「ジジイを舐めている」怒りの老ハンターが語る、猟友会が“駆除辞退”した町で起きていること〈ハンターは“駆除拒否”へ〉
文春オンライン / 2024年11月30日 11時10分
トレイルカメラに映った親子熊(提供 南知床・ヒグマ情報センター)
11月14日朝、何気なく開いた北海道新聞の1面トップを見て、私は思わず目を剥いた。
〈道猟友会 クマ駆除拒否へ 全71支部に通知検討〉
記事のリードはこう続く。
〈北海道猟友会(札幌)が、自治体からのヒグマの駆除要請に原則応じないよう、全71支部に通知する方向で最終調整していることが13日、分かった。砂川市の要請による駆除で発砲した弾が、建物に当たる危険性があったとして、猟銃所持の許可を取り消されたハンターが処分の取り消しを求めた控訴審で、10月に敗訴したことを受けた対応で、民間任せの駆除のあり方に一石を投じる狙いもある。〉
10月の控訴審判決については、私の知り合いのハンターからも「ありえない判決」「こんなんじゃ、今後、駆除なんてできない」という怒りの声が届いていたが、猟友会による駆除拒否という動きに発展するとは思いもよらなかった。
同時に北海道猟友会砂川支部奈井江部会で部会長を務めるハンターの山岸辰人(72)のことを思い出した。今年5月、山岸が率いる奈井江部会は、奈井江町からのヒグマなどの鳥獣被害に対応するための実施隊への参加要請を辞退し、全国的に大きな話題となった。(全2回の1回目/ 後編 に続く)
◆ ◆ ◆
怒りの声が渦巻く道内
山岸らがヒグマ駆除を辞退した理由は、以下の3点に要約できる。
(1)下手をすると命を落とすリスクもあるヒグマ駆除の日当が8500円(発砲した場合1800円を加給)では安すぎる
(2)奈井江町側がヒグマ駆除の実態をまったく把握しないまま一方的に猟友会に下請けさせようとするのは疑問
(3)奈井江町側にこうした現状を抜本的に見直そうとする姿勢が見られない
当時のインタビューでは「下世話な表現ですが、ジジイを舐めているな、と思います」と話し、この人がこういう強い言葉を使うのか、と驚いたものだった。
その山岸からは10月の控訴審判決が出た時点でこんなLINEが送られてきていた。
〈面白くなりそうです。道内(の猟友会)で怒りの渦が巻いてます〉
〈あまりにも理不尽な判決には、猟師として意思表示をすべきと思います〉
山岸らが5月に起こした〈駆除辞退〉というアクションが、今回の北海道猟友会による〈駆除拒否〉という選択に影響を及ぼした可能性もありそうだ。
その山岸は、今回の騒動をどう見ているのか。
駆除拒否は「当然の帰結」だった
「一言でいえば、当然の帰結だったんじゃないかな、と思います」
今回の騒動についての受け止めを尋ねると、山岸は開口一番、そう口にした。
「そもそも猟友会というのは、狩猟を趣味とする人たちの民間のサークルにすぎません。自治体の下請けではないし、ヒグマの駆除をすることを条件に狩猟許可をもらっているわけでもない。我々としては駆除はあくまでボランティアであり、報酬は度外視して、いわば善意でやってきたことなんです。ところが自治体の担当者の中には、猟友会がヒグマを駆除するのは当然ぐらいに考えている人も少なくない。このギャップを埋めなければ、いずれクマを撃つ人なんて誰もいなくなる。この状況に一石を投じるために我々は駆除辞退という行動に踏み切ったんです」
山岸らの決断がニュースで報じられると、山岸のもとには全国の猟友会関係者から「よくぞ言ってくれた」という声が多く寄せられた。
「“断るという選択肢もあるんだ”ということにみんなが気付いたんだと思います」
二言目には「予算がない」という自治体
ただ、山岸らは何も役場を困らせるつもりで辞退したわけではない。彼らの主張は、これまで猟友会に丸投げ状態だったヒグマ駆除を、持続可能な体制に再構築することにあったのだが、奈井江町側にその思いは伝わらなかったという。
「例えば、駆除時の連携を密にするために携帯電話を活用したいと提案したら、役場の担当者は“個人の携帯は使えない”“新たな携帯を確保する予算はない”“条例を変えないと対応できない”。生命の危険のある仕事をする以上、そのリスクをミニマライズするためにある程度の予算がかかるのは当然のことだと思うのですが、二言目には『予算がない』と言われて、話がまったく進まなかった」
山岸らが駆除を辞退した後、奈井江町側は報酬を増額した上で、猟友会に所属していない町内在住の80代のハンター1人と町外のハンター10人にヒグマ対策を委託する“新体制”を発表した。
猟友会が“辞退”した町で何が起きているのか
それから半年あまりが経った。その間、奈井江町では8月上旬、町内にある犬の繁殖施設の犬舎がヒグマに襲われ、3頭の犬が殺される事件が起きている。問題のヒグマは事件発生の翌日、“新体制”のハンターらによって駆除されたが、住民の不安は消えない。町外に住むハンターが奈井江町に駆け付けるには、最も近い人でも1時間はかかるからだ。
山岸はこう語る。
「幸い今年は夏以降、ヒグマの出没はそれほど多くありませんでした。けれどもし町のど真ん中でヒグマが暴れるような緊急事態が生じた場合、この体制で対応するのは正直難しいと思う。奈井江町側もそのことはわかっているはずなのに、それ以上の対策をとっていないのは、町民の生命と財産を守る自治体としての役割を果たしていると言えるのか」
駆除の対象となるのはヒグマばかりではない。北海道においては、田畑の農作物を食い荒らすエゾシカによる食害も深刻だが、山岸らが抜けたことで、奈井江町における今年の駆除実績は低調だという。
「役場の方からウチのメンバーに非公式に『シカの数が獲れてない。ちょっと協力してくれんか』という要請がありました。ノルマがあるわけではないのですが、シカ駆除に割り当てられた予算があるので、その予算分は駆除数を確保したいということでしょう。とにかくすべてが予算ありきで動いていて、それでいいのか、という気はします」
ヒグマを撃てるハンターは“絶滅危惧種”
問題は、奈井江町は決してレアケースではないということだ。
ヒグマの生息数が右肩上がりに増える一方で、道の猟友会に所属するハンターは全盛期のほぼ半数まで低下し、しかも高齢化が著しい。猟友会が駆除を拒否する以前に、そもそも猟友会自体が存在しない自治体も今後増えていくはずだ。
「そういう意味では、ヒグマを撃つ技術のあるハンターは今や“絶滅危惧種”です。その技術をどう継承していくかも含めて、今、ここで本気で対策しないと本当に手遅れになる。それなのにどうしてこういう判決が出るのか、理解に苦しみます」
山岸が言う「判決」とは、今回、北海道猟友会がヒグマ駆除の原則拒否方針を打ち出す直接のきっかけとなった「砂川事件」の控訴審判決を指す。
ハンターたちはいったい何に怒っているのだろうか。
(文中敬称略)
〈 今後クマが出ても猟師は“駆除拒否”できる…老ハンター怒りのワケ「我々はクマの駆除をしたくないと言ってるんじゃない」 〉へ続く
(伊藤 秀倫)
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