「お草の暮らしそのものが、お草を助けている」 「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズ・一区切り記念インタビュー(前編)
文春オンライン / 2024年11月18日 6時0分
『黄色い実』
シリーズ累計80万部を突破している「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズ。このほど発売された『時間(とき)の虹』は、第12弾にしてなんと「結び」の一作となりました。
2004年、「紅雲町のお草」でオール讀物推理小説新人賞を受賞し、20年の時間をお草さんと共に走り続けた著者の吉永南央さんに、「結び」を迎えるまでの道のりと心境を伺いました。
全2回の前編です。( 後編はこちら )
★紅雲町珈琲屋こよみシリーズとは
北関東の、観音様が見下ろす街・紅雲町(こううんちょう)。ここで、気丈なおばあさん、杉浦草はコーヒー豆と和食器の店「小蔵屋」を営んでいる。日課の朝の散歩で出くわすちょっとした出来事や、お店の試飲のコーヒーを目当てに訪れる常連客たちとの会話をきっかけに、お草さんは街で起きた小さな事件の存在に気づくのだが……。
甘いだけじゃない、ちょっぴりビターな「日常の謎」系ミステリ。
詳しくはこちらから。
https://books.bunshun.jp/sp/osou
◆◆◆
――最新作『時間の虹』は、静かな時間が流れる、いつもの小蔵屋から物語が始まります。穏やかに見えて、実はいろいろな事件が進行している……一番驚いたのは、前作『雨だれの標本』でやっとプロポーズにこぎつけた山男・一ノ瀬と、小蔵屋唯一の正規従業員・久実に不穏な空気が漂っていることです。
吉永 衝撃を与えてしまったそうで、すみません(笑)。しかも、帯には「小蔵屋、まさかの閉店。」ですしね。何事かと思われるのではないでしょうか。
――あらためてシリーズを見返すと、7作目『黄色い実』から登場した一ノ瀬という人物だったり、8作目『初夏の訪問者』に出てきたある団体が絡んで来たり、と、シリーズ後半に出てくるトピックが、この『時間の虹』で解決を見せていきますね。
吉永 そうなんです。未読の方には、1作目の『萩を揺らす雨』はお草の登場なので読んでいただきたいとして、次は『黄色い実』から久実と一ノ瀬の関係を追っていくというのはおすすめの読み方です。私もまさか、こんなに一ノ瀬との関係を書くことになるとは思いもしませんでした(笑)。
逆に言うと、6作目まであまり動かない時間の中にいたものが、久実と一ノ瀬の関係という、はっきりと進行していくものを描き始めたので、時間を進めるしかなくなった、ということもあるんですよね。
――『時間の虹』はお草さんによる語りと、一ノ瀬による語り、2つの目線から物語が進行しますね。
吉永 一ノ瀬の目線というのは、第10作の『薔薇色に染まる頃』でも実験的に試したことがありました。一ノ瀬は結構気に入っているキャラクターで、お草、久実、と関係者がそれぞれの道を歩むにあたって、誰か客観的に見てくれる人が欲しいなと思ったときに、やっぱり一ノ瀬だろうと。
お草は還暦を過ぎてから古い雑貨屋を改築して新しいお店を始めた、どこか「普通のおばあさん」とは違う人。一ノ瀬も、弟を山で亡くした経験がありながらも、山に登らずにはいられない、やっぱり普通の成人男性とは違う人。お互いに属性としては遠いところにいながらも、理解しあえる余地がある二人だと思ったんです。
――普段あまり描かれることがなかった一ノ瀬の意外ともいえる内面を垣間見ることができました。意外と情に厚いというか、仲間思いなんですよね。
吉永 彼はぱっと見ただけでは分かりづらい性格をしていますよね。人付き合いも苦手そうに見えて、でもなぜか人に囲まれている。
でも山男ってそうじゃないかと思うんです。山を登っていると、みんな自分との闘いでありながらも、周りの人を助けたり、地元の消防や警察とも連携して動いたりすることだってあるし、そもそも山小屋なんて密集状態なわけで、人との関わりがけっこう多いんです。上から石を落としちゃダメだ、道は登る人が優先だとか、いろいろなルールがあって、他人のことを考えてコミュニケーションをとるのが前提になっている。
そうした距離感での人との関わり方って、お草に共通しているんじゃないかと思うんですよ。自分から積極的に人に絡んでいくわけではないけど、求められたら手を差し伸べる。平和なときは隅っこのほうでみんなのことを眺めているけど、ひとたび問題が起きると、一番みんなが嫌がるようなところに手を突っ込んでいってしまうというか……。
――たしかに、二人は実は似ているんですね。お草さんはセルフケアが上手というか、抱えきれなくなってパンクするってことはなく、久実ちゃんに任せられるところは任せたり、うまく自分の機嫌を取りながら、自己犠牲にならない範囲で人を助けていますよね。
吉永 お草の暮らしそのものが、お草を助けているんですよね。このシリーズで描かれることは「ちょっぴりビターな」と言っていますけど、現実はもっともっと厳しいでしょう。生きていく中で大変なことって、皆さん当たり前のようにあって、その中にちょっとした楽しみとか、これがあれば自分は機嫌よくいられるということを、自分で客観視して分かっている人は強いんだと思いますね。それができると、悲しみに打ちひしがれて何かに依存したり、潰れてしまうということがなくなるんじゃないでしょうか。
自分一人で持てない荷物がやってきたときに、一旦置いて、荷物を降ろして休んでよく考えてみようかな、って、そういうことが、助けてくれる人が近くにいたらできるんですよね。別に「助けて」とまで言わないにしても、心の中でだけでもうまく人を頼ることができれば、ひと呼吸おく時間を持つことができるはず。自分の弱さを認めるというか、自分がそんなには強くないということを受け入れるという強さというか。
――だからこそなのか、お草さんは誰に対しても分け隔てなく付き合えるんですよね。誰に対しても、老いも若いも、みんな一人の人間としてみていることが伝わってきます。
吉永 目の前にいる人を、「いつかの自分、あるいは明日の自分かもしれない」と思いながら付き合っているんですよね。お草自身も、若い頃はその当時の女性に望まれるようなことをしなかったし、いい年して新しい店を始めるなんて、と近所の人に眉をひそめられたりもする。誰がどんな思いを秘めているのか分からないからこそ、誰のことも軽んじないというか。
子供のように小さくても、やっぱり一人の人間だとお草は思っているんです。子供だって、経験が少なかったり、無知であるからこそ、大人より恐れがなくて、時には大人を守ってしまうことだってあるでしょう。
お草は高齢者で体力もないし、独り身だし、先々がどうなるか分からないけどお店をやっている。すごく強い人ではないけど、うまく人とつながることで問題に対処している。そういう形で、人とつながっていければいいなと思います。
( 後半 へ続く)
(文藝出版局)
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