【ネタバレ注意】『時間の虹』読後のあなたと語りたい、著者に聞くアフタートーク 「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズ・一区切り記念インタビュー(後編)
文春オンライン / 2024年11月18日 6時0分
時間の虹
シリーズ累計80万部を突破している「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズ。このほど発売された『時間(とき)の虹』は、第12弾にしてなんと「結び」の一作となりました。
あまりに衝撃の展開に、編集担当・文庫担当・デザイナーは騒然。なぜ、こんなことが起きたのか? 著者の吉永さんは、いつからこんなことを考えていたのか?
本書をお読みくださった方に送りたい、本音のアフタートークです。全2回の後編です。( 前編はこちら )
※未読の方は先に本書をお読みください。
★『時間の虹』あらすじ
小蔵屋、まさかの閉店。
静かな時間が流れる、いつもの小蔵屋。
オーナーシェフだったバクサンが引退し、お祝いをするお草だが、心には一抹の不安が。
一つ、不審な間違い電話が相次いでいる。
もう一つ、久実の婚約者・一ノ瀬が8ヵ月以上も店に顔を出さないのだ――。
小蔵屋に、何が起こっているのか?
止まっていた時間が、動き出す。
詳しくはこちらから。
https://books.bunshun.jp/sp/osou
◆◆◆
――前作『雨だれの標本』で、やっと一ノ瀬が久実ちゃんにプロポーズしたことで、デザイナーさんはずっと「次回の表紙は二人の結婚式だ」と楽しみにしていたそうなのですが……ふたを開けたら、まさかの破局。皆、かなり驚いていました。
吉永 申し訳ないです(笑)。あの二人、出会いからずっと波乱万丈ですからね。
――吉永さんとしては、この破局は見越したものだったんですか?
吉永 そうですね。あのまま結ばれるんじゃなく、結婚前にいろいろある方がいいんじゃないかと……。その前振りのつもりで、梅園管理者の齋藤睦(むっちゃん)が、好きな人とは結婚できなくて、でもずっと好きなままだ、というエピソードを入れたんですよ。
――いろいろあったことで、久実ちゃんにいい意味で影が出来たというか、人としての厚みを感じるようになりました。
吉永 久実は、家族に大事にされて育ってきて、ずっと「守られる側」だったんですよね。離れている7年の間に、子供を持つことで、はじめて「守る側」になって、やっと一人で立つことを学んでいったというか……あの状態のまま、一ノ瀬と結婚してもうまくいかなくなったんじゃないでしょうか。
それは一ノ瀬も同じで、彼もやっぱり山を諦めるといって諦めきれない。人に自分の感情を話すのが苦手で、「謎男」だったところから、10年ほど会社で働いて、社会的なつながりを学んでいた。
そうやって、お互いがそれぞれの人生を歩んだうえで、やっぱり二人でいないとダメだ、ってならないと、本当のハッピーエンドとは言えないんじゃないかと思ったんです。
――7年の間、久実ちゃんが犬丸と結婚生活を送っていたのも驚きですが、一ノ瀬がずっと久実ちゃんのことを引きずっているのも意外でした。
吉永 別れた当初は一人になってほっとしてしまう自分もいたと思うんですよ。でも、一ノ瀬は、家庭の温かみを知らずに育ってきたでしょう。知らず知らずのうちに、久実がもっている「普通の家庭の温かさ」みたいなものに触れてしまって、それがなくなったというのはすごくつらいことだったのではないでしょうか。
別れたあとも無意識のうちに、考え方がどこか久実を基準にしてしまっているというか、彼女が心身にしみ込んでいるんですよね。だから再会して、心と体が久実から離れていないということを一気に自覚してしまう。
――一ノ瀬が、久実ちゃんとの時間を真空パックされたかのようになんでも思い出してしまうところが、切なくもあり、希望でもありました。もう一人のまさかの登場人物が、犬丸さん。前作で役人でありフィルムコミッションの担当者として現れましたが、まさか今作にも登場するとは思いませんでした。
吉永 そうですか(笑)。でも私の中では、前作で登場したときから、久実は一度は犬丸みたいな人と結婚をするのかなと思っていました。久実と犬丸はタイプとしては似ていますよね。周りにいる人を大事にして、いつも仲間に囲まれていて、あったかい家庭を作りたいと思っている。
やっぱりあの一ノ瀬のプロポーズの時点では、久実は一ノ瀬を受け止めきれなかったと思うんです。いつ山で命を落としてしまうかも分からない人と、子供を一緒に育てていくのって大変じゃないですか。かといって、山から引き離してしまうこともできない。一ノ瀬の家族にも、受け入れられているわけではないことも自覚している。久実みたいに、相手の気持ちになって物事を考えてしまうタイプだと、あのまま一緒に居続けることは難しかったんだと思います。
――『初夏の訪問者』で登場した、「西方の峯」というカルト教団との関わり方も今作で区切りを迎えますね。
吉永 宗教については、幼少期に遠藤周作さんの『沈黙』を読んでからずっと興味があって、考えていたことだったんです。紅雲町には観音さまがいるでしょう。観音さまにお祈りをしたり、お地蔵さんに幼い息子を重ねて、手をあわせたり、そういう日常の延長線上にカルトの問題はあると思います。ことさらに描きたいというのではなく、日常にあるものとして出てきたという感じですね。
犬丸にとって、父親の存在は、自分の思想を形作るうえで大きなものだったと思うんです。人生において大切な局面で、その教えに反するようなことをして、さらに父も失ってしまったことで、深いダメージを負った。
その弱くなったところに手を差し伸べてきたのが「西方の峯」だったんだろうと。彼らは非常に簡単で、分かりやすい答えをくれるので、それ以上悩まなくてよくなるんじゃないでしょうか。
――日常の延長という意味では、本作で、すごく美しい花器が描かれながら、それが包まれていたチラシが「西方の峯」のものだった……のように、日常のワンシーンにふと出現している気味の悪さが演出されていました。
吉永 物語を書くときに、カメラを構えるようにフレームを切り取ろうとするんですけど、そこに入ってきてしまうものを「邪魔だ」と思って取り除くというのは、なんだかとてもいけないことをしている気持ちになるんですよ。
第一作の『萩を揺らす雨』でも児童虐待の問題を扱っていますし、社会問題や政治の話をするのは、日常では普通のこと。小説の中でそれを排除するのは、逆に不自然だと思うんです。
エリザベス・ストラウトの『オリーヴ・キタリッジの生活』という小説がありますね。人間の生活を描いていて、夫婦、家庭の問題や、息子との関係、地元の人たちとの問題もある中に、政治や宗教の話も語られている。「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズを数冊刊行するまで読んでいなかったので、参考にしたわけではないのですが、のちに翻訳を読み、こういう叙述の仕方ってあるよね、と背中を押されたというか、励まされました。
――初めて書いた小説が新人賞を受賞、そのままシリーズ化して20年にわたり書いていただきました。
吉永 夫が仕事先から古いパソコンをもらって帰ってきて、そのまま置いておくのもなんだしな、と思って書き始めたのがきっかけでした。それがこんなに長く続いて、自分でも驚きです。いま思うと笑っちゃうんですけど、新人賞の規定とかもあまり調べなかったので、書いたものをプリントアウトして、製本テープで製本して送ったんですよ(笑)。まとまった量の文章を出すのは卒論以来だったので、その要領で応募してしまって。
――20年の間に起きた変化はありますか?
吉永 『萩を揺らす雨』には5編の短編が入っていますが、その頃には私とお草の間に距離がありました。イメージとしては、家の中に一人でいるお草の表情を遠くから眺めていて、それをスケッチしているような……。シリーズ化しようと思って書き始めたものではないので、書き終えたときに「シリーズに」と声をかけていただいても、どうしたものか、と悩んだのを覚えています。
連作として、2作目、3作目を書くにあたっては、頭の中を整理して、ぐっとお草の近くに寄って――彼女の1mくらいのところにずっとよりそって、一緒に生活したり、ため息をついたりする感じでした。
私自身は虚弱体質というか、体力も気力も乏しいほうで自分にも甘いので(笑)、定期的なお仕事を果たしてできるのか、というのは不安だったんです。完全なモデルというわけではないですが、着物姿でちゃきちゃきお店を回すおばあさん、というのは私の祖母の姿の投影でもあって、私自身、書きながらお草に支えてもらった気持ちです。
――物語は一度「読点」を打つ形になりました。今後、この世界でのお草さんと久実ちゃんの姿が見られないのは、寂しいですね。
吉永 今度は一ノ瀬を中心に若い人たちの話をするのもいいし、お草が今の時間から昔を思い出すというのもいいし……揺れ動いています。
でも、久実とお草は離れていても、お互いに忘れっこないし、大切な存在であるというのは変わらないと思うんですよ。それまで毎日のように顔を突き合わせていた友人が、例えば結婚して転勤に付き合ったり、転職して別の業界にいったり、まったく会わなくなることってあるでしょう。しかし偶然にでも、会いさえすればその時間を飛び越えてまた仲良くなる。そういう意味も込めて、今作のタイトルをつけました。
なんだか人間関係って不思議で、時間が経てば経つほど大事になっていく人って、いるんですよね。もうたぶん二度と会えないんだけど、時々ふっと思い出して、その人ならどう思うかなと考えることが自分の座標軸になっているというか。それって、単に仲が良かったとか、長い時間を一緒に過ごしたとかではないんですよね。時間が経ってみないと分からない関係。お草と久実は、きっとそんな風に、お互いのことを思いあっているんじゃないかと思います。
――シリーズをご愛読いただき、ありがとうございました。これからのお草さんたちの活躍に、どうぞご期待ください。
(文藝出版局)
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