国土は消滅の危機に…人口13万人の島国・キリバスでいま何が起きているのか
文春オンライン / 2024年11月21日 6時10分
太平洋中部に位置し、33の環礁からなるキリバス共和国。上空から見た環礁は南海に浮かぶ楽園であり、地球上に残された最も美しい風景の一つだ。キリバスの人々は、ここで自然と向き合いながら2000年以上にわたって暮らしてきた。しかし降り立つと、気候変動がもたらした激しい爪痕を目にする。海面上昇により海岸線は激しく浸食され、国土は消滅の危機に瀕していた。
キリバスの人口は約13万人。無人島を除く国土の総面積は日本の対馬とほぼ同じだが、細長く連なる島々で構成されるため、世界有数の排他的経済水域を持つ。また、島には旧日本軍の砲台が残されており、戦前にはここに多くの日本人と韓国人が駐留していたことも知った。
日本ユニセフ協会の現地視察のリポートを写真で紹介しながらお届けする。
将来、海面上昇は最大60.2センチを予測
首都のあるタラワ島で標高が一番高い場所を示す看板。わずか3メートルしかない。国連諸機関がまとめた報告書によると、2080年には2000年と比べて最大60.2センチの海面上昇が予測されるという。島は細長い環礁で、最も横幅が広い場所でも約200メートルほどである。一部の海岸線はすでに大きく浸食されており、井戸水の塩水化などさまざまな問題が起きていた。
気候変動の要因とされる温室効果ガスのキリバスの排出量は、世界で下から3番目であり、全体の0.0002%に過ぎない。ちなみに現在のキリバスの最大の支援国は中国であり、世界の温室効果ガス排出量の30%以上を占めている。
何世代にもわたって住んできた土地も失われ
夕暮れの海で漁をする島民たち。広大な排他的経済水域を持つキリバスは、諸外国からの漁業権による収入が国家予算の大半を占めている。沖合には日本や中国などの大型漁船が多数停泊していた。領海は世界有数のマグロの漁場だったが、近年海水温の上昇による影響で、マグロの種類によっては生息域の変化が見られる、という話も聞かれた。
また、現在のキリバスには耕地がほとんどなく、農作物のほとんどを輸入に頼っている。商店には缶詰や冷凍食品が並び、物価は体感的には日本とさほど変わらない。現在では新たな試みとして、中国人スタッフ(China Aid)による農業指導も行われている。
ベケニベウ西小学校の副校長を務めるブエナ・リモンさん(56)。彼女の故郷はタラワ島から飛行機で20分ほどのマラケイ島にあるが、海岸沿いにあった実家は海面上昇の影響で海に飲み込まれ、家族は移住を余儀なくされた。キリバスの人々は家族や土地に対する結びつきが大変強く、墓も敷地内に建てられる。何世代にもわたって住んできた土地が失われたことを話しながら、彼女は涙が止まらなかった。
海面上昇が切迫した問題となる中で、前政権ではフィジーへの移住政策も進められていたが、現政権では中止されている。親戚や知人がすでに移住した人もいるが、生まれ育った地を離れたくない人が多い。
「タラワの戦い」日本軍も駐留していた激戦地
タラワ島北部の沿岸部に残された旧日本軍の砲台。この海岸沿いに3基が今も保存されていた。太平洋戦争時、ここは「タラワの戦い」と呼ばれる激戦地であった。
戦前にはこの島に約4600人の日本軍が駐留していたという。そのうち約1200人が朝鮮半島の出身者だった。1943年11月のアメリカ軍との戦闘により、日本軍は全滅した。近くには日本人と韓国人の慰霊碑があり、戦後79年の時を経ても日本とキリバスの歴史を伝えている。
テマキン村の海岸線に、ゴミを溜めて作った防波堤があった。プラスティック類から生ゴミまで捨てられており、衛生状態は非常に悪い。大きな波が来たときには、海水や居住地域の汚染が懸念される。この地域は島の中でも貧しい人々が暮らしており、スラム街のような感じだった。集落のすぐ横に広がる砂浜は海面上昇によって、わずか数年で5メートルも削られたという。波打ち際に、かつて防波堤の役割をしていた大きな砂袋が幾つも沈んでいた。
2008年の大潮「キングタイド」が残した爪痕
エイタ村のラグーンサイドに住むメーレさん家族は、2008年の「キングタイド」と呼ばれる大潮によって自宅と経営していた小さな商店を流されてしまった。当時、夫は海外へ出稼ぎに行っており、家にはメーレさんとまだ幼かった2人の子どもしかいなかった。潮が満ちてきたときに、土嚢を出して堰き止めようとしたが歯が立たず、子どもを抱えて逃げるしかなかった。「何度取材を受けても、現状は何一つ変わっていない」と無力感を口にした。
「キングタイド」によって崩された防波堤。ここには小さなコミュニティがあったが、今は家が一軒も建っていない。満潮時には、この一帯は海に沈む。近年は海岸浸食だけでなく、かつてはあまりなかったサイクロン被害など気候変動の影響と思われる異常気象も増えている。島民の言葉が響く。
「知恵を寄せ合い、生産による悪影響を最小限に抑えてほしい。キリバスの人々はここで生まれ、ここで生き、この場所で死ぬことを願っている」
一時的な滞在であれば美しいオーシャンビューを眺められるが…
環礁であるタラワ島を構成するべシオ島とバイリキ島を繋ぐ幹線道路。この道路は日本の無償資金協力によって1987年に建設された。写真左側が遠浅の潟に面する穏やかなラグーンサイド、写真右側が外洋に面していて沖にいくほど深い青に変わるオーシャンサイドと呼ばれている。美しい海だが、泳ぐ人の姿は見られない。ほとんど観光化されていないのと、上下水道が整備されていないため海で用を足す人が多いのもその理由だ。
漁船からカメラを陸地に向けると、民家の建つ位置が海面からわずかの高さしかないことがわかる。リゾート地のような一時的な滞在であれば美しいオーシャンビューを眺められるが、ここで家族が生活していることを考えれば、不安でしかない。公共機関や政府関係者などの豊かな家にはコンクリートの防波堤が作られているが、一般的な家にはそれがなく土嚢などを家の前に並べている。
防波堤と水質浄化が期待できるマングローブ
ユニセフ(国連児童基金)の支援で、海岸線に植えられたマングローブの苗木。マングローブには海岸線の浸食を防ぐ効果があり、大潮のときには防波堤の役割も果たす。また水質浄化の効果も大きい。
遠浅の海では引き潮のときには、彼方まで美しい干潟が広がる。沖の潮溜まりには、魚介類を採る人々の姿があった。
ベケニベウ西小学校の子どもたち。一人一人の笑顔がとても素敵だ。大人たちはその澄んだ輝く瞳を「キリバス・アイ」と誇らしげに呼ぶ。
学校ではカリキュラムの一環として気候変動についても学んでいる。児童からは、年々激しくなるサイクロンなどの異常気象への不安が聞かれた。
「嵐のときに、すごく強い風が吹くようになった」
「家の周りの木が倒れるんじゃないかと心配になる」
小学校は海辺に面しており、海側に5メートルほどの防潮堤があるが、最近では大潮のときに海水がそれを超えてくることがあるという。
夕暮れに、キリバスの海は絶景を見せてくれた。干潮時に環礁が浮かび上がると、そこには楽しそうに水の上を渡る親子のシルエットがあった。見つめながら、このまま時間が止まって欲しいと思う。果たして、この風景は近い未来に失われてしまうのだろうか。
近年キリバスで進む井戸水の塩水化は、海水面上昇が影響していると考えられている。ユニセフは水と衛生の状況を改善する取り組みの他に、保健や栄養、教育など様々な分野で子どもたちのために支援活動を行っている。
写真=野澤亘伸
INFORMATIONアイコン
日本ユニセフ協会のキリバス視察報告のパネル展が、東京・高輪のユニセフハウスにて11月5日から行われています(終了未定)。
https://unicefhouse.jp/
また全国巡回も予定されています。
岐阜県 開催 12月2日~16日
会場:みんなの森 ぎふメディアコスモス
https://g-mediacosmos.jp/
香川県 開催 2025年3月19日~4月2日
会場:綾川町立生涯学習センター
https://takamatsu-udmap.jp/ud/2019021803833/
(野澤 亘伸)
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