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「ヘイッ、ブラック!すこし口がすぎるぜッ!」「シャーラップ‼」ブッチャーとブラック・タイガーが東海道新幹線で大立ち回りを演じた真相

文春オンライン / 2024年11月26日 11時0分

「ヘイッ、ブラック!すこし口がすぎるぜッ!」「シャーラップ‼」ブッチャーとブラック・タイガーが東海道新幹線で大立ち回りを演じた真相

『プロレススーパースター列伝』より

 1980年代前半、『週刊少年サンデー』に連載され、少年たちの心を鷲掴みにした漫画『プロレススーパースター列伝』(原作・梶原一騎)。ファンタジーと実話の融合が魅力の一つだったこの伝説的作品の制作秘話を、作画を担当した原田久仁信氏が『 「プロレススーパースター列伝」秘録 』で初めて明かした。ここでは一部抜粋し、ブッチャーとブラック・タイガーが新幹線で大立ち回りを演じた事件の真相に迫る。(全2回の前編/ 続き を読む)

◆◆◆

全体的にセリフが長かった『列伝』

『列伝』のタイガーマスク編が始まったのは、佐山タイガーのデビューから約1年後のことだったが、ストーリーの進行と現実にリングで起きていることの時系列はだんだん接近し、やがて『サンデー』の連載は、タイガーの試合をニュースのように扱うような状況に突入した。

 タイガーの刺客、ブラック・タイガーの日本デビュー戦(蔵前国技館)は1982年4月21日。だが、そのシーンは早くも5月上旬、『列伝』の連載で再現されている。いまでも覚えているのは猪木の長すぎるせりふ回しだ。

〈ム……ムッ…………だが、正体さぐりをやっとっても勝負に勝てん! タイガーがブラックとやる4月21日、ブッチャーとぶつかる藤波よッ、二人で練習試合だ‼〉

 全体的にセリフが長い『列伝』だが、このときはさすがに「藤波、タイガー、リングに上がれッ」くらいでは済まないのだろうかと思ってしまった。当時はあまりにも現実と漫画がシンクロしていたため、少年読者のために、いろいろ状況の説明が必要になっていたという事情もあったのだろう。

 蔵前国技館におけるタイガーマスクとブラック・タイガーの初対決は両者リングアウトの引き分けに終わった。だが、内容面はブラックの優勢を印象付けるもので、ここからしばらく、タイガーとブラックの抗争が続くことになる。

ウソ?ホント?…新幹線でのブッチャーvsブラック・タイガー対決

 当時は金曜日(夜8時からの『ワールドプロレスリング』で中継)に初代タイガーマスクの試合が終わると、次週火曜日にその内容を反映した梶原先生の原稿が届き、4日間で作画を完成させ、次の週の水曜日に発売されるという流れだった。

 テレビで試合を見たプロレス少年が、約10日後に発売される『サンデー』で試合を追体験する。当時はまだ『週刊プロレス』『週刊ゴング』など、後に誕生するプロレス週刊誌は存在しなかったため、『列伝』は速報性のあるプロレスメディアとしても機能していたように思う。

 当時の連載で、ブッチャーとブラック・タイガーが新幹線の中で大立ち回りを演じるという場面があった。

 新幹線での移動中、ブラックは同乗していたタイガーマスクに向かって、わざと聞こえるようにこんな嫌みを口走る。

〈あいつは今後、ペーパー・タイガー(紙の虎)とでも改名したらいい! なぜなら雑誌の漫画だけで強そうに仕立てられたニセモノだからな!〉

 すると、横でそれを聞いていたブッチャーが、ブラックに対して「ヘイッ、ブラック!すこし口がすぎるぜッ!」と釘をさすのだが、これに対してブラックは牙をむく。

〈シャーラップ(だまれ)‼ 黒ブタふぜいが黒いトラに対してでかい口をきくな‼〉

 ブッチャーは手に持っていたトランプカードを投げ捨て、立ち上がる。「いった、いった、ミーが一番トサカにくることを!」と叫び、新幹線の通路で向かい合う2人。そこで坂口征二が「やめんかあ‼」と飛び込み、騒ぎは何とか収まった。

 梶原先生は「これは新幹線の名古屋―京都間で起こった実話である‼」と断言。事件の発生時刻まで書かれては、当時の僕としても信じるよりほかなかったが、後に新日本プロレスで外国人選手の担当をしていたミスター高橋さんからは「まずあり得ない」と聞いた。

差別主義者ではなかったブラック・タイガー

 高橋さんによれば、選手の新幹線移動はあったものの、日本人であるタイガーや坂口が外国人選手と同じ新幹線に同乗することは絶対になく、またブラック・タイガー(マーク・ロコ)は温厚な性格で、間違っても差別用語を口に出すような人間ではなかったという。ちなみに移動中のブラックがマスクをかぶることはなく、外国人の列車移動は新幹線を含め、原則グリーン車だったというから、いま思えばいろいろ現実離れしたシーンに仕上がってしまったようだ。

「黒ブタ」や「黒んぼ」など、『列伝』における差別用語は、いたるところに登場している。これは、ある時期からコミックス版では特に断りもなく別の言葉に差し替えられていたが、それが実行されたのはおそらく80年代後半に巻き起こった『ちびくろサンボ』など一部書籍の絶版騒動のあたりではなかったかと思う。

 僕は勝手に改変するのではなく、当時の時代状況を説明したうえで、そのままの形で掲載したほうが良いのではないかと思っていたが、小学館サイドからも特に意向を聞かれることはなかった。梶原先生も亡くなっていたので、おそらく版元の判断だったのだろう。

 もちろん、いまから描く新作であれば差別用語の使用は回避すべきだと思うが、人権意識の有無とは別に、そうした用語がかつて使われていたという事実はあり、ただ単に差別用語を消滅させれば問題はないという考えは、作品全体の世界観にも影響を与えかねない。実際、あえて当時の言葉遣いを直さないで刊行している作品もあるのだから。

 ブッチャーとは親しかった梶原先生だけに、何らかの形でブッチャーから黒人であるがゆえに受けてきた不当な扱いについて、聞かされていたのかもしれない。ただ、ブラック・タイガーが差別主義者であったかのように信じてしまった読者に対しては、僕の責任でもって、それを訂正しておきたいと思う。

〈 倍賞美津子とアントニオ猪木夫妻は本当に襲われたのか? タイガー・ジェット・シンの「伊勢丹前襲撃事件」の真実 〉へ続く

(原田 久仁信/ノンフィクション出版)

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