お行儀のよいオフィス街へ変身を遂げる渋谷に取り残された人たち
文春オンライン / 2024年11月26日 6時10分
2024年7月、再開発中の渋谷駅 ©時事通信社
今の50代から団塊世代くらいまでの人たちにとって、渋谷の街は青春の思い出多い、懐かしい場所として記憶に残っているだろう。
だが現在の渋谷に赴くと、まず駅ナカから迷子になること必定だ。渋谷駅は今大改造の真っ最中で、駅構内のいたるところで工事が行われ、どの通路を通っていけば、どの場所に出られるのか、皆目見当がつかず立ち往生する中高年の姿が目立つ。
若い頃の記憶などまったく役にたたないどころか、駅を出た彼らの目に映るのはどこか異国のような風景になっているのだ。
渋谷駅を中心に商業街として発展
渋谷は「谷底の街」と言われるように、北は代々木、西は駒場、南は恵比寿、そして東は青山からすべて坂を下ってきた谷底にある街で、真ん中にある渋谷駅を中心に商業街として発展してきた歴史がある。この街の発展を牽引してきたのは、東急東横線の始発駅渋谷を抱える東急電鉄(現東急)だった。1950年代には東急会館、東急文化会館をオープン。東急百貨店や東急東横店の買い物客を相手にした文化事業などに注力した街づくりを行ってきた。70年代に入ると西武系のパルコをはじめ、道玄坂下にはSHIBUYA109がオープン。渋谷は一躍最先端ファッションの街として脚光を浴びた。多くの中高年が渋谷を想うのは、こうしたファッションと飲食の街というイメージだろう。特に大学生が集まる街だった渋谷は、常に若者が行き交い、最先端の流行を感じることのできるお洒落な街だったのである。
80年代以降になると、街の主役は大学生から高校生にとって代わられる。渋谷近辺の有名校に通う女子高生たちがカジュアルファッションに身を包んだ渋カジ族を皮切りに、街は徐々に荒れ始め、チーマーといった不良グループに席巻されるようになる。現在NHKの連続テレビ小説で話題のギャルが闊歩した時代だ。渋谷センター街には不良少年少女が屯するようになり、治安の悪化も叫ばれ始めたのがこの時代だ。
渋谷が変貌を始めたのは2000年
そんな渋谷が変貌を始めたのは、2000年4月にオープンした渋谷マークシティからだと言われる。この東西に細長い建物の竣工によって東京メトロ銀座線やJR線から一歩も外に出ることなく、道玄坂上までアクセスができるようになったことは坂の多い街にとって、画期的な改造だった。
マークシティに続いて誕生したのがセルリアンタワー東急ホテルである。それまで渋谷はホテル過疎エリアと言われていたが、マークシティ内の渋谷エクセルホテル東急に加えて高級ホテルが続々と完成したことは渋谷の街にあらたな彩を添えることとなった。さらに東口では東急文化会館を取り壊し、2012年4月にオフィスと商業施設の複合ビル、渋谷ヒカリエが誕生する。高層ビルの無かった渋谷駅前に忽然と聳え立ったヒカリエは渋谷の未来を予感させるに十分なインパクトのある建物だった。
アベノミクスで高層建物が林立
渋谷の開発が加速するのが、アベノミクスと呼ばれた大規模金融緩和が行われた時代だ。2017年4月渋谷キャストを皮切りに、18年8月渋谷ストリーム、19年3月渋谷ソラスタ、8月渋谷スクランブルスクエア東棟、10月渋谷パルコ、渋谷フクラスと高層建物が林立し始める。ここで開発は一段落するがこの間をつないだのが、三井不動産によるMIYASHITA PARKの開業だ。Park-PFIの手法を使った公園の開発は、あらたな再生方法として注目される。
開発の槌音はここで終わりではない。23年9月道玄坂通開発、11月渋谷サクラステージ、24年5月渋谷アクシュと立て続けに竣工する。これからの予定としては駅東口を舞台に、26年度渋谷一丁目地区共同開発、27年度渋谷スクランブルスクエア西棟、中央棟、道玄坂二丁目南、28年度宮益坂、29年度渋谷二丁目といずれも第一種市街地再開発事業が完成する予定だ。
都心でも有数のオフィス街へと変身
渋谷の街はそれまでの商業街から最先端のオフィス街に大変身を遂げつつあるのだ。渋谷がなぜ、オフィス街として注目されているのかといえば、アメリカのシリコンバレーをまねて、渋谷の「渋=ビター」をもじりビットバレーと呼ばれるようにIT・情報通信系の企業が多く集積しているからだ。新築されたオフィスビルには、Google、GMO、MIXI、サイバーエージェント、スクウェア・エニックス、ByteDance(中国北京)などがテナントとして名を連ねる。
その結果として、渋谷は今や、東京都心のオフィス街の中でも有数の地位を築くに至っている。三鬼商事の調査によれば、渋谷区の主要オフィスの空室率は24年10月で3.94%と都心5区の平均空室率4.48%、港区5.71%を大きく下回る。平均賃料単価に至っては、月坪当たり単価で2万3861円と、大丸有(大手町・丸の内・有楽町)を抱える千代田区の2万1716円、中央区1万8294円を上回る高額賃料を享受している。
渋谷から“排除”される若者
大変貌を遂げつつある渋谷の街の中ではじき出され始めたのが、それまで街中を闊歩していた中高校生などの若者だ。彼らは元来、渋谷センター街を中心とした宇田川町界隈に生息しながら、道玄坂、円山町、南平台、桜丘あたりに足を伸ばしていたのだが、近年の開発によって、ほぼセンター街の中に閉じ込められた状態になってしまった。
すでに女子中高校生のかなりの割合が、街を北上し、原宿からさらに北の歌舞伎町から大久保、新大久保付近に屯するようになっている。彼ら彼女らにとっては、部厚い大理石を敷き詰めた冷たい床にじかに座るのはどうにも居心地が悪いだろう。だいたい、周囲を歩く人たちが皆、現代の花形産業であるIT・情報通信系で働くエリートたちというのも、相性が悪すぎだ。
また最近の渋谷は、時にははっちゃけたい彼らに冷たい態度をとる。昨年から始まったハロウィン排除は、街を訪れていた外国人も含め、彼らを「お呼びでない人たち」として排除する方向に向かっている。
清潔で整然とした街並みとなった渋谷の街を歩いてもらっては迷惑だ、と言っているようにも見えるのだ。
2030年、渋谷はどうなるのか
さてこんな発展する街、渋谷に死角はないのだろうか。少々心配なのが、この街に急速に集結するようになったIT・情報通信産業だ。今は成長力の高い「伸び筋」の産業であるが、産業の栄枯盛衰は世の常だ。かつて飛ぶ鳥の勢いをみせていた繊維や鉄鋼業は廃れ、日本の代表的産業の自動車や電機にも陰りが見えはじめた。人々の働き方にも必ずしもオフィスというハコを必要としないライフスタイルが急速に市民権を得始めている。いつまでもテナント候補として思い込んでいると、産業全体での環境が変わった瞬間、多くのテナントを一度に失うリスクもありそうだ。
これからの開発が、これまでは渋谷の街の歴史とともに生きてきた東急グループが主体であったものが、ヒューリックや三菱地所、東京建物といったよそ者の手によるものが増えてくることも気になる。
現在計画中の再開発事業が出そろってくる2030年。日本の人口は今まで以上に下げ足を速め、高齢化は頂点を迎えている。そのとき、渋谷の街はどんな顔をみせるのだろう。そしてセンター街にはまだ若者の姿を見ることはできるのだろうか。
渋谷の将来像から目を離せない。
(牧野 知弘)
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