倍賞美津子とアントニオ猪木夫妻は本当に襲われたのか? タイガー・ジェット・シンの「伊勢丹前襲撃事件」の真実
文春オンライン / 2024年11月26日 11時0分
梶原一騎(左)とタイガーマスクのくつろぐ様子
〈 「ヘイッ、ブラック!すこし口がすぎるぜッ!」「シャーラップ‼」ブッチャーとブラック・タイガーが東海道新幹線で大立ち回りを演じた真相 〉から続く
1980年代前半、『週刊少年サンデー』に連載され、少年たちの心を鷲掴みにした漫画『プロレススーパースター列伝』(原作・梶原一騎)。ファンタジーと実話の融合が魅力の一つだったこの伝説的作品の制作秘話を、作画を担当した原田久仁信氏が『 「プロレススーパースター列伝」秘録 』で初めて明かした。ここでは一部抜粋し、倍賞美津子とアントニオ猪木夫妻が襲われたという「伊勢丹前襲撃事件」の真実に迫る。(全2回の後編/ 前編 を読む)
◆◆◆
資料も写真も存在しない「伊勢丹前襲撃事件」
マスカラスの次に登場したのは「インドの狂虎」タイガー・ジェット・シンだ。70年代にはブッチャーと並ぶ日本マット界の悪役として名を上げたが、当時は猪木の好敵手が他の選手に移行していた感があり、またシンは梶原先生との接点もなかったと思われるので、原作で描かれているのは昔の時代が中心だ。
インド系のシンは漫画にしやすい選手だった。ヒゲのある顔も特徴的だったが、ターバンやサーベルといったツールも本人のアイコンになり、少なくともマスカラス時代の苦労からは解放された感があった。
シンの「2大伝説」といえば、1973年の「伊勢丹前襲撃事件」と、翌年の猪木戦における「腕折り事件」だろう。どちらも本編で扱われているが、伊勢丹事件に関しては、当時の現場に関する資料がなく、すべて想像で描いた。
この事件では、猪木と一緒に買い物中だった妻の倍賞美津子も巻き込まれていたため、当時かなり大きく報道された記憶があったのだが、それを直接目撃したり、直後に現場に駆けつけたマスコミはなかったようで、写真の類は発見できず、僕も梶原先生の原作以上の情報がなかった。
梶原一騎が描いたアントニオ猪木夫妻襲撃事件
シンのほかに、帯同していた外国人選手2人が襲撃に加わったのは事実だったようだが、すぐにパトカーが駆けつけたわけではないという。原作によれば、シンは現場に到着した警察官に向かってこう言い放った。
〈よう、ポリス諸君!! 諸君とはケンカせん、留置所ぐらしが長引いては、イノキをブッ殺すチャンスを失うからな!〉
実際にはシンが撤退する前に警察は来ていないのだから、多分、そんなことは言ってないだろう。ただ、梶原先生はこの事件を次のように総括している。
〈これが有名な「アントニオ猪木夫妻・新宿襲撃事件」である!! 古いプロレス記者・鈴木庄一氏はいう……「世に悪役の数はおおいが、シンとブッチャー、この二名だけは商売用の悪役でなく心底から人間を呪っている悪魔だ!! アメリカでもレスラー同士の街頭のケンカの例はあるが、相手が夫人づれ、かよわい女性と一緒だったら絶対に遠慮する。」〉
鈴木庄一さんは、日刊スポーツで長く記事を書いていたプロレス記者の草分けの一人で、梶原先生と鈴木さんは80年代に雑誌などで対談していたこともあったから、親しい関係だったことは間違いないだろう。
梶原先生は、少なくとも『列伝』においては編集者に細かい資料を要求したり、事実関係を調べさせたりということはなかったので、こうした史実に関することについては旧知のプロレス記者や、ユセフ・トルコさんなど周辺の関係者からレクチャーを受けていたのだと思う。
後に定着する猪木の「ストロングスタイル」というフレーズは、『列伝』のなかにも出てくる。この言葉の考案者は鈴木庄一さんとされているから、おそらく梶原先生は鈴木さんの言説を、さまざまな作品のなかに取り入れていたのだろう。
(原田 久仁信/ノンフィクション出版)
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