「『弾よけ』として最前線に投入されている」ロシアに送られた北朝鮮の“エリート兵士”たちを待つ「過酷すぎる運命」とは
文春オンライン / 2024年11月16日 6時0分
プーチン大統領と握手する北朝鮮の崔善姫外相 ©時事通信社
ウクライナ政府によれば、北朝鮮軍兵士約1万1000人が、ウクライナ軍が越境攻撃を続けるロシア南西部クルスク州に配置された。ウクライナのゼレンスキー大統領は11日、同州で、約5万人の敵と交戦中だと明らかにした。
5万人のなかには、ロシア軍のほか、北朝鮮兵も含まれているとみられ、軍事専門家たちは今後、北朝鮮兵に多数の死傷者が出ると予測している。
北朝鮮兵は「弾よけ」
韓国の市民団体「自主国防ネットワーク」の李逸雨(イ・イルウ)事務局長によれば、ウクライナ軍の陣地に近い4つのロシア軍部隊に、それぞれ1個大隊規模の北朝鮮兵が投入されている模様だ。編成をみると、北朝鮮兵30人に対し、ロシア軍から将校3人、通訳1人、補給担当1人、重火器担当1人の計6人が対応している。
北朝鮮兵には突撃銃や対戦車ロケットランチャーなどが支給されているが、戦車や装甲車などは与えられていない。李氏は「編成を見る限り、北朝鮮兵はウクライナ軍の弾薬を消耗させる『弾よけ』として最前線に投入されているとみるべきだ」と語る。
クルスク州に配備されたロシア兵は、ウクライナ軍のドローン(無人機)に苦しめられてきた。ロシア兵がウクライナ陣地まで10キロ圏内に入ると、ドローンが手榴弾を雨あられと降らせてくる。クルスク州には、ウクライナ・ブチャで虐殺行為を働いたロシアの部隊も投入されているため、復讐に燃えるウクライナ軍の士気は高いという。
北朝鮮兵士を襲うドローン
ロシア軍は、ドローンへの指示電波を妨害する「ドローン・ジャマ―」を使っているものの、装備の問題から十分な効果を挙げていないようだ。また、ウクライナ軍は指示電波が切れた場合に周辺の敵と識別できた目標に自爆攻撃を行うようプログラムしたAI(人工知能)を備えたドローンも使っている。
ウクライナ軍のドローンはカメラのほか、赤外線センサーも備えている。兵士が隠れても、体温によって検知されて攻撃を受けるという。ロシア軍に比べ、北朝鮮軍はドローンとの戦いを経験していない。「弾よけ」として使われる状況も重なり、更に死傷者が増えそうだ。
韓国政府によれば、ロシアに派遣された北朝鮮兵には特殊作戦軍の兵士もいるという。朝鮮中央通信が10月4日、特殊作戦部隊の基地で行われた訓練として配信した写真を見ると、どの兵士も筋骨隆々の体格だった。10月2日に訓練を視察した金正恩総書記も「一騎当千の万能戦士に育った誇らしい軍人」と語ったほどだ。
筋骨隆々の兵士たちが思わぬ苦戦?
ただ、特殊作戦軍の兵士はゲリラ戦には秀でた能力を持っているものの、クルスク州はところどころ森林があるとはいえ、基本的に平野が広がっており、隠れる場所も少ない。北朝鮮兵は現地に入って2週間ほどで戦闘に投入されているため、地理研究も十分ではなく、相当な苦戦を強いられるだろう。
ロシアは外国人傭兵1人につき4600ドルのボーナスと月給2000ドルを支給しており、北朝鮮兵にも同等水準の給与が支払われるとみられる。月給500ドルから800ドル程度と言われるロシアや中国に派遣された北朝鮮労働者に比べれば好待遇だが、命を懸ける値段としては安すぎる。しかも、ほとんどが北朝鮮の外貨稼ぎとして国家に上納されるとみられる。
そもそも、今回、ロシアに送られた北朝鮮兵たちはどんな人々なのか。北朝鮮では男子の場合、高級中学校(高校)を卒業すると、大学進学者などを除いて基本的に徴兵される。兵役期間はかつて10年程度だったが、最近は7年に短縮されたという情報もある。韓国の2022年版国防白書によれば、北朝鮮軍兵力は128万余り。米グローバル・ファイヤーパワーが今年1月に公開した資料によれば、北朝鮮の現役兵員数は132万人余で、中国、インド、米国、ロシアに次ぐ世界第5位の規模を誇る。
30人中29人が「殴打を経験」
ただ、脱北者や専門家によれば、この数字には裏がある。北朝鮮軍兵士の大半は建設労働や農業などに駆り出され、「無償の労働力」として使われている。労働力とみなされている兵士たちは、軍事訓練をほとんど受けたことがない。李逸雨氏は「こうした兵士は戦闘能力を持っていない」と指摘する。専門家の間では、戦闘能力を持つ北朝鮮兵士は40万から60万人程度だとみられている。
劣悪な環境のため、「労働兵」を中心に、北朝鮮軍の士気は乱れ、問題も多発する。韓国のNGO、軍人権センターが2019年7月から20年6月まで、北朝鮮を逃れた軍服務経験者30人を対象に行った聞き取り調査によれば、軍隊内で殴打された経験がある人は29人にものぼった。また、29人が「定期休暇はない」と答えた。
主食は白米かトウモロコシだが、毎年、秋の収穫期前の7~9月になると、主食をトウモロコシや麦に頼るケースが増える。副食では安定供給されているのは大根だけだという。備品不足を補うため、部隊内での窃盗も相次いでいる。月給は兵士がタバコ1箱程度、将校でも米1キロに満たない程度しか支給されない。
派遣された北朝鮮兵の特徴
そうした「労働兵」と比べて、ロシアに派遣された北朝鮮兵は士気も練度も高く、「最低限の戦闘能力を備えている」(李逸雨氏)という。主に、南北軍事境界線沿いに配置されていた部隊で、「出身成分」(北朝鮮独特の身分制度)も悪くなく、忠誠心も高い。こうした兵士には、より頻繁に政治学習を課すと同時に、比較的良い待遇が保証されている。筋骨隆々の兵士たちも食事環境も悪いものではなかっただろう。
北朝鮮を逃れた元朝鮮労働党幹部によれば、パルチザンの家系など高級幹部たちは、そもそも子どもたちを軍隊に送らない。無条件で大学に進学させる力を持っているからだ。まれに、「範を垂れる」という意味で、高位層の子弟が2年ほど軍隊に送られることもあるが、事故などに遭わないよう、事務職などをあてがわれることが多いという。
ワイロで「なるべく楽な部隊に」
次に、党や政府などに勤務する中級幹部の場合、人脈と賄賂を使うことで「なるべく楽な部隊」に子供を送るように努力する。それは、食料もある程度保証されている南北軍事境界線近くなど、戦闘能力を持つ部隊を意味する。
当局としても、中級幹部の場合は国家への忠誠心という点で問題がないため、安心してこうした部隊に配属する。いわば、今回、クルスク州に送られた兵士たちは、こうした中級幹部の子どもである可能性が高い。
日ごろ、比較的恵まれた待遇があだとなり、クルスク州の戦場に送られることになったとも言える。まさに、「人生万事塞翁が馬」。金正恩体制を維持するための人柱にされた北朝鮮兵士たちの運命に同情を禁じ得ない。
(牧野 愛博)
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