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「日本企業の生産性が伸びなくなった一因に…」経済学者が語る“解雇規制の見直し”が必要な理由とは?

文春オンライン / 2024年11月28日 6時0分

「日本企業の生産性が伸びなくなった一因に…」経済学者が語る“解雇規制の見直し”が必要な理由とは?

写真はイメージです ©graphica/イメージマート

 9月に行われた自民党総裁選で、河野太郎氏が「解雇の金銭補償の導入」に言及し、小泉進次郎氏も「解雇規制の見直し」を訴えた。ところが「企業がクビにしやすくなる」「国際的に見れば日本の解雇規制は厳しくない」といった批判の声が上がると一気にトーンダウンし、総裁選後はまったく議論されなくなった。

 しかし、経済学者の大竹文雄氏によれば、非正規社員を大量に生み出したのは「解雇規制」であるという。その実態とは?

◆◆◆

 日本は「解雇の難しい国」という認識に対して、37カ国中11位という2019年のOECD調査などを根拠に「厳しくない」という反論がなされてきました。しかし長年、議論を続けて見えてきたのは、日本の制度が他国と違って、複雑で不透明なものとなっていることです。

正社員は安定的かと思いきや

 民法第627条には、「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する」とあります。

 正社員は安定的地位を保障されていると思われていますが、実は民法では2週間前に申し入れれば、(労働側は)辞めることも、(会社側は)辞めさせることもできるという規定になっている。しかし大原則はこう定められているのに、解雇しにくい状態になっているのはなぜでしょうか。

 それは「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇は、その権利を濫用したものとして無効とする」という考え方(解雇権濫用法理)が適用され、どんなケースが「不当解雇」かを裁判で決めてきたからです。現在は労働契約法第16条にも、同じ趣旨の規定が明文化されています。

裁判をしてみないと分からない

 逆に言えば、法律の条文には抽象的な規定しかないため、実際に解雇が無効かどうかは裁判をしないと分からないという状況になっているのです。しかし裁判に訴えられるのは、かなり恵まれた労働者に限られます。裁判期間も長いので、不当に解雇されても裁判に訴える資力がなく、組合もないような中小企業の労働者の多くは泣き寝入りするしかないのが現状です。

 企業からしても、「裁判をしてみないと分からない」こと自体がリスクとなりますから、そうしたリスクを伴わない非正規社員を多く雇用する動機が生まれます。さらに、正社員を整理解雇するためには、非正規従業員の解雇を先行させなければ解雇権の濫用にあたると判断されるので、余計に企業は正社員よりも非正規社員を雇うことになります。

 つまり、日本の解雇規制は、正社員には過度に厳しく、非正規社員には過度に緩いのです。

 この意味で非正規社員を大量に生み出したのは、実は「解雇規制」であると言えます。

非正規が急増した理由とは

 1970年代以降、オイルショック不況時などに大企業が採用した雇用調整の慣行をもとに裁判所の判例が確定していき、いわゆる「整理解雇の4要件」((1)人員削減の必要性、(2)整理解雇の回避努力義務、(3)人選の妥当性、基準の公平性、(4)労働者への説明義務、労働組合との協議義務)が整理されました。

 これを背景に、企業は解雇の是非を問われる裁判を恐れ、1990年代後半の不況時に非正規社員が急増することになったのです。

 大企業としては評判が悪くなるので判例を守らないわけにはいかない。しかし正社員を取りすぎると、将来景気が悪くなった場合も雇用調整ができない。そこで非正規社員を大量に雇って雇用調整に備えたのです。それが「就職氷河期」を生んでしまいました。

 解雇規制の問題に私が経済学者として取り組んだのは、こうした問題意識からです。企業側も多大な損失を被っています。教育訓練など、非正規社員に人的投資をするインセンティブはなかなか働きませんから、非正規社員が多ければ、企業全体の労働生産性は低くなる。これが日本全体の企業の生産性が伸びなくなった一因になったと私は見ています。

労組に頼れない労働者

 問題は、ルールが不透明で、すべてが裁判所の判断に委ねられている点にあります。裁判で解雇が「無効」とされて職場復帰しても最終的には金銭を受け取って退職しているのが実態ですし、労働審判でも多くが金銭解決です。

 しかし、法律的には「金銭解雇」が認められておらず、社員は「不当な解雇」だと裁判所に訴えるにしても原職復帰を求める「地位確認訴訟」しかないのです。欧州では金銭で労働契約を解消する金銭解決制度が広く認められ、勤続年数などにしたがって解決金の水準にも一定のルールが設けられています。

 ですから厚労省の検討会でも、まずは「金銭解雇」のガイドラインをつくった方がいいと提案してきたのですが、「ケースバイケースだからルールで決めるのはよくない」「労働審判制度で迅速に処理できる」という理由で強硬に反対してきたのが、労働組合側です。

 しかし中小企業が多い日本には労組に頼れない労働者が多く、労働審判制度も「迅速」と言っても約80日間はかかります。すると結局、泣き寝入りする人の方が多くなるのです。

本記事の全文は「文藝春秋」2024年12月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています(大竹文雄「 解雇規制が大量の非正規を生んだ 」)。

(大竹 文雄/文藝春秋 2024年12月号)

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