戦後最大のミステリーと呼ばれる「下山事件」から75年、今明るみになった“新たな視点”とは…「殺害場所」「ある関係者の果たした役割」
文春オンライン / 2024年11月18日 7時0分
『下山事件 封印された記憶』(木田滋夫 著)中央公論新社
終戦直後の占領期、世情の荒廃と国際情勢の緊迫化に翻弄された日本では、今では考えられないような奇妙な未解決事件が相次いだ。銀行支店の行員らが毒殺、無実を訴える画家が逮捕された帝銀事件、GHQに小説家が拉致監禁された鹿地事件――そして下山事件だ。
1949(昭和24)年7月、国鉄の下山定則総裁が常磐線の北千住―綾瀬間で轢死体として見つかった。立て続けに、三鷹事件、松川事件と呼ばれる列車脱線転覆事故が発生した。
当時の国鉄は60万人もの職員のうち10万人を解雇する合理化を進め、労使対立が激化していた。一連の事件は労組側の陰謀として処理された。当時から不可解な点が多く、警察や検察、マスコミ報道を巻き込んだ論争を引き起こしたが、1964(昭和39)年に公訴時効を迎えた。
その間、松本清張が『日本の黒い霧』を著し、GHQで反共工作を手掛けたG2(参謀第2部)による謀略説を唱えて「黒い霧ブーム」を引き起こした。さらに平成に入ると、祖父が事件関係者だったという小説家の柴田哲孝らが、旧日本陸軍の謀略機関出身者の犯行説を提唱し、近年NHK『未解決事件』が取り上げたことも記憶に新しい。
昭和、平成と幾度にも渡ってブームを巻き起こした下山事件は、仄暗い陰謀の蠱惑的な香りに魅せられるように、真相を何年も追い続けるフォロアーが数多く存在し、「下山病」と呼ばれているそうだ。かくいう坂上泉も大学時代に「罹患」し、ネットでの創作活動の糧とし、そして現在もなお戦後史を創作の題材にするモチベーションの導火線となっていることを正直に告白する。
本件に取り憑かれた「患者」の1人である著者・木田滋夫氏は、読売新聞の記者でもあり、現場近くの資料館や国鉄OBのイベントにこまめに顔を出していた。そのなかで2つの新資料、そして1人の証言者と出会ったことをきっかけに、20年近い調査の結果を、読売新聞オンラインの連載として世に送り出したものが、本作となる。
本作は、これまであまりスポットの当たらなかった、ある関係者の果たした役割を明らかにし、下山氏の殺害場所を仮定するに至った。現行の最有力仮説を補強する役割も果たす。事件から実に75年が経過した令和になって、新たな視点が明るみに出ることなどもうないと思っていた「患者」にとってはうれしい驚きだ。
新たな証言者も全てを語ることはなく、本作をもってしても、事件の真相は今なお黒い霧の向こうだ。この国の今を形作るに至った礎に何があったか、全容は未だ明らかにならない。それでも、下山事件研究は令和に入り、昭和の松本清張、平成の柴田哲孝らに続く、第3の局面を迎えたと言えよう。その立役者は木田滋夫だと後世の研究史に記されるだろう。
きだしげお/1971年神奈川県生まれ。情報業界勤務を経て、99年に読売新聞入社。横浜支局(神奈川県庁担当)、東京本社社会部(環境省担当)、中部支社社会部(愛知県警担当)、千葉支局デスクなどを経て2019年に東京本社教育部。23年に同部次長。
さかがみいずみ/1990年兵庫県生まれ。2020年『へぼ侍』でデビュー。ほかの著書に『インビジブル』『渚の螢火』がある。
(坂上 泉/週刊文春 2024年11月21日号)
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