さん、左が西村太利さん。両脇は高知県と南国市の職員(徳久衛さん提供)

〈 『アンパンマン』の生みの親・やなせたかしさんが故郷の高知県南国市で「言えなかったごめんなさい」を募集した理由 〉から続く

 高知県南国市の後免(ごめん)町で行われている「ハガキでごめんなさい」全国コンクール。

 発案者はここで育った漫画家・故やなせたかしさん(1919~2013年)だ。言わずと知れた『アンパンマン』の生みの親である。コンクールでは2003年度の第1回から第5回まで審査委員長を務めた。

 その5年間にやなせさんは、どんなハガキを選んだのか--。

やなせさんが選んだ第1回のハガキ

 第1回は2676通、第2回は2122通、第3回は2539通、第4回は2324通、第5回は1837通。大量のハガキが寄せられた。これらは地元のまちづくり委員会の選考委員が30通ほどに絞る。それから東京のやなせさんのもとに送って最終審査をしてもらっていた。

「やなせ先生は心底悲しい話を選びませんでした」

 取り組みの中心になってきた徳久衛(とくひさ・まもる)さん(64)が言う。

「私達、地元の選考委員は『心からのごめんなさい』だと思うような話は、悲しい内容でも残しました。でも、先生が賞に選んだ中にそうしたものは含まれませんでした。くすっと笑えるハガキや、共感できる話が多かった気がします」

 具体的に見てみよう。

 第1回は「大賞」1点、「優秀賞」6点を、やなせさんが選んだ。

 大賞は、父親が再婚を考えた女性に冷たい態度を取ってしまった娘のハガキだ。父親はそのまま独りで老いることになり、娘は「ごめんなさい」と言えないでいた( #1 )。

 では、優秀賞はどんな内容だったのだろう。

〈 こっそり 夫のケータイ見ちゃいました…

 そしたら中を開けてビックリ!!

 だって、メールボックスは

 私からのメールで いっぱいだったから。

 浮気してるかも…

 なんて 疑ったりして

 本当に ゴメンなさい…〉

 水滴の男女が仲良く並ぶイラストが、かわいらしく描かれていた。微笑む男性の横で、頬を赤らめた女性が謝っている。

 このコンクールにはイラストを添えて応募する人が多い。やなせさんという漫画家が発案したからかもしれない。

〈 フーちゃんへ。きっかけは忘れたけれど、いつからか友だちになっていたよね。それなのにいつか大げんかした時 写真の顔黒くぬりつぶしちゃったの。けんかの理由も忘れたけど なんでこんなことしたのかなと、ずっと心の中にひっかかっていました。大切な想い出の写真だったのに

 本当に ごめんなさい!〉

 丸顔の女性が両手を合わせて謝る姿が柔らかいタッチで描かれていた。

〈 お母さん 点数の悪かったテストを見せたらおこられるので、川にすててごめんなさい。これからは、ちゃんと見せます。〉

「川にすてて」は青文字で、「ごめんなさい。」は太く大きく書かれていて、川に「48点」の理科のテストが流れていく様子が描かれていた。48点で捨てなければならないのは、よほど勉強熱心な家庭だったのだろうか。

〈 ダーリンへ

 こんなに肥えて

 ごめんなさい。

 やっぱり

 幸せ太り

 かなあ。〉

 ハガキいっぱいに大きな文字で記されていて、「ごめんなさい」と「幸せ太り」が特に太く書かれていた。

〈 中学生の時の1年3組のみんな&先生、ごめんなさい。私が給食当番の時、魚のフライの食カンを運んでいたら、あやまって、ろうかに全部落っことしてしまい、パニックになった私は、誰も見ていなかったので、とっさに、いそいで元に戻し、何くわぬ顔で、みんなに配り、食べさせちゃいました……。今まで、本当の事、言わなくてごめんなさい。あのあと、誰も、腹痛を起こさなかったのが、私の救いでした。

 本当に、ごめんなさい。〉

 文章の周りはイルカとチョウのシールで裝飾されていた。

〈お母さん、結婚式の時もとうとう言えなかった。子供の頃、一緒に電車に乗って切符を失くしたのは私です。駅員さんに必死で謝る姿、今でも忘れません。ずっと黙ってて、ごめんね。〉

 白い服に身を包んだ女性の清楚で悲しげな顔が描かれていた。ウエディングドレス姿の自画像だろうか。

 こうして並べてみると、確かに徳久さんの言う通り、深刻な内容はない。誰しも身に覚えがあるようなこと、相手が覚えているか分からないのにずっと気になっていたこと、謝るというより幸せを自慢しているような内容まで含まれている。

やなせさんが選んだ第2回以降の大賞

 第2回以降、やなせさんが選んだ大賞4通の傾向を見てみよう。

〈 30年前に小学4年生ぐらいだった時、いつもはおねしょをしない自分がやらかした。妹はおねしょの「常習犯」だったのに、その日は無事で熟睡している。下着や寝床を妹と取り替えてしまったという女性の話(第2回大賞)〉

〈 バス通学だった高校生の時、急に雨が降ると「野良着」のまま傘を持ち、取る物も取り敢えずバス停に駆けつけてくれた父親。「野良着」を他の乗客に見られるのが恥ずかしく、「ありがとう」を言えなかった。その父親も33回忌を迎えたという63歳の娘の話(第3回大賞)。〉

〈 16歳に成長した子がまだ幼稚園だった頃、悪さが酷くて近くの山に置いて来るふりをした。が、心配で心配で数分後に連れにいくと、小さな手に松ぼっくりが二つ。

「お父さんとお母さんに、あげようと思って」と差し出され、抱きしめて泣いたという41歳の夫妻の話(第4回大賞)〉

〈 5歳の頃に駄菓子屋へ行く途中、道路に飛び出して車にはねられた。運転していた人に非はないのに、苦しい思いをしてきたのではないか。30年後の今、自分は元気でいる。顔も名前も知らないが、「ごめんなさい」と言いたいという話(第5回大賞)。〉

 くすりと笑える思い出や、ほろりとさせる内容を最高賞に選んだのは、優しいやなせさんだからなのだろう。

 ハガキを寄せてくれた人には、やなせさんも手書きのメッセージで応えた。

〈 入賞された皆さんおめでとう!

 この「ハガキでごめんなさい全国コンクール」はごめん町という全国的に大変珍しい町名にちなんだユニークな賞です。

 それにしてはごくささやかな賞ですが、応募数は2539通という想定外の多さで選ぶのが大変でした。

 世の中にはずい分沢山の「ごめんなさい」があるものだと改めて驚きます。

 多数の応募の中から選ばれた皆さんは内容が優れていたことは勿論ですが幸運に恵まれていたともいえます。

 入賞しなかった作品の中にも面白いものは多数ありましたので落選した人たちに対してはごめんなさい。またぜひ来年応募してください。賞金はとにかくとして記念の「たて」は心をこめた手づくりです。

 

「ハガキでごめんなさい全国コンクール」

 審査委員長

 やなせたかし〉

 第3回に応募した人々への内容だ。落選者への配慮を忘れないところが、おなかがすいた人に自分の顔を食べさせる『アンパンマン』に通じるものがある。

悲しくはないが、考えさせられる内容のハガキ

 こうしてあまりに悲しい内容は選ばなかったやなせさんだが、考えさせられるハガキは何通も入賞させている。

〈レジで2000円札を出しました。おつりが3000円きました。そのままいただきました。気分は晴れのち真暗でした。今も思い出すと真暗です。神さまごめんなさい!(第2回)〉

 支払った額はちょうどだったが、あまり流通していなかった2000円札を差し出したので、レジ係は5000円札と間違えた。だから3000円ものお釣りをくれたのだろう。後で売上と残金の額が合わず、レジ係は困ったはずだ。筆者はよほどの罪悪感にさいなまれたのか、ハガキの縁取り模様として、青と赤の「ごめんなさい」を10個も書いていた。

〈 電車の時間を気にして、私も母も焦りながら車を運転していた。一方通行を通った時、道のまん中を悠々と歩く人を発見。「どうして端を歩かないのかしら」と、クラクション。それでも道のまん中での~んびり。イライラしながら側溝ギリギリまで車を寄せてどうにかその人を追いこした。追い越しざまに、その人を見ると…白杖。私も母も無言になった。ごめんなさい。今でも思い出すと胸が痛みます。(第3回)〉

 涙が描かれていた。

〈 会社で働き盛りだった頃、私は社員の採用を担当していた。ある年、面接試験で大きなマスクをした女子学生と向かい合った。筆記の成績は抜群である。

「風邪ですか?」

「いいえ」

「ではマスクを取って下さい」

 うつむいてからゆっくり上げた裸の顔には、右の目の下から口にかけ、写真には無い赤黒い模様がべっとりと張り付いていた。

 目は泳ぎ悲しげであった。

 サービス業という事もあり、会議の末結局不採用とした。

 娘達が嫁いだ今でも自問自答する。

『事務職だってあったのに……』(第4回)〉

 ハガキには文章の背景に、涼やかな目をした聡明そうな女性の顔が左半分だけ描かれていた。

ぷっと笑わせるようなハガキも入賞

 一転して、人を楽しませることが大好きだったやなせさんは、ぷっと笑わせるようなハガキも選んだ。

〈おばぁへ

 私が小学校の頃、おばぁの誕生日にあげたひまわりの種、実はハムスターのエサだったんだ。幼かったから種とエサの区別がわからなかったんだ。悪気は無いんだよ。ケド、おばぁは、一生懸命水をあげていたよね… 母から聞きました。

 亡くなる前に言いたかった。

 本当にゴメンね…。(第2回)〉

 ハガキの縁にはヒマワリがたくさん描かれていた。真ん中には、植木鉢にジョウロで水をやり、芽が出ないのを「?」と思う「おばぁ」がいる。

〈大事な大事なだんな様へ

 だんな様のだいすきな「ハンバーグ」を作ろうと思った時のこと… つなぎに使う牛乳がなくて母乳をしぼっていれちゃった

“おいしい”ってたべてくれたけど…

 次はちゃんと牛乳使うからね

 ごめんなさい いつも“おいしい”って食べてくれてありがとう 大スキです(第3回)〉

 文章にはハートのマークがいくつも入れてあった。

〈 小さいころ、パパのザリガニを、ママとたべちゃってごめんなさい!!

 だけど、すごくおいしかったです(第4回)〉

 赤いザリガニが笑っている絵が大きく描かれていた。

〈 長男が小学校の修学旅行の時、持ち物に名前を記入との事。長男に書かせればいいものを私は全てに息子の名前を記入。

「名前書いちゅうきねえ」

 点検のため学校に持参。ところが帰って来るなり息子の一言「名前がちごうちゅう」

 見てびっくり。息子の名前でなく

 なんと、私の名前が書いてあったのです。

 その時は、つい笑ってごまかしました。

 なんぼか恥ずかしかったろう。息子

 あの時は、ごめんなさい。

 ドジな母でごめんなさい。(第5回)〉

 

 地元の南国市の人だ。息子のパンツなど、女性が自分の名前を書いたであろう下着のイラストが添えてあった。もし点検がなかったら、息子は同級生の前で女性の名前が書かれた下着をはくことができたかどうか。

本人に直接言わないからこそ書ける

 やなせさんは、ハガキでなければ面と向かっては言えないというような内容も選んだ。

〈 ボランティアで結婚してあげたって言ってごめん。

 もう、あなたなしでは生きていけない私です。(第4回)〉

 顔が真っ赤になりそうだが、本人に直接言わないからこそ書ける。

 涙が出そうになるハガキも選んだ。

〈おとうさん。

 ウエディングドレス姿を見せてあげられなくて

 ごめんなさい…。

 自分の娘のその時を、とずっーと楽しみにしてたはず。

 まさかこんなに早くお別れなんて思わなかったから、謝るまでにも時間かかってそれも

 ごめんなさい…。

 だけどおとうさんも謝って!

 まだ56歳だったのに

 これからが人生だったのに母さん残して逝って

 ごめんなさいって…(第3回)〉

 このハガキは、文字だけでイラストはない。

 他にも、やなせさんの人生に重なり合うようなハガキを選んだ。

〈 古里すてて ごめんなさい

 お父さん お母さん そばにいなくてごめんなさい

 心はいつも 高知に向いていても

 すぐには いけない もどかしさ

 明るくておおらかな人々 心許せる友

 青い空 光る海 すんだ川 私を育ててくれた人や物

 すべてに 背を向けて 去ってしまって ごめんなさい

 賑やかなおきゃく 豪快な皿鉢料理

 返し杯も 縁のないこととなりました

 人のあたたかさが 一番大事と 気づいた今

 すなおに いいます ごめんなさい。(第2回)〉

 緑の山、青い川、虫取り網を持って走る少女が描かれていた。茨城県に住む43歳からの応募だった。

 やなせさんは第5回まで審査委員長として関わったが、88歳という高齢になっていた。

「審査をはじめとして、様々な形で協力していただきましたが、『あとはもう自分達でやりなさい』と言われました。ただ、亡くなる前年まで結果の報告は欠かしませんでした」と、コンクールを裏方として取り仕切ってきた徳久さんが語る。

やなせさんの目に触れたであろう最後のハガキ

 地元からの報告で、おそらくやなせさんの目に触れたであろう最後のハガキは、2012年度の第9回に寄せられた。

 この年の大賞は、やなせさんの父の実家があった現在の高知県香美市の高校3年生が書いたものだった。

〈高知県へ

 人口が減り

 若い人が少なくなっているなか

 進学のため

 県外に行くことになって

 ごめんなさい

 でも

 高知県の役に立てるよう

 一生懸命勉強して

 帰ってきます〉

 徳久さんから報告を受けたやなせさんは、“後輩”の思いに目を細めたに違いない。

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 第21回の応募は2024年11月30日まで(当日消印有効)。

 問い合わせは、現在の事務局が置かれている 南国市観光協会

(葉上 太郎)

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